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カヤキ33 珠さんとの攻防――ハリセンの効用を活かした心理戦――の件

 高島炭鉱の採炭予定地で坑口にあたる部分は、島北端の切り立った崖付近。

 だから海側から船で近づくのには難儀な場所だ。


 港から採炭予定地まではダンプトラックが行き来できるだけの道を開削したのだけれど、いつまでもトラックを張り付けておきたくはない。

 だからバックホウとブルドーザーとで崖を掘り崩し、土砂を崖下に落として、石炭試掘と崖下の磯場の埋め立て作業が同時進行中。崖下の埋め立てが進めば、特大発や五百石船が直接横付けできるよう、護岸の船着き場が整備される。


 どのみち現時点では、ガス中毒や炭塵爆発のリスクが少ない露天掘りで事を進めたい思惑もあって、作業は急ピッチで(といってもゴンドウ曹長殿の1班だけしか作業には投入されていないのだが)切り崩し作業が進行している。

 採炭予定地では、そろそろボタ混じりの瀝青炭が纏まった量収穫され始めており、トラック運転手の僕も昼間は結構忙しい。


 ホイールローダーで石炭を荷台に積み込んでいると、オキモト少尉殿と古狸の武富さんが二人連れ立って歩いて来るのが見えた。


 「すみませーん! ちょっと休憩入りまーす。」

 僕が重機を停止させると、曹長殿が「よし、替わろう。」と運転を替わってくれた。

 ゴンドウ分隊は、僕の特殊任務を承知してくれているから、話が早い。




 「どんな具合かね?」

 武富さんは前置き無しで、短刀直入だ。


 珠さんの事だと分かっているから、僕も腰手拭こしてぬぐいを抜き取ると、はだけた胸元の汗を拭きながら、「柚子胡椒という薬味をこさえて、今度、饂飩で試してみることになりました。蚊焼名物に成ると良いですね。」と応じる。

 頭の回転が速い人だから、これだけで『破壊工作・扇動工作の兆候は見られず』『当面僕の身に危害が迫っている感じも無い』と読み取ってもらえるので、説明を省略できて有難い。


 「なるほど」と言うが早いか、古狸は抜き打ちに切り付けてきた。


 武富さんは剣が使える人だけど居合いあいの達人というわけではない。鯉口こいくちを切って利き手で大刀のつかを握る間に、僕は4mほど逃げてM1908を腰だめにしている。

 だから刃先は何も無い空間をギラリといだ。

 まあ武富さんも、僕が怪我しないよう鯉口をくつろげるまでの間をわざとらしく十二分に取ってくれたし、前に踏み込んでもこなかったから恥をかかずに(あるいは作業衣袴を切られずに)済んだだけなのではあるけれど。


 「上出来、上出来。」

 笑いながら古狸が刀を鞘に納める。「そっちの修練も進んでおるようじゃの。」


 「はい。クマさんから小太刀を教えてもらうのと並行して、近頃は珠さんからも稽古をつけてもらってます。」


 僕の発言に「龍造寺派の間者かんじゃから?」と武富さんが目を光らせる。

「何と言って、持ち掛けた?」


 「『隙だらけで、女子供にまで呆れられる人生を送ってきました。少し格好よく成って見返してやりたいのです。』と頼んだら、珠さん、その場に倒れ込んで息が出来ないくらいに大笑いしましてね。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 事の次第はこうである。


 珠さんの住み込みが決まった日、夜学の講習を終えたあと、僕は彼女にあてがわれた部屋を訪問した。

 珠さんは洋灯を灯してつくろい物をしており、「おや、どうなさいました? こんな夜更けに。」と微笑んだ。

「ランプというのは良いモノでございますね。陽が沈んだ後でも、まるで昼間のよう。修さまのお顔も、行灯あんどんと違ってクッキリと。」


 あらかじめ、僕の来訪を予測していたようでもある。


 僕が「お願いしたい事が有ります。」と膝を正すと、珠さんはあでやかな流し目で

「怖い、こわい。まるでかたきでも目の前にしたような。」

と膝を崩した。

 そして「大丈夫でございますよ。……なんなりと。」とささやく。

他言たごんは致しません。」


 僕はアリガトウゴザイマスと硬い口調で深々と頭を下げ「実は」と切り出す。

「隙の無い恰好好い男になって、婦女子からキャーキャー言われたいなっ、て野望があるんです!」

と力入れまくりで宣言すると、珠さんは

「はあ?!」

と絶句した。


 なにピンボケな事を口走っとんじゃ? この野暮天やぼてんのスットコドッコイは! とでもいう感じで完全に意表を突かれたらしい。

 いや”引かれてしまった”のかな?


 僕が黙って雑嚢からスマホを出し、岸峰さんと雪ちゃんの画像を見せると、珠さんは「まあ、お可愛らしい。」と二人を評価した。

「この御二方の気を引きたいと?」


 ――ふむ。写真という新技術を見ても驚かない、か。到着するまでの間に、寺男から既にある程度のレクチャーは受けているというわけだな。


 内心ではそんな風に考えを巡らせながらも、僕が口から発したのは

「いえ、美しさでは珠さんには及びもしませんが。」

と『カワイイ』に対して『美しい』をぶつけてみる試みだった。


 正直なことを言えば、『美しい』に関しては三者甲乙付けがたい。(いや三者だったら甲乙丙になるのかな?)

