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蓬莱とアトランティス

 炊事班編成の途中経過報告をするために、一度司令部に戻った加山少佐を待っていたのは、突拍子とっぴょうしもない内容の報告だった。


 「蓬莱ほうらいの島……ですか。」

 蓬莱と言えば、中国の東方に在り、神仙の住まうと言われている島だ。


 加山も、遠い昔に秦の始皇帝が不老不死の妙薬を求めて、少年少女を含む大規模船団を探索に派遣したという話は、何かの折に聞いた事が有る。

 その時に船団を率いたのが「徐福じょふく」あるいは「徐市じょふつ」と呼ばれる「方士ほうし」で、日本中のあちらこちらに『徐福上陸の地』の言い伝えを残している。


 「そうなのです。捕虜にした海賊を尋問したら、そんな事を言い出したという報告が来ましてね。」

 流石の高坂中佐も、ちょっと困惑顔だ。

 「御蔵島が、ここに移動した瞬間の出来事のようなのですが、『虹を纏った巨大な光の柱が立ち上がり、島々の位置が大きく滑り動いた。』と言うのです。」


 「地震が起きた、と言う事でしょうか?」

 古来、巨大地震には緑色のまばゆい光が付き物だと言う。けれど、地震が「光る」のは、夜間の暗い時ではなかったか。昼間でも見える事があるのだろうか?

 けれど、大地震が有ったのならば、海賊には御蔵島に向かって船を出すような余裕など無いだろう。

 津波や地崩れで、大騒ぎになっている筈だ。


 「地震は無かったようですね。聞き取りに当たった者も、そこの所は何度も繰り返し確認したみたいですが、揺れも津波も無かった、と。ただ、スーッと各島々が場所を空けたようですね。――まるで、御蔵島を受け入れるための様に。」

 中佐はまぶたの上から両目を揉んで、一つ小さく溜息をいた。

 「偵察に出た95式水偵からも、舟山群島の島の配置に異常があると報告が上がってますし、もともとここには無かった御蔵島が、瞬間移動して出現する椿事ちんじが起きているわけですから、地理的に何かしらの干渉が出ていても不思議は無いとは、思っていましたが……。」


 加山には、何が起きているのかがサッパリ理解出来ない。

 彼は単純に、御蔵島が元有った場所から切り取られて、今の場所にドンとばかりに乗っかったのか、あるいは、瀬戸内海の御蔵島と舟山群島部分の地殻が、相互に等価交換のような形で入れ違ったものだろうとばかり思っていた。

 けれど、今の話を聞く限りでは、この世界は突然現れた御蔵島を受け入れた分だけ『地球の絶対的な大きさが増えている』ように感じられる。

 「そんな……瞬間的に、地球全体から見れば小さな面積であるとは言え『地球が膨らむ』みたいな大異変が起きていたなんて……。」


 「確かに信じ難い事です。」中佐は頷くと、しかし加山の目を正面から見据え「けれど、プラトンはアトランティスという文明の栄えた島が一夜にして海に沈んだ、と書き残しています。また、日本でも慶長豊後地震の時に、瓜生島うりゅうじまという賑わった島が一夜にして消えた、と言われています。」

 「御蔵島……この世界に於ける御蔵島の位置付けは、そのアトランティスや瓜生島の対偶たいぐうである、と言う訳ですか?」

 「アトランティスや瓜生島が、海に沈んだだけならば、何がしかの痕跡くらいは残っていそうなものですが、それが見つかったという話は聞いた事が有りません。……まあ、今、真面目に議論しても仕方の無い事ですが、我々人間には計り知れない長いスパンで、時空という『モノ』は辻褄つじつま合わせを行っているのかも知れませんね。」


 高坂中佐は、一旦遠くを見るような目をした。

 向いているのは加山の顔に向けてのままだが、そのずっと先を眺めているような目だ。

 けれど、それは一瞬のことで

「話を元に戻しますと、海賊たちは異様な出現の仕方をした御蔵島を、その蓬莱であると誤認して、不老長寿の薬や財宝を奪う為に来襲した、という事のようです。」

 「財宝?」

 「ええ。竹取物語にも『枝が金銀、実がぎょく』という『蓬莱のたま』なる宝物が出て来るじゃありませんか。」


 加山は、かぐや姫が自分に言い寄って来る5人の貴族に、それぞれ手に入れる事が困難な珍宝を持参するように命令するが、その中に『蓬莱の玉の枝』も含まれていたのを思い出した。

 「それでは、私たちは一体、海賊どもに『何者』だと思われているのですか?」


 加山の質問を受けた中佐は、少し面白がるような表情を見せて

「神仙の眷属けんぞくだ、と思ったみたいですね。徐福は東方に向かったのだから、蓬莱には倭人の言葉を使う神のしもべが居ても不思議は無いと。彼らに言わせると、空を飛ぶ船を操ったり水の上を滑る船を用いたりするのが、神仙の眷属である証拠のようです。」


 加山が黙り込んでしまった処で、高坂中佐は「早良中尉、何か?」と呼びかけた。

 加山も、中尉と婦人部隊の少女とが横に控えているのに気付いてはいたが、中佐との会話の内容の不思議さに捕らわれて、途中で話を切り上げられなかったのだ。

 「はあ。蓬莱とアトランティスの話が興味深かったもので、つい耳をそばだててしまいました。けれど、こちらも有益な情報です。―――石田君、中佐に御報告を。」

 早良中尉は、例によって眼鏡の弦をしきりに押し上げながら、直立不動の少女に報告をうながす。


 「報告します。未来人片山氏の弁によりますと、彼らの持つ技術と機材とで、現在紙に印刷して回覧するほか無い伝達事項を、瞬時に映写する事が可能との事です。今から彼らが出現した場所に機材を取りに戻れば、今夜中にも準備が整う模様。これで、紙の消費量を大幅に低下節約出来ます。」

 少女が緊張気味に発言を終えると、中佐は「それは素晴らしい。」と賛辞を送ったが、少し考えた末に

「けれど、彼らに準備を頼むのは、明日にしましょう。」

と見解を述べた。

 「今夜の邀撃作戦は、九分九厘くぶくりん問題は起きないと考えてはいますが、不測の事が起きてしまうのも戦場のつねです。何かが起きて、彼らを失う様な事になれば、その知識の損失は計り知れません。……今夜は予定通り、待機していてもらう事とします。」


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参考


 プラトン

  古代ギリシアの哲学者 嫁に悩まされたのが有名

  (訂正)嫁に悩まされたのは師匠のソクラテスの方

     嫁の名前はクサンティッペです

  代表作は『ソクラテスの弁明』

  アトランティスについての記述は

   『ティマイオス』『クリティアス』

  美少年レスリングを見るのが大好きだった人

  (訂正)これもソクラテスの方

    プラトンは彼に見出されてレスリング選手となる

    プラトンは選手名で本名はアリストクレス

    プラトニック・ラブという言葉の由来はプラトンから

    彼は師匠とそんな関係であったとする説もある


 瓜生島(沖の浜)

  別府湾にあったと伝えられる

  安土桃山時代に消滅した

  宣教師ルイス・フロイスの報告書にも登場する

  「恵比寿様の顔が赤くなったら島が沈む」の伝説あり


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