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北東方面監視哨 92式山砲陣地

 御蔵島を取り巻く各監視哨からは、明日の作戦に備えて休養を採らせるべく、思い切って兵が下げられていたが、北東方面監視哨のみは別だった。

 けれども、今そこに詰めているのは、警備中隊所属の兵ではない。


 分隊長格としてベテラン船舶砲兵の特務曹長が一人と、通信士兼分隊長補佐役の少尉候補生(見習士官)、段列の兵が6名に、隊付き勤務の予科士官学校生4名の、計12名が明るい内に持ち込まれた92式歩兵砲2門と共に配置に就いていた。


 その代りに、元からこの場に有った車載式の98式高射機関砲は、御蔵基地に下がっている。

 98式高射機関砲は俯角が5度しか取れないので、標高のある監視哨から渚に接岸した海賊船に向かって撃ち下すのは難しいし、何より敵は航空機を持っていないからだ。


 この分隊に下された命令は、

『下で戦闘が始まったら、最大仰角で星弾(照明弾)を発射する事。』

という、まことにザックリとした内容だった。


 通常の編成ならば、砲一門には

指揮を執る「分隊長」

発射ボタンを押す「撃発手(第一砲手)」

照準を着ける「照準手(第二砲手)」

砲弾を装填する「装填手(第三砲手)」

砲の向きを変える「第四砲手」

砲弾に信管をセットする「第五砲手」

弾薬箱から砲弾を取り出す「第六砲手」

など、それぞれに役割の異なる複数の人手を必要とする。


 けれどもこの分隊では、戦闘開始後の分担として砲一門につき

「撃発手」に段列の兵一名

「装填手」に段列の兵一名

「第五砲手」役に段列の兵一名

「第六砲手」に予科士官学校生二名

といった変則的な編成と成っている。

 これは照準と砲の向きは固定したままで良く、変更を行う予定が無いからだった。

 一発目の照明弾は、既に装填されており、「撃て。」の合図を待っている。


 砲は2門とも特務曹長の指揮下に置かれ、発射や再装填の時に事故が起きないよう、彼が目を光らせる。

 一旦戦闘が始まってしまうと、殊に交戦経験の無い若輩は、頭に血が上って基本や安全を疎かにしがちだ。

 四十がらみの叩き上げである特務曹長は、自分の子供位の年配の、この先を担ってもらわなければならない若者や少年達に、つまらない事故などで未来を無駄にしてはもらいたくない。

 彼らの内の誰かが、危険な事をしそうになったら、遠慮無く鉄拳を振るう心算だった。


 陽は既に暮落ち、淡い月明りの下で、彼らは乾パンと牛缶の夕食を終えた。

 赤のセロファンを被せた懐中電灯は用意しているが、特務曹長は戦闘が始まるまでは使用許可を出す心算は無い。

 夜間の光は、想像以上に遠くから視認出来るのだ。

 一応の目安として、懐中電灯の光が視認出来るのは1.5㎞ほどとされているが、望遠鏡を使ったり通常人より目が良い監視役が居たりしないとも限らない。

 夜間偵察に出た偵察機パイロットは、地上の煙草の火も見逃さないという。

 夜間に待ち伏せ攻撃を行う時には、光が漏れるのを「注意し過ぎる」という事は無いのだ。


 段列の兵や予科士官学校の生徒が、小声でボソボソと話をしているのには、彼は教育的指導を行う事はせず、自由に任せた。仮眠を取りたければ、少しの間なら寝ても良い、とも言ってある。

 緊張感を高め過ぎると、人間は直ぐに疲労してしまう。

 疲弊し切った兵は、戦闘の時に役に立たない。

 けれど、仮眠を取れるじゃくや生徒は居ないだろう、とも考えていた。

 こんな緊張状況の中で眠れる豪胆なヤツは、中々見どころが有るのだが。


 「特務曹長殿。」双眼鏡で敵情をうかがっていた少尉候補生が、小声で語り掛けてくる。「奴ら、篝火かがりびいて何をしているのでしょうか?」

 敵大型船は、船上で幾つもの篝火を燃やし、松明たいまつらしい明かりも見える。

 「少尉殿、自分に対して『殿』は不要です。……そうですな、大型船から小型船へ、あるいははしけへ兵を移乗させているのでしょう。」


 特務曹長が少尉候補生に対して「殿は不要」と断ったのは、米軍においては「見習い少尉」は准尉扱いだからだ。日本軍においては古参の特務曹長と少尉候補生の序列は微妙なのだが、彼はこの有望な候補生に将校として一本立ちして欲しいと思っている。

