パラ27 中国の銃の歴史と突火槍の使い所について考察する件
「それで、この突火槍ですか? 射程と威力はどのようなモノなのでしょうか?」
早良中尉は、僕の中の葛藤や脱力を知ってか知らずか、ノホホンとした表情のまま質問を再開してくる。
「炎と散弾の飛散範囲は、筒の先端から5mくらいです。槍の間合いより、ちょっと長い程度でしょうか。」
僕の返答に、岸峰さんが横レスを入れてくる。
「槍と変わりがない射程なら、さっき話に出て来た『火槍』の方が良い兵器なのじゃないの? あちらは少なくとも、花火効果が終わっても普通の槍として使えるのでしょう?」
彼女が比較例に出した火槍とは、槍の先端横に花火を縛り付けた兵器だ。
「まあ、それはその通りなのだけど、火槍は一回点火してしまえば、数十秒後には『ただの槍』だろ? 点火のタイミングが難しいんだよ。点火したけど敵が攻めて来ない場合には無駄になるし、敵が突撃して至近に迫った時に、隊列を崩して点火してたんじゃ、そのまま一気に陣内に突入されかねない。マッチやライターが無い時代だからね。」
「そんなのじゃ、火槍も突火槍と同じくらい役立たずじゃない? 無理に変わり種武器を作るより、シンプルに只の槍だけで良い様な気がするけど。」
岸峰さんが、突火槍に続いて火槍もバッサリと切り捨てる。
女子には、「僕が考えた夢の兵器」みたいな男のロマンは通用しない……。
僕は「火槍が役に立った例も有るんだよ。油断している敵に夜襲をかける時とか、ハシゴ車みたいな攻城兵器を持ち出してきた敵を、梯子ごと焼き払う時とか。」と、火槍をちょっとだけ弁護する。
分かり易いようハシゴ車と表現したけれど、折り畳み式の梯子を装備した攻城車が『雲梯』で、ただの長梯子を載せた車は『行天橋』と区別されている。
その他にも、人力エレベーターを車の上にオッ立てた『巣車』なんていう兵器も存在した。
彼女と僕の、やり取りを聞いた中尉は「それでは突火槍の使い所は、どのような場合なのですか? 息の長い兵器には、愛用される理由もある訳ですよね。」
「まず第一に、安いという事です。」と僕。「竹、切ってくるだけですから。青銅や鉄で銃身を作る必要が無い。」
僕は歴史の参考書を参照しながら、中尉に「中国の火縄銃の歴史」を解説する。
彼にとっては既知の内容なのかも知れないけれど、記憶の整理のためには無駄にならないだろうから。
世界で最初に金属銃身の銃である『火銃』を開発したのは元だ。
構造的には、モロに銅で作った突火槍。
点火方式も同じで、胴部の穴に火縄か線香を差し込んで発砲する。
金属製なので、銃身の破裂の心配が低くなったから、最大射程も180mくらいにまで伸びたようだ。
けれど、そのくらい飛ばせるというだけの話で、狙って命中が期待できるのとは違う。
ただ射程が伸びた分、使い勝手は上がっているから、もし三回目の元寇があったら、元軍は火銃を装備した隊を日本侵攻に参加させた可能性がある。
元は火銃だけでなく、青銅製の砲も作っている。
口径は10㎝ほどで、口径と同じくらいのサイズの実質弾(鉄や銅の玉)を飛ばした。
ただし兵器としての信頼性や使い勝手はイマイチだったみたいで、『襄陽砲』みたいな投石器との併用だ。
青銅砲は雨が降れば使えないし、投石器は運動エネルギー兵器として当時の青銅砲よりも着弾距離が安定していたから、という理由らしい。
ちなみに襄陽砲の最大射程は70~100m程度。
モンゴル軍がヨーロッパやイスラム世界にまで侵攻し、かつ宋を滅ぼした事で、火薬と火器はヨーロッパと中東、東南アジア方面に伝播したのが13世紀から14世紀。
中国ではその後、明の時代に鉄製の大砲が制作されるようになり、弾丸もただの金属球というだけではなく榴散弾も開発されるのだが、金属銃身の銃の開発には遅れをとるようになる。
永楽帝の時代に越南方面に侵攻した明軍は、鉄製銃身の銃での反撃を受けた。
鉄製の筒に木製握りの付いた越南側の火器は、射程において明軍の装備を圧倒したようだ。
後に永楽帝は、越南側の火器をコピーして、『神鎗』と名付ける。
彼は神鎗の威力に惚れ込み、神鎗ばかりを装備した部隊『神機営』を作ったりなんかしている。
神鎗の最大射程は470mに達したというから、話半分だとしても200m以上は弾を飛ばせたわけだ。
けれど形は、突火槍と大差が無い無愛想な鉄パイプだし、穴に火縄を差し込むという点火方式も一緒だから、ちょっと距離が有ったなら正確な照準など付けようが無いだろう。
だから後期倭寇が種子島タイプの火縄銃で中国沿岸部地域を襲撃する時代になると、火銃も神鎗も廃れ、倭寇の火縄銃(倭銃)のコピーである『鳥銃』や『鳥槍』に、取って代わられる事になってゆく。
