パラ26 もしかしたら「黒船来航」をやっちゃう事になるのかも知れない件
気が付くと、三人の女性が僕の顔を覗き込んでいる。
「気が付いたね。2時間サスペンスだったら、死んでたパターンだよ。」
例によって岸峰さんの物言いには、遠慮会釈が無い。
けれど表情が真剣だから、相当心配してくれてたみたいだ。
「頭、痛みますか?」と気遣ってくれたのは石田さんだ。
僕の後頭部の下に添えられた、彼女の掌が柔らかく温かい。
「スミマセン、スミマセン!」と取り乱しているのは……誰だっけ? そうだ、古賀さんだ。
僕は彼女に突き飛ばされて、ちょっとの間、意識を飛ばしていたらしい。
……意識が飛ぶ? じゃあ、その間僕が見ていたモノは?
願望なのか。あるいは元の世界の出来事なのか……。判断が付かないから、これは「保留」だ。
僕は石田さんに介助されながら、床の上から上半身を起こすと
「ああ、なんだか色々とスミマセン。」
と、皆に取りあえずのお礼を口にする。
岸峰さんには伝えたい事も有るけれど、今ここで口に出してはいけない様な気がするのだ。
立ち上がりながら頭の後ろに手をやると、見事なタン瘤が出来ていた。
頭部の打撲は、瘤に成っていたら大丈夫とか言うけれど、どの道CTスキャンが存在する世界ではないから、脳がやられていない事は祈るしかない。
目の焦点が合わなかったり、脚がふらつく事も無いから、問題無しと自分に言い聞かせる。
「古賀さん、大丈夫です。僕の頭は思っていたより頑丈みたいです。」
「そうだよ! 初対面の女の子のスカートを覗く変態野蛮人は、ブッ飛ばされるだけの義務と権利を持っている!」
僕は、ひたすら謝り続ける古賀さんに対して、「なんともない」という意思表示をしたかったのだけれども、岸峰さんは「女の子に恥ずかしい思いをさせたのだから、そこはちゃんと謝罪すべき」だとアドバイスを送ってくれているみたいだ。
僕にとっては不可抗力だったのだけれど、ここは岸峰さんの示唆通り、権利を行使して義務を全うしておく方が、後にシコリを残さない、か。
「ええっと……古賀さん、ビックリさせたり心配させたり、申し訳ありません。それと石田さん、お気遣い痛み入ります。」
岸峰さんに対しては、特に言及しなかったけれど、彼女は
「ウム。分かればヨロシイ。」と及第点を付けてくれ「古賀さん、ヤツは隙を見てはパンツを覗くような卑劣漢だけど、これでも私の親友だから、私のカオに免じて許してやって下さい。」と頭を下げた。
変態とか卑劣漢とか散々な言われ様だけれど、僕も彼女に倣って最敬礼する。
何と言っても、岸峰さんは僕の為に頭を下げてくれているのだから。
僕たち二人の謝罪を受けた古賀さんは、大慌てで「頭を上げて下さい。……悪いのは私の方で。」と、これまたお辞儀を繰り返す。
ただこの時、時の氏神よろしく早良中尉が
「おや? 何か有りましたか?」
と、ふらりと入室して来てくれたので、謝罪合戦は沙汰止みとなった。
「中尉殿、片山クンが古賀さんの下着を覗いたので、とっちめていた処です。」
岸峰さんの発言には、棘が有る。
そういえば、彼女は先ほど中尉に着替えを見られたのだっけ。
けれど直ぐに石田さんが「事故です。」とフォローを入れてくれて、中尉は「いや片山君、思わぬ儲けモノでしたか。」と軽く往なした。
真っ赤になった古賀さんが、少し気の毒。
「ところで片山さん、これ、何だか知ってますか?」
中尉が手に持っているのは、竹筒だ。
受け取ってみると、竹を乾燥させて節を抜き、片端に木製の握りが固くねじ込んである。
握りに近い部分には、小さな穴が開けてあって、筒の中には何か詰めてあるのか、見た目より重い。
「これ、原始的な火縄銃です。『突火槍』って名前です。竹筒の中には火薬と散弾を混ぜて詰め、この小さな穴に火縄を差し込んで発砲するという。」
「やっぱり明時代の武器なのですか?」
「明代にも『無敵竹将軍』って名前で、生き残ってはいたようですが、一番活躍したのは宋の時代だったと思います。竹と火薬が有れば作れるという簡便性から、息の長い兵器ではあるのですが、威力が微妙で。」
僕の答えを聞いた中尉は、例によって眼鏡を押し上げると
「宋代? 手に入っている情報を総合すると、御蔵島が移動したのは、明末から清初期のようなのですが。」
今は明の末期頃、という情報は重要だった。
江戸幕府が政権を固め終わった時期だから、日本は数十万の兵を簡単に動員出来る当時世界最強レベルの武装国家に成っている。
だから、御蔵島から日本に派兵して、一部を占領というのは難しい。
いや、例えば「北部九州を一時占領する」程度の事は難しくないだろうが、補給が続かなければジリ貧になるのが目に見えているし、江戸幕府と泥沼の戦闘を続けながら「文明化社会」を創るのは無理だろうと思うのだ。
僕の理想というか望ましいシチュエーションを言えば、室町末期辺りの時代だったら、新潟油田付近を占領して、領地を広げながら日本統一なんていうシナリオを妄想していた。
アメリカ大陸やオーストラリア大陸への移住を行った場合には、領地確保は容易いだろうけれど、御蔵島にあるダムや工場、発電所や港湾施設は捨てなければならなくなる。
しかも技術者の確保が難しい。
これはインドネシア方面の資源地帯でも同様だ。
中国大陸だと、明と同盟するにせよ対立するにせよ、明朝内乱や外敵の侵入、長期化する北元との戦闘に悩まされるのは間違いない。
だから先ほど、岸峰さんと一緒に明の歴史をメモに起こしながら、僕たちというか『御蔵島の居場所』を確保する先として、職人の技術レベルが高くて、外国からの侵略を考えずにすみ、多彩な鉱物資源が存在する上、御蔵島との移動が比較的スムーズな場所という点から、『日本』という選択肢が最もリーズナブルだと考えていたのだ。
「……なるほど、なるほど。」
現在の時点が明朝末期というのを聞いて、僕は頭の中の妄想をペラペラと口に出してしまったのだが、中尉は相槌を入れながら、制止するでもなく耳を傾けてくれていた。
三人の女の子も、興味深げに聴いてくれている。
僕の話が一区切り付いた処で、中尉は
「片山さんの話は、示唆に富んだ有意義な考察でしたが、中央政府――この場合は江戸幕府という事になりますが――シッカリ国を掌握しているのは、我々に都合の悪い事ばかりではありませんよ。」
と眼鏡を光らせた。
「……と、言いますと?」
「そうですねぇ。私たちは、ペリー提督に先駆けて、『黒船襲来』をやれば良いのではないでしょうか。時期的には200年ほど前倒しという事になりますが。……まあ、何にせよ、御蔵島の周辺の状況を落ち着かせた後の話ですけれどね。」
中尉は、いや御蔵島の上層部は、既にそこまで先の手筋を読んだ上で、事を進めているのだ。
考えてみれば、一介の高校生のジャスト・アイデアなど、優秀な人達が同じ事を思い付いていないはずが無い。
僕は、ちょっと脱力した。
いや「未来人」という自分に課した肩書から解放されて、肩の荷が下りた開放感を味わった。




