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パラ29 僕たちの「手に職」と「居場所」の件

 「まあ、こんな場合だから、見られるの位は仕方が無いと我慢するよ。」と、意外にも岸峰さんは鷹揚おうような所を見せた。

 「あくまで許可するのは、見るトコまでだけだからね。……手に取って変な事したりしてたら、腕が無くなるよ。」


 岸峰さんが出した鑑賞許可に、古賀さんは自分の事の様に喜んで

「片山さん、良かったですね。見る分には構わないそうですよ?」

 ……この、市松人形娘の発言は、無邪気なんだか猛毒入りなのか判断が付かない。

 もしかしたら、自分が下着を見せたのを、まだ根に持っているのかも。


 案の定というか何というか、岸峰さんは大慌てで

「肌着はナシ! 上着だけ!」と言い出した。

 うん。まあ、そうだよね。でも、岸峰さんが洗濯物を干している間、僕はどうしていれば良いのだろうか?


 それに、さっき洗濯板で洗濯する時には、使い方を彼女に教えてもらおうとか思っていたのだけれど、よくよく考えてみれば、岸峰さんが下着を洗っている時に、横から僕がしげしげと見入っていたら、絶対に彼女は心穏やかでいられないわけだ。

 僕も、彼女のタタリで目が潰れるのは嫌だし。


 洗濯板の使い方は、自分で試行錯誤して習得するしかない。

 まあ「習うより慣れよ」というコトバも有るのだから、「案ずるより生むが易し」で行ってみようか。


 さて、ハンガーなんかの横に畳んで入っていたのは、帽子が2種類。鉄兜てつかぶとは無い。

 一つは映画なんかでよく見かける、つばの狭い日本兵の帽子。いわゆる略帽だ。戦闘帽とも言う。

 この帽子の短い鍔は「目庇まびさし」と言い、略帽の上にヘルメットを被っても射撃の邪魔にならないようになっているらしい。

 らしい、と言うのは略帽を着用してヘルメットを被った経験が無いから。(当たり前か。)


 問題は、もう一枚の方だ。

 白くて頭にピッタリの布製(たぶん木綿製)。

 略帽の方は毛織物だから、材質からして明らかに別物だ。(石田さんによると、略帽の材質は「じゅう」という物らしい。絨毯じゅうたんの絨だね。)

 形状は、小学生が体育の時間に被る体操帽にソックリ。

 何だろう。機械を整備する時なんかに着用するのだろうか?