ちなみに『アーケバス』と呼ばれる火縄銃は、15世紀の末頃にヨーロッパで開発され、16世紀の半ばくらいに、中国にもたらされている。
「使用する金属の量が少なく済んで、構造も簡単ですから高度な技術を持った職人を確保しなくても良い。後の火器に比べて、価格的には圧倒的にリーズナブルなのです。」
中尉は、僕のこの説明だけでは納得がいかなかったようで
「コストが低くても、パフォーマンスが悪くては、製造するだけ無駄という事に成りませんか?」
と、論旨の粗を指摘してきたが、すぐに自分の額を軽く叩くと
「ああ、そうか。火器として考えるから、パフォーマンスが低く感じるのか。別の効果を考えれば、価格に見合う価値はある、と言う事ですね?」
と了解した。
納得した中尉の様子を見て、岸峰さんが「どういう事?」と首を捻ると、石田さんも「さあ……。」と怪訝そうな顔をしたが、古賀さんは『別の効果』の意味を理解したようで
「音、ですね。」と正解を出した。
古賀さんが正解を口にした事で、岸峰さんと石田さんも「そうか! 音を聞いただけでは、銃で撃たれたのか、突火槍が音だけ出したのか、区別が付かないんだ。」と合点がいったみたい。
火縄銃は、製造するにしろ購入するにしろ高価な兵器だ。
しかも明末の中国は、対清戦争に加えて、反乱軍との内戦の真っ只中。
軍備品の消費・損耗は激しいし、おまけに銃砲などの火器は、刀槍などの冷兵器に比べて、メンテナンスに手間がかかる。(その上、準消耗品だし。)
おまけに国内治安の悪化は、明国「国営工場」の製造ライン停止や生産効率の低下をもたらす。
つまり、倭銃あるいは鳥銃は、明国内でどんどん入手が難くなるし、価値は上がる一方なのだ。
けれど銃の装備率を下げれば、調子に乗った敵の跳梁跋扈を許す事になる。
そこで、小銃部隊の中で、火縄銃が行き渡らない兵には、突火槍を持たせておく訳だ。
発砲煙や銃声は、火縄銃に匹敵するか、むしろそれ以上だから、実数より多くの火縄銃を装備しているように見せかける事が出来る。
しかも突火槍は軽いから、一人の兵が複数本の突火槍を持っておける。
火縄銃は火薬と弾丸の装填に時間がかかるので、熟練銃手でも最大1分間に2発から3発しか発射出来ないが、既に装填済みの突火槍を抱えた兵は、火縄を差し込むだけで手持ちの突火槍を次々に発射する事が可能であり、間断なく戦場に銃声を轟かせる事が出来る。
こうして時間を稼いだら、突火槍は「使い捨て兵器」だから、全筒発射を終えた突火槍兵は、剣を抜いて近接戦闘に備え、火縄銃手を守るのだ。
敵の補給部隊などを待ち伏せ攻撃する場合にも有効で、まず火縄銃手が敵指揮官を狙撃したら、突火槍兵がバンバン発砲音を響かせる。
戦意の低い動員された農民兵は、逃げ足は早いから、補給品も武器も置き捨てて逃散してしまう。
後は鹵獲品が拾い放題だから、こう考えると突火槍のコストパフォーマンスは、決して低いとは言えない。
「登場初期には画期的な新兵器だった突火槍ですが、より射程の長い銃が登場していくにつれ、火器としては陳腐化してしまったけれど、偽装火縄銃として新たな活躍の場を得た、という訳ですか。」
中尉は、こう突火槍の効用をまとめると
「現在敵対している勢力は、発砲煙から推測するよりも、実銃の装備率は低いと考えても良いみたいですね。いや、なかなか面白い話を聞くことが出来ました。」
と感想を述べた。
そして突火槍を手にすると
「そうそう。今夜は夜間警戒のために、不定期に照明弾を打ち上げますから、砲声を聞いても慌てないで下さいね。下の司令部には、夜っぴいて誰かが詰めていますから、大事が有ったら起こしに寄こしますので、安心して寝ていて下さい。」
と言うと、石田さんに何やら目配せして、入って来た時と同様に、穏やかな空気を残して去って行った。
お読みいただき有難うございます。
キーボード叩いているよりも、調べ物している時間の方が長いヘッポコ作者であります。
ストック分を全消費してしまいましたので、これよりは毎日更新が出来ず、不定期更新とさせて頂きます。
転移初日(しかもまだ、その日が終わっていない)にも関わらず、10万字を突破してしまい、テンポの良さが重要とされる「なろう」小説としては如何なモノか! という作品になってしまいました。
この先も時折ご笑覧いただけるようでしたら、
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キーワード 陸軍船舶部隊
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みなみのうお 拝




