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上海開城戦12 一石二鳥作戦(北京政府の奇妙な動向)

 揚州を撤収するにあたって、皇帝の武官たちが救命した清国負傷兵は朝潮へと担架搬送された。

 人数は多くなく、脚に怪我を負って歩行困難な者が主で計377名である。


 歩ける軽傷者は武装解除の上で、上海から移送してきた捕虜たちに「一緒に連れて行ってやれ」と託されていたし、そもそも武官たちは消毒・止血・包帯術を速成教育的に習得していただけで、医師として縫合手術や輸血(補液含む)が出来るわけではなかったから、腹部や胸部に貫通銃創を負ったり砲弾片を食らったりして『楽にしてやる』ことしか出来ない症例が多かったのだ。


 朝潮は看護兵役の武官と敵負傷兵を乗せ終えると、その高速性能を活かして舟山病院に向けて出発した。

 武官の正体を知らない負傷兵は「命を長らえたのはアンタのおかげだ。」と謝意を示したが「この先、舟山島まで連れて行かれるらしいが、どうなることやら……」と行く末を悲観する様子を見せた。

 武官は脱脂粉乳で炊いた粥を配食しながら「生きていれば、良い事は有るものだ。くよくよしなさんなよ。」と笑って言い聞かせた。

「本当に思いもよらぬ新しい人生ってヤツが、さ!」





 揚州に上陸した関仁は

――敵は総崩れと聞いてはいるが、先に向かった兵数は千に満たぬというし、要所に巣食った敵との掃討戦に参戦することになるだろうな!

と武者震いする気持であったが、完全にアテが外れた。


 死者と負傷者以外の――武器を手に向かって来る――清国兵はキレイサッパリ駆逐されていたからだ。


 このことは趙大人に会って戦闘の終始を聞くと、「なるほど……」と納得がいった。

 緒戦の砲撃で敵前衛を粉砕すると、上陸した陸戦隊はライフルと機関銃とで満ち潮が徐々に砂浜を浸して行くようにヒタヒタと前進を続けた。

 加えて船からは150㎜迫撃砲の射程を伸ばして『清国側が前衛が崩れた場合に撤収して再編する予定地点である』後方の司令部(HQ)へと先回りして弾幕を張る。

 指揮命令系統が崩壊した清国兵にしてみれば、再編拠点が混乱(もしくは壊滅)している以上、前方から迫って来る秩序立った銃弾の波に向かって、個々がバラバラに絶望的な突撃を試みるか、揚州を放棄して更に後方の拠点にまで総退却するかの選択を迫られた、というわけである。


 「そう言えば、ハミルトン閣下は寧波籠城軍に対して『呉三桂の爆殺』を以て、一気に降伏へと追い込んだのでした。」


 しみじみと感想をらす今関羽に、趙士超は「あの名将 呉三桂の守る要害にしてにしても、そうだったな。」と小さく頷いた。

「唐王閣下――いや、今や大将軍閣下か――が、あれほど石頭でなかったらなぁ。応天府の王宮に、25番(250㎏爆弾)を何発か落としてやれば揚子江南岸の戦いは終わるのだ。」

 そして忌々しそうな口調で「両軍が共に、人死ひとしにも少なくて済むというものを。」と付け加えた。





 関仁のスコップ兵団が到着したことにより、御役御免となった趙の偵察騎兵部隊(+火力支援部隊)は特大発へ乗船し、潮や汐、装甲艇部隊と共に鎮江へと引き返した。

 積み荷は清国軍揚州司令部と官庫で鹵獲した軍資金と鳥銃92丁に加え、紅夷砲(2門)や虎蹲砲(5門)といった鉄製砲と仏朗機(3門)のような青銅砲およびその弾丸と火薬である。

 鳥銃と鉛弾や火薬は福松将軍の『鎮江攻囲軍』の武装強化に即効で使えるし、鉄製砲・青銅砲と鉄製実質弾は御蔵島まで運べば鋳つぶして金属資源に出来る。

 銃砲の鹵獲雛が、大運河北岸の最重要補給拠点としては少なすぎるが、これまでの水上撃滅戦で撃沈された敵輸送船に積まれていた物が多かったからだろうと推測された。


 趙士超が鹵獲品を引き渡すと、福松将軍は北岸での奮闘に謝辞を述べた上で「莫大な額の軍資金に比べて、鳥銃の数が少なかったのは残念ですな。」と少しばかり落胆した様子を見せた。

 かつて先鋒軍集団として作戦参加していた時には、福松配下には明石隊騎馬銃兵軍団・関仁隊スコップ兵軍団・張孟衡白襷兵軍団という三個鳥銃擲弾兵部隊があったのである。

 しかし明石掃部の騎馬銃兵(当初から参加していた呂宋の日系人を除く)は全員が倭刀内の指揮下に引き抜かれ、張孟衡の白襷兵は指揮官ごと丸々大将軍の直属に編入された。

 福松にしてみれば揚州揚陸戦は、鎮江から南京へ向かう戦力の鳥銃装備率を上げるチャンスだと考えていたのである。


 けれど彼が落胆の表情を見せたのは一瞬で「まあ火薬は予想以上に分捕ることが叶ったのだから、竹を切って突火槍を作らせるとしよう。音だけならば鳥銃に勝るとも劣らないのだから。」と次善の策に頭を切り替えた。

