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ヤワタ8 知らないうちに黄門様が御蔵島で捕虜になっていた件

 「……と云うわけで、今夜からは佐賀藩から人手が来ません。鈴姫一派の亡命者が来るまでの間、夜間警備にも人を割いていただかないといけなくなってしまいました。」

 申し訳ありませんが宜しくお願いします、とゴンドウ曹長殿に頭を下げる。


 すると曹長殿は「分かった、分かった。風呂に入れる時間が伸びたんだから、文句を垂れるヤツはおらんだろう。」と豪快に笑った。

「ここには井戸も風呂も出来上がって、港の木賃宿きちんやどや海津丸のハンモックで寝るよりも快適だから。」


 高島坑口でそんな会話を交わしていたら、軽快なエンジン音を響かせてオートバイがやって来た。

 オキモト少尉殿だ。

「やあ片山くん。曹長への報告は終わった?」


 「ご了承いただきました。」と敬礼する。「今日は鈴さんと半助さんに同行して、遠見番所と高速艇に行かないといけないので、休暇をいただく件も含めて。」


 「昨日の今日で、そこまで進めたのか。相変わらず仕事が早いね。」

 少尉殿は笑ってヘルメットを脱ぐと、オートバイのハンドルに掛けた。

「まあ、早いに越したことはないんだけどさ。」


 「いえ……中尉殿と武富さんとが、既に全ての段取りを組んでいてくれましたから、なんだか淡々と実行に移しただけですけれど。」

 僕はそう応えてから「唐突に緊急モードで事を進めることになった理由は……南京で何か起こりでもしたんですか? それと昨日は少尉殿、一ッ言も口を挿まなかったでしょう? クマさんが怖気おぞけふるってましたよ。『返答次第によっては撃たれていたやも知れんな。』って。」と質問。


 会話がビミョウな部分に触れることになりそうだ、と考えたのか、曹長殿が「自分は席を外した方が良さそうですね。」と現場作業に向かおうという意思表示を示した。


 けれども少尉殿は悪戯者いたずらものっぽい笑顔を浮かべて「いや、曹長も聞いていて欲しい。」と、この場に留まることを要求した。

「誰かにしゃべりたくって仕方が無くてね! こう見えて僕は、スゴく口が軽いんだ。」


 「見た目のまんまですけどね……。」と曹長殿が不承不承ふしょうぶしょう頷く。

「自分はインテリジェンス系の仕事には向いておらんのですが『聞いた上で理解して、尚且なおかしばらくは黙ってろ』と言われるのでしたら、そうしましょう。」


 「持つべきモノは、自分より優秀な部下だね!」と少尉殿が満足そうに頷く。

 そして僕に向かって「さて、片山くんの質問は二つの項目にわたっているから、順番にお答えしよう。」と指を一本立てた。

「まず中国戦線で変事が起きたのかどうかについて。答えはノーだ。明国軍は順調に歩みを進めているよ。まだ大将軍と車騎将軍や監国との間に、深刻な軋轢あつれきが生じるような事態は起きていない。また皇帝陛下は、御機嫌良ろしく北門島の城に御動座ごどうざあそばした。……御蔵島とは例の『扉』を介して頻繁に行き来されておられるが、ね?」


 「そうですか。それなら良かった。」

 南京城を巡る攻防戦で、”あの突門を使った反撃”で、大将軍が大損害をこうむったのではないのか? と密かに危惧していたから一安心だ。


 「変事が起きたのは、外地ではなく御蔵島なんだ。」

 僕が胸を撫で下ろしたのを見越していたかのように、少尉殿が爆弾をブチ込んで来る。

 ……いや、”見越していたかのように”ではなく、計算の上でのサプライズ演出だ!

