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上海開城戦7 朝潮での立食パーティ

 「動力船に比べると、帆掛け船の不自由さがよく分かります。」

 一晩の集中講義で月之進はポンポン船の操船を飲み込み、今はほうから舵を任され不自由なく動かせるまでに成長していた。

 もっとも彼は帆船の乗組員としては――年少ではあっても――熟練の域に達していたからという経験有ってのことではあるが。


 「ぼうは飲み込みが早い。」

 鮑はト式機関短銃を捕虜に向け、月之進の顔も見ずに応えた。

「おかげでわしは安心してノンビリ座っていられるというものだ。」


 彼らの乗るポンポン船には、南明側の人間は鮑と月之進の二人しか居ない。

 残りの十数人は上海で投降した賊徒である。

 賊徒は非武装だし、大河の上で叛乱を起こす心配は低かったが、無警戒というわけにはいかなかった。


 鮑と月之進は、投降兵を上海城から沖の南明軍大型帆船へと移送する任務に従事していたのであった。


 無論、彼らの船だけが移送任務に就いているわけではない。

 他のポンポン船や小発動艇、甲型・乙型の高速艇も同様である。

 また移送能力は劣るが手漕ぎの非動力船(はしけや水汲み舟)も動員されていた。


 ――忙しく往復を繰り返す小型動力艇の群れを上空から見下ろせば、それは巣穴と獲物との間を往復する蟻の隊列のように見えているのかも知れない。

 達者に舵を操りながら空を舞う偵察機にチラと目を遣って、月之進は諧謔味かいぎゃくみを覚えた。





 沖には福州・温州連合水軍――既に事実上は車騎将軍が統括する南明水軍と呼んでよいだろう――が無数に浮かび、舳先へさきを並べて捕虜の受け入れを行なっていた。

 また、この南明水軍集団には鎮江沖に展開していた施琅しろうのピケット艦隊も久しぶりに合流しており、福州・温州・寧波・舟山付近で輸送に従事している船を除けば、南明軍水上戦力のほぼ総力と言って差し支えなかった。


 捕虜は武装解除こそなされていたが身ぐるみ剝がされることはなく、投降後早々に袋に入った一人当たり5合ほどの雑穀も支給されていた。

 食料支給は「命は取らぬ」という約束を保証するものであったから、船にギュウギュウ詰めにされても投降兵は落ち着いており、暴動を予防することに繋がった。

 加えて「北岸に着けば、残り半分も渡してやろう」と計一升の配給を言い渡されていたから、無駄に我が身を危険にさらす行為を起こそうという気は削がれていたのだ。


 滑らかな航跡を残す内火艇の船上で、施琅は淡々と進む捕虜の乗船を見ながら

――これは南安伯なんあんはく閣下の知略のなせる技か、それとも尚将軍の胆力がもたらした結果なのであろうか?

と思いを巡らせていた。

 鄭船団の左先鋒である施琅にとってはまだ、親方の鄭芝龍を車騎将軍と呼ぶよりも南安伯の方がシックリ来るのである。


 内火艇は朝潮から「これからの策を軍議にて決するため集まられたし」と派遣されたもので、今から水軍の主だった者が集まり手順の確認を行うのである。


 タラップを駆け上がると、施琅は食堂へと案内された。

 テーブルには叉焼ちゃーしゅーのサンドイッチとトマトスパゲティ、それにソーダ水が山盛りに用意されていた。


 だが困ったことに、室内には椅子が一脚も無い。

 見知った顔も見えるが、皆が立ったまま途方に暮れたような顔でサンドイッチやスパゲティをつまんでいた。


 施琅を案内した蓬莱兵は「軽食をお召し上がりながら、少しの間お待ちください。車騎将軍は間も無くお越しになります。」と告げた。

 南安伯は無線室で他の御蔵船と連絡をとり合っているとのことだ。


 施琅が「どうしたものか……」と立ちすくんでいると

「施琅殿ではございませぬか!」

と元気な声が掛けられた。

「南竿島以来でございますな。」


 見ると小倉藤左ヱ門がニコニコと手を振っている。

 施琅は救われた思いで侍に歩み寄り

「これはどういった趣向なのでございましょう?」

と質問した。

 福州水軍仲間よりも藤左ヱ門の方が、この様な席に慣れているように見えたからだ。


 「立食パーティーと呼ぶ、一種の宴席でござる。」と藤左ヱ門は答えた。

「椅子無き理由は、席次にとらわれず自由に振舞って良きように、という思惑あってのことにござります。旧知の者と歓談するのも良く、また見知らぬ相手に挨拶し新たな繋がりを求めるも善し。」