 そして「戻って来て早々に申し訳ないのだが」と趙士超に話を持ち掛けた。

「明石殿も軍資金を叺詰めにして持ち帰って来ておられる。そこで明石殿と貴公とが押収したぜにや金銀を、紹興の顧炎武殿に届けて欲しいのだ。御蔵島の鄭隆殿の下へ戻られる前に。」

 顧炎武は監国(魯王)の下で南明朝の財政再建に邁進しているところだから、明石隊と趙士超隊が押収した財貨は大きな助けになるだろう、と考えを巡らせたわけである。


 「賢明な判断ですな。」と趙士超は即座に快諾した。

 そして「応天府攻囲陣にまで運んで行っても、大将軍閣下に召し上げられるだけでしょうからね。民は潤いませんし経済も回らぬ。」と福松が”言いたくても口に出せなかったこと”をサラリと言ってのけた。






 尚将軍は配下や関仁隊、それに捕虜とを動員して占領地の金属資源(武器・武具含む)や繊維資源を集めさせた。

 捕虜からは逃亡者も出たが、尚可喜は気にも留めなかった。

 解散時には官庫の貯蔵食料を渡すと約束していたのが効いて、「事が終わる前に我勝ちに身一つで逃亡しても、生きて故郷まで辿り着けるわけなどない」と理性的な判断を下した捕虜が大多数だったからだ。

 戦乱の地を移動するのには――故郷への遠い道を歩むにしろ手近な清国軍の部隊へ出頭するにしろ――集団で行動するほうが生存率が高まるのは疑い余地が無いところだというのは明白だった。


 だから戦利品を帆船に積み込み終わった時に、勤労動員された捕虜に向かって、官庫の穀類に加えて

「御苦労だった。剣でも槍でも各自一振り、なにか好きな物を選んで持って行け。故郷までの護身用だ。」

と尚可喜が冷兵器の所持を許しても、特に混乱は起きなかった。

 上海での降伏者と揚州の軽傷者とは、すでにつわものとしての牙を抜かれていたわけで、尚可喜はその心情の『あや』を読み切っていたのである。


 揚州を去る船の上で尚可喜は、主人の帰りを待つ犬のように何時までも南明軍帆船隊を眺め立ちすくんでいる元捕虜たちに手を振った。


 「これからどうするんでしょう。アイツは。」

 尚将軍の傍らで施琅が呟いた。

「清国軍に投降すれば、船に乗せられてまた南岸に送り込まれることになるのでしょうに。二度と船に乗るのは真っ平だってヤツばかりですよ? 御蔵の連発銃に逆らうのもね。」


 「本当にどうなるんでしょうな。」というのが、施琅の発した問いに対する尚可喜の答えだった。

「食い物をタップリ手にした万余の武装民。それも一度は匪賊化して上海で籠城したことのある武装民です。敵将が無理やり再び軍船に乗せようとしても――将の手勢が千や二千程度しかいなければ――言う事など聞かないのではないですかね? 逆に小城くらいなら、勢いに任せて乗っ取ってしまいそうだ。」


 「なるほど。天長あたりに逃げた揚州守備隊の敗残兵では、武装民の処置を如何いかんともしがたいという読みでありましたか。」

 施琅は先々までを見越した策にうなった。

「北岸は、しばらくは荒れますな。ま、その分こちらは腰を据えて応天府を囲めるという事になりますが。」


 すると尚可喜は微妙な表情を作って

「いえ、例えば順天府(北京)の兵を率いて摂政王あたりが自ら出張でばってくれば、天長や常州程度の騒ぎは直ぐに静まりましょう。」

と応えた。

「けれど不思議なくらい順天府の動きが鈍い。台州を落とされ寧波を失ってからかた――御蔵殿の兵が無類に強いということは有っても――応天府を守り切るという気概が……今一つ乏しいように思われます。」


 かつて尚可喜は清国軍で重きを為していた将である。

 その尚可喜が『清国軍の、特に中枢の動きが不可解』と分析するのであれば、北京で何かが起こっている可能性は低くなかった。


 「まさかドルゴン(摂政王)に対する謀反が?!」

 施琅は息を呑んだ。


 実は清国の王族間は一枚岩ではない。

 対明戦争や対順戦争を行なっていた間はまだ、王族間の軋轢は――それが厳然と存在していても――暗殺・粛清・内戦といったラジカルな形での表面化はし難かったが、明を滅ぼし順を平らげ、明の残党である南明を”あと一歩”にまで追い込んできた時点で

『幼い清国皇帝(順治帝)の後見人の座、ひいては中国大陸の最高権力者の座』

を巡る争いが激化するのは当然であった。

 事実、ドルゴンは身内のドドなどを重用し、ホーゲ(粛親王 太宗ホンタイジの長子)らとは敵対状況にあった。


 施琅の『謀反』という言葉に、「いや、そこまでは分かりませぬ。」と尚可喜は慎重に答えた。

「ただし確かに、何かが妙である、何かが起きているというのは十中八九間違いないでしょう。」






 福松の鳥銃隊を拡充したいという願望は、意外な形で叶えられた。


 小倉藤左ヱ門の息子が、張家港で小倉船団の帰りを待っている間、戦利品の宝船10隻の積み荷を棚卸していたところ、新品の鳥銃250丁(25丁×10隻)を発見したのである。


 元込めライフル銃に慣れた月之進隊には、先込め火縄銃は新品であっても不要だったから、張家港の南明軍に直ぐに引き渡された。


 その他にも鹵獲バートルや、帆船隊が持ち帰った武具の中からも鳥銃が仕分けされたから、福松が新規に獲得した鳥銃の数は計383丁となったのである。

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