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増設「貨車山砲」分隊

 オキモト少尉は、一時的に自分の指揮下に入った分隊の兵が、6輪自動貨車の荷台に94式山砲を据え付けるのを監督していた。


 監督、とは言うものの、あれこれ口出ししている訳ではない。

 日本軍の砲に詳しいゴンドウ曹長が、兵に指示を出しているのを横で見守っているだけだ。

 日系人の兵たちは、まるでフェスティバルの山車だしでもデコレーションするかのように、やけに楽し気に作業を進めている。


 最初はオキモトも手を貸そうとしていたのだが、彼の危なっかしい立ち居振る舞いを見た曹長が

「少尉は監督責任者ですから、見ていて頂くだけで結構ですよ。」

と作業から外してくれたのだ。

 「ありがとう。本当に見ているだけで良いのかい?」

 「ええ。邪魔にならない所で、タバコでも吸っていて下さい。」

 「何だか、申し訳ないね。」

 「いえ。事故が起こった時に、責任だけ取ってくれれば良いのですから。」



 オキモト少尉がこんなハメに陥ってしまった事の起こりは、御蔵島に取り残されたアメリカ軍の中では最高位の将校であるジョーンズ少佐に責任の一端がある。

 ジョーンズ少佐は今夜予想される海賊邀撃作戦で、アメリカ軍がオーストラリア軍のサポートに回るのを、少しだけ面白くなく思ったのだ。

 彼は、自分たちに課せられた任務の重要性は重々承知した上で、さりとてオーストラリア兵がアメリカ製戦車で、敵と正面切って撃ち合うというのに、当のアメリカ軍は非装甲車両でウロウロするだけというのは、如何いかにも歯痒はがゆいと感じたのだ。


 そこでひらめいたのが、日本軍が満州事変の時に連隊砲(41式山砲)を自動貨車に載せて簡易自走砲として運用した戦例だった。

 簡易自走砲化された連隊砲は、地上発射時に劣らない命中率を示し、かつ自動貨車が壊れる事も無かったという。


 実を言うとジョーンズ少佐は、第二次ノモンハン戦の時にも高坂中佐が、この貨車山砲部隊を臨時編成して撤退戦を有利に進め、敵BT戦車多数を撃破したという噂を耳にしていた。

 高坂中佐はみずから自分の戦績について語る事はしないから、あくまでも「ウワサ」だが、あの男ならその位の事はやってのけていても不思議は無い、と少佐は思っている。


 それで、「M3の主砲は37㎜であり、敵20mジャンクを撃破するのには問題無かろうが、60m級を相手にする場合には、非力である可能性がある。」と主張したのだ。

 M3の搭載砲は、貫通力的には何の問題無いけれど、砲弾の炸薬量が少ないから60m級を仕留めるのには多数の命中弾を必要とするに違いない、という理屈である。


 三軍合同での打ち合わせでは、ジョーンス少佐の追加提案に対して、日本軍の奥村少佐からは

「炸薬量と運搬・展開の簡便性ならば、『97式曲射歩兵砲』の使用は如何に?」

という参考意見が出た。

 ちなみに、船舶砲兵の砲科士官である加山少佐は、避難者対策に忙殺されてる最中で、この会合を欠席している。


 97式曲射歩兵砲はストークブラウン式の迫撃砲で、砲重量が67㎏と、94式山砲の536㎏に比べて9割減と、圧倒的に軽い。

 しかも発射する迫撃砲弾は、94式山砲用の94式榴弾が炸薬量810gなのに対して、炸薬量250g~540gと炸薬量こそ少ないながら、毎分20発の砲撃が可能で、毎分10発の94式山砲の倍だ。

 軟目標である木造船の破壊には、山砲を使わずとも迫撃砲で充分に目的を達成出来る。

 更に使用する迫撃砲弾は、米軍の「M1 81㎜迫撃砲」と互換で、砲弾を融通する際のマニュアルも出来ているから、アメリカ兵にとっても使いやすいだろうという奥村少佐の意見には、説得力が有った。


 ジョーンズ少佐は奥村少佐の意見を認めながらも、内心では

――リクツじゃ、ねェんだよ!