「徳川将軍の親戚を、捕虜にしたのさ。水戸光圀公。子龍というあざなを名乗っておられるわけだけど。」


 「はあ?!」と僕は、開いた口が閉まらない。

 代わって曹長殿が「なぜそんな大人物が、唐突に?」と質問を返した。


 「ひょろっと陣の浜に居られたんだ。ちょっとだけ手荒な歓迎式になっちゃったみたいだけどさ。いや、持ち物検査をしたのが古賀くんだったからね。彼女は黄門様マニアだろ? だから家紋入りの佩刀なんぞを視て、直ぐに気が付いたんだよ。光圀公にとっても自分の事を知っているヒトが居て、運が良かったね。」


 笑いを押し殺して説明を続ける少尉殿に

「全然説明になっていないです!」

と僕は大声を出してしまった。

「どうやって水戸光圀は御蔵島まで到達出来たんですか? オランダ船をチャーターでもしたんですかあ!」

 そんなオオゴトが起こっていたとすれば、ここ長崎が大騒ぎに成っていないはずがない。


 「いや、だからさ」と少尉殿は大笑いし始めてしまった。

「陣の浜の御蔵神社と、千葉県市川市の『八幡やわたやぶ知らず』とが、『扉』で繋がっていたというワケでね。ほら、キミの出て来た理科実験準備室が北門島城と繋がっていたみたいにね。」


 あまりに突飛なハナシだけど、既に実例が有るのだから『そんな馬鹿な!』と頭越しに否定することも出来ない。

 それに光圀公には、ヤンチャしていた時代に「八幡の藪知らずを探検して怪異に逢った」とか「一時、神隠しにあっていた」なんて伝説が確かにある。

 戻って来てからは、人が変わったように向学心に満ちていたんだとか。


 「古賀くんがガイドになって工場見学なんかを馳走ちそうしたら、『天朝様の隠れ里がここまで先進的であるというのに、奇貨に恵まれた自分が技術というモノを学ばず無頼を続けていたならば、この先徳川は時代の波に取り残されよう。滅亡は不可避!』と、心を入れ替えて一念発起いちねんほっきされたみたいだ。純子くんや雪ちゃんの”学校”にも熱心に通っているんだそうでね。それと徳川ショーグンの親族として、明国皇帝陛下や礼部尚書閣下とも謁見したみたいだね。陛下は得意のハモニカを披露したって、もっぱらのウワサだ。」


 なんと言うか、グウのも出ない。


 「そうそう。宿泊は雛竜先生とかと同じく隔離病棟住まいだから、純子ちゃんや雪ちゃんの貞操は気にしないでも大丈夫だ。いくら血気盛んなシュトルム・ウント・ドランク(疾風怒涛の時代)だとしても、抜け出して夜這よばいなんてマネはされないだろうからね。まあ古賀くんは『俺の女になれ』みたいな誘いを受けたみたいだけど、メチャクチャ豪快に却下した、なんて噂が風の便りに伝わって来たりなんてしてるけど。」


 うわぁ。あれで座敷童は見かけによらず辛辣しんらつだからなぁ……。いや優しい所もある――と言うか気遣いが深い――んだけど、ある程度、付き合いが深まらないと判り辛いからなぁ。

 黄門サマがトラウマに成ってなきゃ良いけど。


 「それでは光圀一行が、”長崎見物の旅”にイヤに時間をかけて、まだ到着さえしていないと云うのは」

曹長殿が合点がてんがいったという顔で溜息を吐く。

主賓しゅひんが、途中で姿をくらましていたからって事ですか。」


 「まあ、そんなところ。光圀さん自身の推理に拠れば、だけどね。」

と少尉殿はメチャクチャ楽しそうだ。

「そうと知れたら、将軍 家光公……は分からないけど、紀伊大納言 頼宣公は間違いなく激怒りだろうからねぇ。知恵伊豆さんや中根壱岐さんは、顔を真っ青にして四方八方手を尽くして光圀公の行方を捜しているんだろうさ。だから光圀公が見つからない限り、調査隊御一行は『着々と情報を集めながら長崎に向かって前進中』の状況が継続し続けるってワケだったんだなぁ。」


 「じゃあ、密かに光圀さんの御蔵遊学を続けさせていれば、幕府からの査問さもん使はやって来ないんです?」

 ゴンドウ曹長殿は楽観的に訊ねたが、僕は違う考えを持った。

「紀州 頼宣公は、そう思わないんじゃないですか?」

何てったって気性の激しい御方らしいし。


 「その通り。」と少尉殿は僕に向かって拍手はくしゅする。

「光圀公も『そろそろ一度、江戸城へ顔を出さないと、紀州公が長崎目指して軍勢を動かすかも知れん』と考えた。そして『御蔵の里とのいくさになれば、動力船も飛行機も持たない幕府軍なぞ簡単に蹴散らされ、江戸は陥落する』ともね。」