 僕が白い帽子を被ったり脱いだりしていたら、石田さんが「運動帽ですよ。」と教えてくれる。

「鍛錬とか、運動の時とかに着用して下さい。」

 見たまんまでした。


 帽子やハンガーを退けると、ついに下着が出て来た。

 綿シャツに綿のズボン下、そしてトランクスである。

 下着のシャツは、病院の手術着みたいな作務衣さむえ方式ではなくて、上の方にだけボタンが付いているTシャツみたいな物だった。

 ズボン下は緩めのパッチ。時代劇で出て来る股引とかタコというのに似ている。

 トランクスは、今のボクサーパンツとほとんど変わらない。心地ごこちは良さそうで安心。


 岸峰さんの支給されたのがどんな物なのか、興味が無い訳ではないけれど、女の子三人が背中で「人間の壁」を作って見せてもらえない。

 けれど、何だかんだ賑やかで、不満そうな声は聞こえないから、それなりに納得のいく形状なのだろう。

 岸峰さんは代わりに、リュックサックの中のレオタードかブルマを見せてあげたみたいで

「えーっ!」という古賀さんの叫びも上がっている。

 「未来の体操服は大胆ですね。」というのは、石田さんの感想だ。「運動の時にこれをの着るなら、下着を見られたくらい平気じゃないのですか?」

 石田さん。その話題は、もうソッとしていて欲しいのだけれど……。


 下着類の下には毛布と敷布しーつ

 岸峰さんは簡易寝台を使うわけだけれど、僕は長椅子で寝るのだから、今夜は長椅子にシーツを敷いて毛布を被るのだなと、しみじみする。

 今朝までは、実家のベッドで大の字になっていたのに。

 一寸先は闇と言うか、人生何が起こるか分からない。


 最後、箱の底に残っていたのが履物類。

 パンドラの箱の底には「希望」が輝いていたとされるけれど、段ボールに有ったのは軍靴だった。

 短靴というタイプで、くるぶしまでを覆うヤツだ。

 脹脛ふくらはぎまで編み上げの安全靴よりは小さめだけれど、底にびょうが打ってあるせいか、トレッキング用のキャラバンシューズよりも重い。

 けれど安全靴とは違って、爪先つまさきに鉄板は入っていないから、荷物なんかの下敷きになったら痛い目を見る事は保証できる。


 軍靴の横には、先ほど話題に上った藁草履わらぞうり鎮座ちんざしている。

 触った感触では、健康サンダルみたいなデコボコした荒い仕上がりになっているから、足裏の刺激には良さそうだ。

 ただし、鼻緒はなおもザラザラなので、慣れるまでは親指の股が擦れて痛そうな代物でもある。

 準備室に戻った時にでも、ビニールテープを持って来て、鼻緒に巻いておけばチョットはマシかも。


 藁草履と仲良く並んで「地下足袋じかたび」も入っている。

 室内使用が原則の「足袋」の底にゴムを貼って、屋外使用を目的とした履物だ。

 柔らかいし、軽い。

 足の保護という点では軍靴に劣るが、その軽快さから日本軍が愛用したというのもうなずける。

 現在でも鳶職とびしょくの人が着用していたり、祭りで活躍したりしているから、藁草履や軍靴に比べたら実物を目にする機会としては、三種の履物の中では一番多いだろう。


 地下足袋を軍用として使用する場合の一番のネックは、尖った物でのゴム底の踏み抜きだろうから、その点ではまだ改良の余地が残っている。

 ラミネート化したチタン薄板の靴用中敷きが、どこかの県警で採用されたという話を読んだ事があるので、金属の薄板を入手出来れば試してみる価値はある。


 「どうかしましたか? 地下足袋持って、固まっていらっしゃいますけれど。」

 語り掛けられて横を向くと、石田さんの端正な顔があった。

 彼女は一連のパンツ騒動の時、僕に一番同情的な態度を採っていてくれたから、いろいろ気を遣ってくれているのだろう。まあ、学級委員長的中立性を保っているだけなのかも。

 「えっ? ああ、地下足袋に踏み抜き防止の中敷きを付けたら、安全性が高まるなって考えていたので。」


 彼女は僕が手にしている地下足袋を受け取ると、ひとしきりね回してみてから

 「なかなか良さげなアイデアですね。でも、手持ちの資源には限りが有りますから、すぐさま実行に移すのは難しいかも知れませんよ。現に先ほども『島内での連絡・通達における紙資源の節約』が討論されていたみたいですから。」

 「回覧板方式にするか、壁新聞方式にするか、みたいな感じですか?」

 石田さんは軽く溜息をいて

「大勢抱え込んだ避難民の人達にも、正確な情報をいち早く伝える必要が有りますから。頻繁に更新情報を出さないと、疑心暗鬼は危険だとかで。」


 ……更新が簡単な大型掲示板か。

 僕は手持ちの機材で、何か出来ないか考えてみた。

 簡単じゃないか! 準備室に置いてあるプロジェクターで映せば良いんだ。


 僕は石田さんに「ちょっと、この機械を見て下さい。」と告げてから、パソコンのプレゼン作成用ソフトを立ち上げる。

 とりあえず『第一回 ミス御蔵島コンテスト開催』と打ち込む。まあ、内容は何でもいいのだ。

 石田さんがモニターを覗き込んで、? の顔をする。

 「この画面を、幻燈か映画みたいに、大きく映し出す事が出来るのです。今見てもらったみたいに、文章を打ち込むのは簡単に出来ます。夜だったら屋外で、昼間だったら暗幕を引いた講堂みたいな広い部屋で、白壁かスクリーンに、どんどん情報を更新出来ます。」

 「映写機は、お持ちなのですか?」

 「今、ここには有りませんが、僕たちが出て来た部屋、理科実験準備室に行けば。」


 石田さんは、すぐに戻ります、と言い残して、来客室から駆け出して行ってしまった。

 岸峰さんが「どうしたの? また、何かやらかした?」と僕を睨む。

 古賀さんは、石田さんの後を追ったものかどうか困っているみたいだ。


 古賀さんに「石田さん、すぐ帰って来るみたいですよ。」と告げてから、岸峰さんの相手をする。

 「違うよ。連絡事項を更新するのに、回覧用の紙を節約出来ないかっていう話だったから、プレゼンソフトで文書作成して、プロジェクタで映せばどうかって、言ったんだ。」

 「ああ、ナルホド。準備室に戻ったら、プロジェクターもOHPも有るものね。」

 岸峰さんは、そんな風に納得してからモニターを覗いて

「なんじゃあ、これは!」

と大きな声を上げる。


 古賀さんも「ええっ? ミス御蔵島なんて、聞いてませんよ!」とモニターの文字に反応する。

 僕は慌てて「いや、たまたま思い付いた文章を書いただけだよ。別に『明日の昼食はカレーです。』って打ち込んでもよかったのだけど。」

 「ははぁ。『本日は晴天なり。』と、同じたぐいの例文ですか。」

 古賀さんは、一度は理解した様なフリを見せておいて

「けれど、全く頭に無い内容を文章化するというのは、有り得ませんよね?」

と、抜き打ちに切り付けてきた。

 妖怪市松娘、なかなか手強い。


 「まあ、美女三人を目の前にした、血気盛んな年頃の男子高校生が、やった事だから、ここは大目に見てあげようよ。」と、岸峰さんが取りあえずといった感じで、割って入ってくれる。「今から行ったら、今夜の内に準備出来るよね?」

 「うん。過電流防止の延長コードと、パソコンにプロジェクタを持ってくるだけだから。パソコンは旧OSの埃被っている型落ちで充分だし、プロジェクタも今使ってない整理棚送りの古いヤツで問題無い。スクリーン持ってくるかどうかは、迷うけど。」


 この時僕が考えていたのは、これで僕と岸峰さんにも御蔵島での仕事が出来た、という事だった。

 大尉殿や石田さんとの会話の中で、御蔵島では人材が何より大切だという考えで配置や再編が進んでいるのは分かっていたが、僕と岸峰さんには今のところ、これと言った「手に職」が無い。

 けれど「プレゼン用文書打ち込み係」というのは、僕と彼女が独占出来る仕事だ。


 僕と岸峰さんは、取りあえず人材としての「居場所」を確保出来たのだった。


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