 藤左ヱ門は趣旨を説明しつつ、施琅を一人の偉丈夫へと引きあわせた。

 平服というか、ワイシャツにズボンという飾り気の無い御蔵服を着ているが、漢がひとかどの人物であることは施琅にも察しが付いた。


 「尚閣下、こちらは車騎将軍の右腕たる左先鋒の施琅殿にございます。乱戦の船戦ふないくさでの強さは右に出る者がらぬ手練てだれにて。」

 藤左ヱ門は偉丈夫に施琅をそう紹介すると、続けて施琅に

「施琅殿、尚将軍でございます。御蔵の里にて皇帝陛下に御目通りが叶い、御蔵勢相手の模擬戦では最新式水陸両用車を撃破するほまれの武勲を上げ、今や信任厚き武人なり。」

と二人の仲を取り持った。


 「御蔵の最新車輛を! これはこれは」と施琅が長者への礼をとろうとすると、尚可喜は右手を差し出し対等である意思を示す”シェイクハンズ”の礼で応じた。

船車ふなぐるまを破る策を立てたのは雛竜先生でございますよ。我はただその策に乗らせて頂いたのみ。寧波では城を落とされるなど全く御蔵勢には敵いませんでした。こたびの陣の浜の模擬戦でも、結局は砦を保てませんでしたから負け通しという次第で。」


 施琅も握手の挨拶は知っていたから

「いやいや御謙遜ごけんそん

と将軍の手を固く握り返した。

「御蔵勢の火砲や鉄張り動力船、加えて戦車や飛行機を相手にすれば、我が方には土台どだい勝ち目はございません。良き戦いが出来ればおんの字というもの。私めならば、相手が姿を現す前に尻に帆掛けて一目散に逃げまする。」

  施琅とすれば鄭隆の知略と尚可喜の武勇を称えるつもり――それに加えて少し”ひょうげる”つもり――で言ったのだが、聞いた尚可喜は目を丸くした。


 「同じことを雛竜先生もおっしゃっておられました。『砦の後ろに塹壕陣地を作り、攻められれば更に後ろの山へ退しりぞく』と。『相手が攻めあぐねるまで退きに退き、攻め手がくのを待つが唯一の負けぬ方法』だそうです。」

 尚可喜は首を振り「なるほど施琅殿は閣下が信頼を置かれるはずだ。武勇に加えて知略も兼ね備えておられる。」と賞賛した。





 趙子超は目立たぬ恰好でパーティーに参加し、場慣れしていなさそうな参加者に飲み物や軽食を勧めていたが、頃合い良しとさりげなく退出した。


 そして通信室は素通りし、船橋へと移動する。


 そこには船長と会話を交わしている鄭芝龍がいた。

「閣下、そろそろ。」


 「おお趙大人。」

 鄭子龍は船長に断わりを入れて会談を終了すると「首尾は?」と趙に質問した。


 「軍議前ですから酒抜きなのは皆承知しておるようですが、慣れぬ形式に戸惑いが。」

 趙は軽く苦笑してみせたあと「けれども尚将軍のお披露目には充分であったかと。」と告げた。

「小倉殿が上手くホスト役を務めてくれまして。」


 鄭芝龍が考えたのは、船団への捕虜移送に掛る時間を無駄にしないために、そのに尚可喜の手腕と人柄とを南明水軍の主だった者たちに知ってもらおうというものだったのである。

 降将である尚可喜が今回の上海開城において活躍したのは、情報としてなら誰しもが知っているが、だからと言って人物として信頼を受けているとまでは言い難い。


 尚可喜が今後働きやすい下地を作っておく必要があったのだ。


 「上手く行ったか。」

 鄭芝龍はホッとしたという表情をみせた。

「将軍ならば放っておいても、じきに皆の信頼を勝ち得るとは思っていたが、あまり時をかけたくはなかったのでな。」


 鄭芝龍の言葉に趙士超はまぶしそうな顔をした。

「やはり閣下は、応天府攻略が終わった後には職を辞する考えにお変わりない?」


 「勿論もちろん。」と車騎将軍は破顔した。

「このままいくさなんぞにズルズルと関わっていては、時代に取り残されてしまうからね。自前の動力船を持ち大海に乗り出したいのさ。外輪船という木造動力船であれば、御蔵でかまとクランクシャフトを作ってもらえば、舟山か寧波で建造することが出来そうであるし。」

 そして悪戯っぽい笑みになり「いい加減、戦にきたのは趙大人も同じであろう。」と続けた。

「早く御蔵島で鄭隆と一緒に仕事をしたいと考えておられるはずだ。医学の道へ進むのか化学や工学の道を選択するのかまでは分からんが。日本語や英語を必死に学んでおられるのは、書物を読み漁り早く漢籍の及ばぬ先端技術まで辿り着きたいがため。違うかな?」

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