 「海賊にはライトや懐中電灯は無いのですから、船上で何か夜間作業をしようと思えば、篝火を焚くしか無いわけです。月明りは有りますが、兵の安全を考えれば充分に明るいとは言えません。よろいでも身に着けて、海に転落しようものなら、溺死はまぬがれません。我々とて、銃や装備を身に着けて海に落ちれば、同じ事です。軍靴を履いていないだけ、海賊の方がマシかも知れません。」


 夜間の焚火は6㎞以上、条件によっては8㎞以上先からでも容易に発見される。

 海賊とて、篝火を灯す危険性を知らないはずは無いが、背に腹は代えられないと言う事だろう。

 出撃前の準備段階で、味方に死人が出ようものなら、全体の士気は大きく下がってしまう。

 戦闘中に味方に犠牲が出たのであれば、復讐を誓って兵が興奮状態になり、士気が急上昇する場合はあっても、冷静な状況下での事故による犬死には、それが無い。


 「では、大型船の篝火が消されたら、『いよいよ』という事でしょうか?」候補生は、一つ武者震いをした。

 特務曹長は、候補生の武者震いを目にして僅かに笑みを漏らし「その見当でしょう。」と同意した。

 「そして多分、先導役の小型船が松明を灯す事になる、と思います。それに、敵は火縄銃を使うので、近寄って来れば各小型船に火縄の火が見えるはずです。火種から火を移した火縄は、時折くるくる回転させてやらないと、消えてしまうと言いますから、それが見えたら上陸直前と考えてよいかと。」


 特務曹長は、子供の時に祖父から聞いた船幽霊ふなゆうれいの昔話を思い出していた。

 昔の瀬戸内には、よく船幽霊が出たものだ、という。

 壇ノ浦で滅んだ平家の怨霊であるとか、海に沈んだ船乗りの魂だとかいう話だった。


 幽霊船の特徴は、舳先へさきに火を灯し、風の無い夜でも自在に動くとか、時化しけの夜に風に逆らって進むので、容易に人の操る船とは違うのが分かる、というものだった。

 『船幽霊を見かけたら、直ぐに舟を島影に隠して、視んように視られんように、やり過ごすんじゃ。』

 そうでないと一緒に連れて行かれてしまうからの、と祖父は幼い特務曹長の怯えた顔を見て笑っていた。


 今にして思えば、船幽霊の正体は、瀬戸内海を根城にした水軍なのではないのか、と思う。

 風に逆らって動くとか、風が無くとも動くというのは、帆に風を受けて動くのではなく漕走えいそうしていると考えれば、何の不思議も無い。

 見つかると連れて行かれるというのも、通行料を強制徴収されるとか、銭が無ければ労働力として徴用されるとか、そんな恐怖感が魔物やあやかしとして伝説化されたのだろう。


 「特務曹長! 篝火が、消えます。」候補生が、少し慌てた声をあげた。

 ――よしよし。今度はちゃんと『殿』を省いて言えたな。

 「少尉殿、敵が波打ち際にまで漕ぎ寄せるのには、まだ間があります。司令部に『敵船団、行動開始の予兆あり。』の第一報を。」


 暗い海の上を、松明らしき火がこちらに向けて、ゆるゆると前進を開始した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

登場機材


 98式高射機関砲

  初めて実戦投入されたのはノモンハン事変

  口径 20㎜

  砲身長 1.4m

  仰角 85度

  俯角 5度

  射程 5,500m

  射高 3,500m

  発射速度 300発/分


 98式高射機関砲を水平二連にしたものが

 「4式基筒双連20㎜高射機関砲」


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