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特設戦車中隊発進

 ウィンゲート少尉は、外周道路で縦隊を作っている、14両のM3軽戦車からなる特設戦車中隊の先頭車で、ハッチから上半身を出して待機していた。

 太陽は西に傾いており、しばらくすれば夕暮れの気配が濃くなってくるだろう。


 司令部方面から飛ばしてきたジープが、彼の横で停止すると、臨時中隊長のミラー中尉が

「ウィンゲート君、そろそろ行こうか。」

とヘッドホンを通して出発命令を出してくる。

 待ち伏せ攻撃を成功させるためには、ヘッドライトは戦闘開始まで点灯出来ないから、完全に陽が落ちる前までには、予想会敵地点に移動し、展開を終了させておかなければならない。


 ウィンゲートはミラー中尉に答礼すると、マイクロホンに「エンジン始動。」を告げた。

 彼の指揮下に入った7両がエンジンを噴かし、排気ガスが勢いよく放出される。

 戦車に乗っているのは、機銃手・砲手も含めて段列の兵ばかりだから、整備は細部にまで行き届いており、故障車は一台も無い。


 戦車という「内燃機関搭載機械」の機械的信頼性も上がっているから、故障車が出なかったのは当然と言えるかもしれないが、第一次世界大戦期の戦車は敵陣に到達する車両よりも、エンコして途中脱落する車両の方が多かったと聞くので、エンジニアの彼としては少し嬉しい。


 後続小隊のM3もエンジンを始動させ、全車準備が整った処でウィンゲートは「前進。」を命令し、同時に手を前に振って身体でも合図を出す。

 履帯が道路を踏み締める音が轟き、14両の戦車が前進を開始する。


 ミラー中尉のジープがウィンゲート車の前に出て、中隊を先導する。

 戦車隊は、外周道路を西回りに、御蔵島北西岸を目指す。


 前進速度は30㎞/hと、最高速度の半分程度しか出さない。

 理由は、履帯トラブルやエンジントラブルを起こさないためだ。

 履帯トラブルは、その場で動けなくなってしまうだけだからまだ良いが、エンジントラブルの場合には最悪だと車両火災が起きてしまう。


 アメリカ製戦車は稼働率が高い一方で、時折炎上事故を起こすという欠点も抱えていた。

 理由は、燃料にガソリンを用いているので、エンジンが限界を超えて熱を持つと火を噴いてしまうのだ。

 ガソリン燃料車両は、一度燃え上がると、あっという間に車内に火が回ってしまう。

 それで、M3の搭乗員には「エンジンが火を噴いたら、下手に消火しようとせず、車両を捨てて即座に脱出するように。」という通達が出されていた。


 この点、日本軍の戦車は軽油燃料のディーゼルエンジンだから、エンジンから発火する事が、まず皆無だし被弾しても炎上し難い。

 その利点を日本人に告げると、彼らは恥ずかしそうに「ウチらは貧乏だから、高いガソリンは航空機に回すので、戦車は安い軽油で動かすのですよ。」と謙遜けんそんとも自嘲じちょうとも取れる妙な返事が返ってくる。


 今回は、ロクな対戦車兵器を持たない中世の海賊相手だから、特設戦車中隊の装備は日本軍のハ号軽戦車(95式軽戦車)が適当ではないかという意見が、作戦参加者の中から上がったのもうなずける。

 ハ号軽戦車は、装甲こそ「ブリキ製」と評されるほど薄いが、高初速の37㎜砲を装備した優秀な戦車だ。

 しかも、車体重量が7.4tと、M3の12.3tに比べて圧倒的に軽い。

 砂浜海岸の軟弱地盤を考えれば、車体重が軽い方がスタックし難いのは当然だから、敵上陸部隊と乱戦になった時はハ号で蹂躙じゅうりん攻撃を加えるのが有効であろうという意見にも一理あった。


 けれど、最終的にM3が選択されたのは、何と言ってもオーストラリア軍段列が、日頃から扱い慣れているからだった。

 共同部隊で、お互いの国の兵器や機材を触っているとは言っても、やはり兵器ごとの習熟度には差が出る。

 段列の兵は、直接戦闘に参加する事は少ないので、「戦闘員」としては事実上今回が初陣ういじんとなる者ばかりだ。

 このような状況では、慣れ親しんだ兵器を操る方が、いざという時にも対処が容易たやすい。


 それ以外にも、もう一点、車体サイズの問題があった。

 M3の全高は2.64m。

 ハ号の全高は2.28m。

 率にすれば、ハ号はM3に比べて14%ほど小さい。

 日本人と比べると巨漢のオーストラリア人が乗るのには、ハ号は窮屈きゅうくつなのだ。


 M3のエンジンの換装か。しかしこの世界では、おいそれとは事が進まないだろうな。それならばむしろチハ(97式中戦車)の車体に20㎜機関砲を載せたような、機関砲戦車が使い勝手が良いかも知れない。