 けれども『可愛い異性』という評価で比較するならば――馴染なじみ具合による身贔屓みびいき込みで評価が分かれる部分だから――初対面の珠さんに対して岸峰・雪組の方が上であってオカシイところは一つも無い。

 そのニュアンスの違いは、女性である珠さんなら敏感に理解できるはずだ。


 『美しい』が主観性の高い表現であるのは間違いないが、『可愛い』に比べたら、まだしもグラフ上で表現するなら客観性の成分が多めだろう。

 だからこそ、自分の美しさを承知しているであろう――更にそれが武器であると考えているらしい――珠さんに対しては、ヘソを曲げられないよう『美しさでいえば珠さんの方が上なんですけどね』と暗に認めていると”受け取ってもらう”必要があったわけだ。(さっき引かれてしまった分の、挽回のためのヨイショ含みで。)


 微妙な心理戦を展開しながら

年嵩としかさの方が許嫁いいなずけで、子供の方は弟子一号なんです。」

と畳みかける。

「なのに、二人には軽く見られているというか……ぶっちゃけ、鈍くさいのを馬鹿にされていまして。」


 突然、ワケ分らない告白をされて、珠さんは混乱したらしく

「そうなの? 修さんは学問も御出来だし、わたくしのような者にも分け隔てなく接して下さるし、”良い男”だと思いますよ。御面相ごめんそうだって、なかなか捨てたモンじゃないし。」

とシドロモドロになった。

(それでもお世辞せじでも『捨てたモンじゃない』レベルで、『色男いろおとこ』だとは言ってもらえないという……。まあ、根が正直者なんだろう、珠さんは。)


 「珠さんはそう慰めてくれますが」と僕は肩を落とす。「許嫁からは、『着替えているところを覗いたら、目玉を潰す!』と脅かされているくらいで……。」

 岸峰さんを許嫁だと言ったのはその場の方便ほうべんだが、目を潰す宣言をされたのは紛れも無い事実。その時のことを思い出しながらのセリフだから、リアリティはそこそこ感じてもらえるだろう。


 「ひどいこと。」と珠さんは驚いたようだ。「赤の他人ではなく、許嫁なんでございましょう?」

 そして「親御さんが、無理に進めたお話なんでございましょうね。」と憐憫れんびんの眼差し。


 まあ、それは違うんだけど「それで、隙の無いカッコ好い男に成長して、どうにか見返してやりたいのです!」ともう一度言うと、勢いに呑まれたのか深く同情してくれたのか、出来の悪い後輩を励ますベンチ入りレギュラーの先輩の顔になって

「お引き受けいたしましょう。なんなりと。」

と頷いてくれた。

「それで、どうやってお助けすれば?」


 珠さんが誘いに乗ってくれたので、僕は雑嚢からハリセンを引っ張り出す。

「これで頭をパアンと叩いて下さい。隙あり! と見えたら。」


 張扇は講談で演壇を叩いて調子を出すのに古くから使われていたのだから、寄席か演芸小屋なんかも有るであろう温泉街で働いていたらしい珠さんなら知っていて不思議は無い。

 けれども、大ぶりのハリセンをギャグの落ちに使って大受けしたのは、昭和期のチャンバラトリオというグループからぐらいだったはず。


 珠さんは「厚紙を蛇腹じゃばらに折った作りなのでございますね。」と受け取ったハリセンをしげしげと眺め「しかし、これで殿方のおつむりを……」と躊躇ちゅうちょする。


 「音だけは派手に出ますけど、痛くはないんですよ。」と僕は頭を差し出す。

「さあ! 一発いってみて下さい。ここは心を鬼にして。」


 珠さんは促されてハリセンを使ったが、恐る恐るだったせいかパサッという音がしただけだった。


 「手首の返しに頼るより、振りかぶってからのはらい落しのほうが良い音がします。小手先ではなく腕全体を使う感じで!」


 僕のアドバイスに、珠さんは

「そりゃあ、こんなモノで頭をはたかれると思ったら、修さまも隙を無くそうと身を入れて気を引き締めることになるという、理屈は分かるんでございますよ。理屈はね。」

と困ったように手にしたハリセンをもてあそんで

「けれども良いんですか? 他のお武家様からわらわれやしませんか?」

と訊ねてきた。


 「別に笑われるのは構わないんです。」と僕は返答する。

「半人前ですからね。いろいろ不調法なのはアタリマエ。嗤われるのを怖がってちゃ、初心者は先に進めません。」


 僕の宣言に、珠さんは

「物事を学ぶ時の心得こころえとしては、分からなくもないですが、それでも”男児の沽券こけん”ってものがおありでしょうに。」

と心配そう。

 これは僕のことを気遣ってくれての発言なのか、珠さん自身が『男の頭を叩く女だ』とレッテル貼りされるのが嫌なのか、ちょっと判断が付かない。


 だから動機付けを強化する。

 「新たに学んでおのが身に着けるのに必要なのは、とにかく目標に向かって、風に逆らってでも正しい一歩踏み出すことで、嗤われないことじゃないと思うんです。」


 僕の正面切った正論に、珠さんはたじろいだ。

 彼女に、なにがしかのインパクトを与えたのは――少なくとも――間違いない。


 そこで僕はディベートの目先を変えるため、矛先をずらして

「猫には先のことが分からないって、御存じです?」

と問いかけた。


                   (この項 続く)


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