――クソ海賊相手には、ポンポコ軽い迫撃砲じゃなしに、BIG GUNをブッ放してェんだよ!

とアドレナリンで頭を煮えたぎらせていた。


 ――やれやれ。どうしたものかな……。

 オーストラリア軍責任者のハミルトン少佐は、冷静な表情を崩さないが、内心では頭を抱えていた。

 理詰めな奥村少佐の発言に共感しつつも、直情径行ちょくじょうけいこうタイプのジョーンズ少佐の顔面が次第に紅潮こうちょうしていくさまを見て取った彼は、ここは自分が間に入って調整するしかあるまい、と感じたからだ。

 ただ、間に入るといっても、どちらか片方に肩入れするとなると、残りの一方からネガティブな印象を持たれる事はまぬがれられない。


 なので彼は、アメリカ軍部隊が西回りと東回りの2部隊に分かれる事に着目して

「ジョーンズ少佐の部隊は、西部方面隊と北部方面隊の2部隊に分かれるのだから、各部隊にそれぞれ一個分隊の臨時砲兵分隊を追加してはどうかな?」

折衷案せっちゅうあんひねり出した。

「山砲の自走砲化も面白いし、迫撃砲の緊急展開に習熟するのも今後の運用を考える上で必要だ。どちらの案も捨てがたい。」


 「それは絶妙なアイデアだな! 正にOh-oka Sabakiだ。流石さすがは智将ハミルトン少佐だ!」

 ジョーンズ少佐はハミルトン案をベタ褒めすると、奥村少佐へ強い視線を送り同意を求めた。

 奥村少佐は内心「大岡裁きというのとは違うぞ。」と思いつつも、危機が迫りつつある今、議論で無駄に時間を費やすのは上手くないと考え

「それでは、その算段で高坂中佐の判断を仰ぎましょう。」

と二人をうながした。


 三人が雁首がんくびを揃えて中佐の前に出向くと、中佐は今後の消耗品生産計画をまとめている処だったが、各工場の責任者に休憩を告げると、書類の山から顔を起こして三人に向き直った。

 ジョーンズ少佐が「今夜の作戦なのですが、アメリカ軍部隊に砲ニ個分隊を増派したいと考えます。」と提案の口火を切った。

「東回りと西回りの部隊それぞれに、一個分隊ずつです。」


 「牽制けんせい部隊は、50口径M2重機関銃で武装していますが、敵船団がオーストラリア戦車部隊に向かわずに、直接に牽制部隊と交戦する事になった場合には、60m級敵輸送船を攻撃するのには砲の支援が有効であろうと考えるに至りました。」とハミルトン少佐。

 奥村少佐も「米軍部隊が交戦開始後の豪州部隊の支援に駆けつける場合にも、乱戦中の地域に踏み込まず、交戦区域外の外周道路から敵大型船をアウトレンジ出来ます。緊急増援時のフレンドリー・ファイアを防止するのにも有意義かと。」と提案を補強する。


 高坂中佐は「手堅いアイデアですね。実行に移して下さい。」とアッサリ許可を出し「使用火砲は何を?」と質問を出してきた。「重擲弾筒じゅうてきだんとうですか?」


 奥村少佐は、その手が有ったか! とも思ったが「曲射歩兵砲と94式山砲を考えています。」と端的に返答した。

 重擲弾筒は一門当たり2~3名と少人数で扱えるから、一個分隊でも最低2門を運用出来る。

 しかも発射速度は一門当たり3秒に一発。

 2門あれば一分間に40発を撃ち込める。

 緊急展開するには軽便ながら強力な戦力だ。

 その事を直ぐに思い付かなかった自分の不明が悔やまれる。


 けれど中佐は自説に固執する事無く

「そうですか。確かに操作するのがジョーンズ少佐の部隊なら、キッチリ照準の着け易い歩兵砲や山砲の方が使い勝手が良いかも知れませんね。照準に多少のかんが必要な擲弾筒は、使いこなすのには少し慣れが必要ですからね。」