 「じゃあ、来た時のように陣の浜から八幡の藪知らずへ?」と僕が質問すると

「黄門サマが『今まで房総にバックレていました』と頭を掻きかき登城をしても、紀州公はもとより老中連も笑って済ませることなど出来るワケないじゃないか。」

と少尉殿が噴き出す。

「光圀公が考えたのは、舟艇母船を引き連れて『アイヤ! しばらく、暫ァく!』と、東京湾――いや今は江戸湾だね――に乗り込むという大芝居だ。江戸の街も江戸城も当然の如く上を下への大騒ぎになるだろうから、ドサクサに紛れて光圀公への叱責なんて吹っ飛んじゃうだろうからね。」


 ……そりゃそうだ。御蔵の里との交渉窓口になる光圀公を、罪に問うなど出来ようはずがない。

 ――つうか、光圀公。ホントに心を入れ替えたのかなぁ? 大向おおむこうを相手にして、史上最強にかぶいているじゃん。


 「なんだかトンデモナイ役者みたようですねぇ。」と僕がこぼすと

「いや古賀くんの入れ知恵らしいんだな。まあ、加えて大軍師の雛竜先生との合作というか、さ。」


 あああ……なんとなく納得。

 黄門サマは雛竜先生と一緒に隔離病棟に寝泊まりしているというし、夜間も電灯は点いているし、切れ者三人が揃って『三人寄れば文殊もんじゅの悪知恵』って流れなのか。


 「それに船団が江戸湾に入る必要性は、光圀公を江戸城まで送り届けるためだけじゃないんだよ。片山くんなら直ぐに見当が付く、いや、既に陣の浜と藪知らずが繋がっていたというトピックスの段階で、その必然性は頭に在ったと思うんだけど。」


 少尉殿の謎かけに「ええ。北門島と時と一緒ですね。」と頷く。

「御蔵神社の『扉』が別の多次元宇宙への接続ではない、という事の確認のためですね。御蔵島に現れた光圀公が、確かに”この世界の”光圀公であるというのを証明するための。」


 少尉殿は、うんうん、と満足気に頷いた。

「だから御蔵司令部は、江戸向け船団編成と派遣準備のために大わらわなんだよ。船だけだせば良いって云うものでなし、当然御蔵島での生産や警備業務から、人を引き抜かなきゃならんわけだからね。無い袖は振れないって、光圀公の作戦を却下するわけにもいかないし。」


 ……う~ん。香春岳かわらだけのセメント掘りに、重機とダンプトラックを出す余裕なんて無くなっちゃった感じだ。セメントの大量生産は喫緊の課題でもあるわけなんだけど。

 しかし優先度から言えば、幕府対策の方が上位にあたるのは間違いない。


 「まあ、船団に乗り込む武装兵の数は最低限に抑えるんだろうけどね。それでもゼロと云うわけにはいかない。派遣期間を短く切り詰めるにしても、工業生産が落ちるのは間違いないだろう。」

 少尉殿は何時になく真面目な表情を作った。「だから龍造寺一派に構ってる時間は、出来るだけカットしたかったのさ。片山くんの仕事が早かったのは、本当に助かったんだよ。分からない人には分からない、目立たない功績だけどね。」


 そして少尉殿は「もう忘れちゃったかも知れないけれど、もう一つの質問に対する回答だ。」と今度は指を二本立てた。

「昨日の夜、僕がズーっと黙ってたのは、……もう分かったね? 心配かけてクマさんには悪かったけど。」


 「はい。中尉殿から黄門サマの江戸行きの件を聞いて、遠見番所での会見の時に不要な事を口走ってしまわないかと、ぐっとガマンされておられたわけですね。」


 「正解!」と少尉殿はガッツポーズを作り

「いやあ、主に喋っていたのは中尉殿ではなくミッチェル大尉殿だったんだけどさ。」

と僕の肩を叩いた。

 それから曹長殿の方を向き

「ミッチェル大尉殿は、長崎での工作を滞りなく進めるために、江戸行きからは外されたんだよ。悔しがりようったらなかったね!」

と大笑いした。


 曹長殿は肩をすくめて「水戸光圀、相当そうとうな人物のようですから、間違いが無いように中佐殿が差配さはいされたのでしょう。あっ! この場合の”相当”は、”吊り合う”ではなく”はなはだし”の意味です。」と応じた。

「混ぜるな危険、ってヤツです。」

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