弘光帝inマニラ12
食事が一段落つくと、デミタスコーヒーと菓子が運ばれてきた。
菓子はCレーションのフルーツケーキ・バーとゼリー・バーである。
また紙巻タバコも供せられ、総督と長官は自ら燐寸を擦って、刻み煙草とは違った紙巻タバコの手軽さと”軽み”に目を細めた。
司教は「コーヒーか……。ミルクと砂糖とをタップリと加えると、寛ぎの時間に珍重されるのも頷ける。」と神妙な顔でデミタスカップを啜った。
片手にカップ、もう一方の手にタバコの総督も大きく頷き
「コーヒーの消費が、明国や日本において増大が見込まれる、というのにも納得できますな。」
とマニラに於けるコーヒー栽培の価値を認めた。
「代わりに……と言ってはなんだが、マニラの商館に燐寸と紙巻きタバコを商わせてもらえたら、ヨーロッパ社会でも持て囃されるのは間違いない。」
礼部尚書が一つ咳払いをして
「まあまあ、そう云った”商売の実務”に関する諸々は、然るべき商館の人間に間に立って頂けば良い事で。」
と、『忌憚のない”おもてなし”の場ではあるが、その建前を排せばあくまで御前である』というのを客側に意識させる。
「主からお客様に、義軍のお礼に加えて一つ”お願い”がございましてね。」
「これはしたり。」
総督が居住まいを正して「気の置けない茶席の雰囲気を楽しみ、少し度を過ごしました。」と一同を代表して皇帝に会釈する。
「(お礼の)お気持ちは充分に受け取らせていただきました。つきましては、”お願い”とはどのような? かなう限り御心に沿えるよう努めたいと思っておりますが。」
「これは有難い。」と弘光帝は微笑んだ。
「なに、難しいことではありません。日本人街の民が、更に明国へと向かうのを許して欲しいのですよ。清との戦いが長引いておるので、義軍の者は長らく家族の顔を見ておりませんですからな。家族・縁者・友を呼び寄せたいと願っておる者も多いようで。」
「戦士として武器を持つことが出来る者は、そう多く残ってはいないと存じますが?」
と長官が首を捻って疑念を挿む。
「確か……女子供や老人ばかりか、と。」
「ええ、ですから」と礼部尚書が長官の疑問に応じる。「義兵の追募というわけではないのです。」
「遠く離れた家族や友を引き合わせる慰労、というのが目的で。妻や子の顔を見れば、望郷の憂いが晴れて、勇気百倍するのが漢という者でありますから。」
そして「酔うて沙上に臥すとも君笑うことなかれ。古来征戦幾人か回る。」と王翰の涼州詞を引用する。
西域の砂漠に朽ちた古の武人をうたった詩は、スペイン人たちの心にも沁みた。
彼らとて故郷から遠く離れたマニラの地で、短くは無い日々を送っていたのだから。
「嫌がる者を、その意に反して無理に連れて行こうというのではございません。」
と皇帝が穏やかに続ける。「望む者だけを、その心のままに。」
「なんとも慈悲深い御心だ!」とキノ神父が感嘆する。
「この場に異を唱える者は、居ないでしょう。」と司教が総督に同意を促す。
総督と長官も頷き、弘光帝の提案は満場一致での賛成と決まった。
「有難う。意味ある茶会と成りました。」
弘光帝が厳かに散会を告げる。
参加者たちも「心地よい会でありました。お招き頂き感謝いたします。」と口々に謝辞を述べて席を立った。
「どうであったかな?」
桟橋へと戻る乙型艇を見送って、弘光帝が寛いだ笑顔を見せる。
「初めて出会うた南蛮人との交渉事だから、おそろしく緊張したが、その割には上手く熟すことが出来たように思うがな?」
「ふむ。上々でございましたぞ。」
何時もは口煩い礼部尚書も、今日ばかりは皇帝の”出来”を誉めそやす。
「普段の陛下を知らぬ者からしたら、堯・舜のごとき聖帝と見えたものかと。」
「おお! それほどまでにか。」
と弘光帝は――『普段の陛下を知らぬ者からしたら』という注釈付きであるのには拘らずに――素直に喜ぶ。
「これからも励まねばならぬな。」
「陛下、有難うございました。」
と、スペイン人たちを送って行った藤左ヱ門に代わり、加山鎮南将軍(仮)も最敬礼する。
「小倉殿も感謝していることでございましょう。また、軍旅の空の下に在る明石殿も。」
翌日から、小倉隊隊員による日本人街住民への”移住の呼びかけ”が始まり、多くの住民がそれに応じた。
小倉隊や明石隊に縁がある者以外にも移住を希望する住民が多数いたのは、江戸幕府の鎖国政策によって日本人街の発展がこれ以上は見込めない、むしろ消滅を免れないであろうという危機感から来たものであった。
ただ、敢えてマニラに残るのを選択した者も居た。
高山右近所縁の者たちを中心とする一派で、その一派は明石隊の面々よりも更に深くキリスト教に帰依し、マニラでの生活に満足していたからだ。
南遣船団としては今後、明国人街の商人と同じくマニラでの交易の窓口になってもらう事を期待して、特に強くリクルートを掛けることはしなかった。
また弘光帝は、総督らの朝潮訪問による答礼という口実でマニラ上陸を果たし、美しい海浜や椰子の並木の観光を楽しんだ。
総督府訪問の折にはアイスキャンディを手土産とし、再び総督らを驚かせている。
ただし皇帝の明国人街への訪問と慰労とは叶わなかった。商人の中には明国政府の海禁策を憎んで、皇帝を快く思っていない者が少なくなかったからだ。
明国商人たちは、貿易が活発になるのには歓迎であったのだが、伝統的に『お上の意思』なるモノは強く警戒していたし、この度の新皇帝が、交易を盛んにしたいと思っているという情報が入ってきても、にわかに信じることが出来なかったのだ。
総督府の衛士長から
「能う限りの護衛は務めさせて頂きますが、狼藉者が行動を起こした場合、必ずや先方の血が流れることになります。折角の陛下の御行幸を血の穢れで汚すのは、陛下におかれましても御本意から外れることでありましょう。」
と諭されては、強行は憚られた。
(もっとも弘光帝にしてみれば、日本人街への言及は藤左ヱ門の願いがあったからこそであり、明国人街へ行幸には動機が薄弱だったこともあって、取り止めとなっても特に残念ではなかったし不満にも思わなかった。)
だから弘光帝は、朝潮に戻ると明国人街への訪問を中止したことなど眼中に無いといった感じで
「やあ加山殿。椰子の木陰は魅力的ではあったがな、あの下で昼寝をするのは叶わぬのだそうだ。」
と鎮南将軍(仮)に告げた。「実に残念だな。」
「ええ?! 如何なる理由でございましょう。」と加山が訊き返すと、皇帝は「そちも知らなかったのか!」と得意気に笑った。
「実がな、落ちてくるのだそうだ。而して硬くて重い実であるからな。怪我をする者が居るのだそうだよ。毎年、一人二人では済まぬというから驚いたわ。所変われば品替わる、じゃな!」