 ウィンゲートは、車長席でそんな事を考えていた。


 島西端の岬を越え、荒々しい磯場を眼下に見下ろしながらしばらく前進を続けると、外周道路は松林を左手に見る標高の低い場所を通る。

 松林は防風・防砂林として古い時代に植樹されたもので「西の松原」という名前が付いている。

 「西の松原」は、幅40m・長さ300mほどの規模があり、松の木の先には幅40m規模の砂浜を介して波打ち際がある。

 後続の7両はここで分かれ、「西の松原」の中に陣を敷く。


 ウィンゲートの小隊は尚も前進を続け、外周道路は再び磯場を見下ろす道になる。

 御蔵島が広島に近い北西岸よりも、南岸が極端に発展した理由がここに有る。

 比較的平地が多い南岸に比べて、北岸や北西岸には農耕に適した土地を確保出来なかったからだ。

 それでも古人いにしえびとは、北西岸にも居住の可能性を諦めなかったようで、日本が南北朝に分かれて争っていた時代の遺構が残っている。

 ウインゲートたちが目指している、北西岸のもう一つの敵予想上陸地点「陣の松原」がそれだ。


 「陣の松原」と呼ばれる砂浜は、規模や構造は「西の松原」と大差が無い。

 ただ、外周道路を隔てて右手側(砂浜とは反対方向)に、傾斜の急な石段を組んでバスケットボール・コート2面分ほどの平地が築かれてあり、昔はその平地にやかたとりでが有ったという言い伝えが残っている。

 石段の奥には、これまた自然石で造られた階段が山の中腹にまで伸びている。

 階段の先にはTORI-Iと呼ばれる宗教的なシンボルと、HOKORAというミニチュアの神社が今も存在する。


 HOKORAの中に居ると伝えられている『神』は、日本の伝統的な「勝利の神」であるとも、「南朝側の貴人」が死後に神にまつられたとも伝えられているらしいが、よくは分かっていないようだ。

 日本社会は、唯一絶対の『神』を持たない古代ギリシアかインドのような多神教社会なので、多種多様な『神』の概念が共存する余地があるのだ。


 ウィンゲート自身は、以前そのHOKORAまで足を伸ばした時に、「ここは下の砦に詰める兵が、海峡を監視するための見張り台だったのだろう。」と考えていた。

 獲物を発見した水軍――日本では海賊の事を、そう呼んでいたらしい――は砦下の砂浜から舟を出して、獲物を襲うなり、通行税を取る事で経済が成り立っていた筈だ。


 「陣の松原」に到着した時には既に薄暗くなっていたが、ウィンゲートは特に神秘的なものを感ずる事も無く、いにしえの海賊の拠点で、今夜の海賊の襲撃を待ち受ける皮肉を、多少の諧謔味かいぎゃくみを持って、興味深く思っていた。


 松林の中にM3が等間隔に布陣したのを確認して、ミラー中尉は「それでは、後は頼んだよ。」と急いで引き返して行った。

 ミラー中尉のジープは、最後尾を追従していたもう一台のジープと共に、二つの松林の中間地点で中隊指揮所を開設する。

 太陽は既に沈んで、西の空が赤く染まっているばかりだから、急がないと街灯も無い暗い道を進まなければならなくなる。

 雲は無いから月明りは期待出来るが、半月より少しはマシといった月齢なので、完全に陽が落ち切って月明りだけになってしまえば、それ以上は無理に進めず、中途半端な場所に指揮所を置くことになる。

 彼が大慌てなのも無理はない。


 ウィンゲート少尉指揮下の臨時の戦車兵は、全員下車して自分の乗車する戦車の履帯や足回りの点検中だ。

 本当なら、エンジンやラジエターまでも調べたいのだろうが、ライトを点けるのは御法度ごはっとだから、わずかな残照と手探りでやれる事だけを行っているのだ。

 段列の兵のさが、と言っても良いかも知れない。

 また初陣の興奮が、彼らを駆り立てているという点も考慮した方が良いだろう。


 ウィンゲートは各車長に集合を掛けると、各車とも30分毎に見張りを交代させること、見張り以外の時間には身体を休ませておくこと、タバコに点火する時は戦車の後ろに回った上で身体で火を覆うように注意すること、タバコの火口ほくちは手で覆って光が漏れないようにすること、など細かな指示を与えた。


 駆け足で去って行く車長たちを見送ってから、ウィンゲートは彼のM3の背中に積んで来たスピーカーを、砲塔の横にわえ付けた。

 「それじゃあ、最初の見張りは私が受け持とう。みんなレーションでも食べてノンビリしていてくれ。」


 あとは、待つだけだ。


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参考


 エンコ

  エンジン・故障の略 Break down

  今ではほとんど死語となっている言葉

  エンスト(エンジン・ストップ)よりも、よほど状況は悪い


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