 ジョーンズ少佐は「94式は貨車山砲として使用したい、と考えています。」と慌てて付け加えた。「今後、口径の大きな砲を、陸上で自走化運用するための参考としても。」

 中佐は少しの間、考えを巡らせているようだったが

「結構です。……今夜、急いで実行するのは大丈夫かな、とも思いましたが、過去の貨車山砲の実績を見ても、成績は安定していますから問題無いでしょうね。ただし、事故にだけは注意して下さい。砲の固定には細心の注意を払って頂くようお願いします。」



 かくして、ジョーンズ少佐に呼び出しを受けたオキモト少尉は、上機嫌の少佐から

「少尉、君を見込んでの特別任務だ。オージーとクソ海賊に、是非とも一泡噴かせてやってほしい。」

という激励と共に、一枚の珍妙な設計図を手渡されたのだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

登場機材


 貨車山砲

  1931年(昭和6年)に始まった満州事変で初登場

   兵站用のトラックの荷台に41式山砲を載せ臨時に自動車化

  1937年(昭和12年)からの「支那事変(日中戦争)」でも運用

   独立歩兵第12連隊で山砲の機械化運用

  この時代の貨車山砲は砲を後ろ向きに搭載している

   6輪自動貨車の荷台に山砲を載せる

   砲の周囲に衝撃緩衝・固定の為の土嚢を積む


  1940年(昭和15年)台湾山砲兵連隊で前方射界式の運用を考案

   搭載山砲が41式から94式に

   自動貨車の荷台上に角材で台を組みボルトで固定する

   台上に前向きに山砲を載せ、車輪や砲架を台に固縛する

   見るからに危なっかしいが、問題無く砲撃可能

   前方射撃用車両と従来型後方射撃タイプは混用

    前方射撃用車両が射撃する間に、後ろ撃ち車両は方向転換


  1941年(昭和16年)フィリピン攻略戦時の戦績

   アグノ攻略 歩兵部隊への支援砲撃

   タルラック攻略 敵M3を撃破し機械化部隊を撃退2回


 41式山砲

  いわゆる「連隊砲」 明治44年に制式化

  山砲ながら射撃時の弾道の低伸性が優れていた

  口径 75㎜

  重量 539.5㎏

  射程 6,300m

  射撃速度 10発/分


 94式山砲

  41式山砲の後継山砲

  口径 75㎜

  重量 536㎏

  射程 8,300m

  射撃速度 10発/分


 97式曲射歩兵砲

  92式歩兵砲と同様「大隊砲」と呼ばれた

  各歩兵大隊につき2門配備(の予定だった)

  軽くて山でも密林にでも持ち運びに便利な迫撃砲タイプ

  口径 81.4㎜

  重量 67㎏

  射程 2,850m

  射撃速度 20発/分

  発射時に音が小さく、発砲煙も少ない

  自分の位置を隠匿しつつ攻撃するには有利

  しかし92式歩兵砲を駆逐するに至らなかったのは

  「弾薬使用量が増大したため」 みなビンボが悪い


 92式歩兵砲

  いわゆる「大隊砲」

  歩兵大隊毎に2門配備

  平射から曲射(73.3度)まで対応可

  ただし砲身が短かったせいで命中率はイマイチだったらしい

  口径 70㎜

  重量 204㎏

  射程 2,800m

  射撃速度 10発/分

  発射音が馬鹿デカく耳を傷める操作兵もいたそうだ


 50口径M2

  ブローニングM2重機関銃

  現在でも使われ続けている名銃

  50口径とは口径が0.5インチのため

  口径 12.7㎜

  長さ 164.5㎝

  重量 38㎏

     58㎏(三脚使用時)

  射程 6,770m


 89式重擲弾筒

  日本軍のミニ迫撃砲 グレネードランチャーのハシリである

  口径 50㎜

  全長 610㎜

  重量 4.7㎏

  炸薬量 150g

  威力半径 10m(手榴弾3個分相当)

  射程 670m

  射撃速度 20発/分

  敵からも高い評価を得ていた傑作火器

  

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