弘光帝の南征?(12)
「いや、これは凄まじい。」
歴戦の猛者である施琅も舌を巻く。
「たちどころに台州・寧波の清国勢を打ち破ったというのも納得であるな。」
と黄道周も同意する。
「応天府攻めの邪魔をするな、と我が方が舟山に攻め寄せておれば、返り討ちに遭っておったは必定。御蔵勢と和議を結び、尚且つ合力の約束までも取り付けた鄭隆殿の功績は大ならむ。」
演習を終えた小倉藤左ヱ門が、兵を纏めて皇帝が待つ観覧席に戻って来たのは、射撃開始から5分も経っていない。
分針・秒針の付いた腕時計など存在していないこの頃の時間感覚としては、『瞬きをする間に』とでも言うしかない短時間であった。
「如何でございましたでしょうや。ご納得いただけましたか?」
そう穏やかに問う藤左ヱ門の身体からは、火薬の臭いが仄かに漂う。
30体の人形をたちどころに粉微塵にしてきたとは思えないほどの落ち着きぶりである。
見物していた武官たちは声も無い。彼らは施琅たちが振るう倭刀の優秀さにも度肝を抜かれたものだが、小倉隊の”剣付き鉄砲”の圧倒的先進性には、それすらが霞んで見えるほどであったのだ。
一方で「見事、見事。」と皇帝は手放しで称えた。
「そちどもの鉄砲は、弾込イラズとは、凄まじき代物よな。藤左ヱ門らが応天府に詰めておったなら、清の兵なぞ打ち負かしていたであろうに!」
藤左ヱ門は平伏すると、恐れながら、と元込め銃の機構に関して皇帝の間違いを正す。
「弾込め不要なのではございませぬ。予め、弾と弾薬を一体化したモノを鉄砲に詰めておるのでございます。放つには引金を落とすだけにて済むように。」
「明国に於いても、その鉄砲を作ることが叶いましょうか?」
そう質問をしたのは、少壮文官の一人だ。
「我が国の創意工夫の力は、この世のいずれよりも秀でているはずであるが。」
藤左ヱ門は直接返答はせず、部下のM1ガーランドを受け取ると
「お検め下さいませ。」
と、その文官に手渡した。暴発の危険を回避するため弾倉は抜いてからだ。また弾丸一発も別に渡す。
「作れようか、無理であるかは御自分の目で確認のほどを。」
藤左ヱ門の態度を「不遜である」と感じた文官は、フンと鼻を鳴らしてライフル銃を受け取った。
彼は十眼銃や五雷神機などの『明朝期の連発銃』なら研究した経験があった。
だから、倭寇どもの鉄砲なぞその亜流に過ぎぬ、と高を括っていたのだ。
その遣り取りを見て、黄道周は
――見込み違いであったか。あの者は使えぬ。
と文官の方の評価を引き下げた。
――陛下が一目で”根本の部分からの違い”を見抜いたというのに。
そして『案外、帝は政務に興味が無いだけで、技術や創意工夫といったものの本質を見抜く力をお持ちなのかもしれない』と認識を改めた。
――もとより歌舞音曲には、心眼をお持ちであられた御方なのであるからな。
M1ガーランドを受け取った文官が匙を投げると、ライフル銃には他の文官や武官たちが群がった。
一方で施琅たちは、鎧人形が蹂躙された演習地の検分に向かっていた。
最後に爆裂弾で纏めてなぎ倒されていたから、どの人形が80歩の隔たりをもって撃ち倒されたのかは定かではないが、全ての人形の鎧に弾が貫通した跡がある。
御蔵の鉄砲は80歩の距離から確実に的を捉え、尚且つ鉄の鎧を易々と貫通するのが証明されたわけだ。
「御蔵の連発鉄砲の前には立ちたくないものだな。」
貫通されて前後に穴が開いた鎧に指を差し込んだ施琅が、ボソリと呟いた。
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十眼銃:明時代の連発銃。
160㎝ほどの鉄製の筒に、10ヶ所の点火口を開け、それぞれに火薬と弾を詰めたもの。
一発毎に紙で間仕切りを挿む。
先端近くでは銃身長が短すぎ、更に手元近くでは途中の点火口から発射時のガスが抜けて圧が下がるという、命中精度や弾の威力を無視した欠陥品。
実用性が有ったとは思えない。
五雷神機:明時代の連発銃。
銃身5本を束ねた火縄銃で、一発を発射するごとに銃身をガトリングガンのように回転させて、計5発の弾を発射できる。ただし銃身を回転させるのは手動で、二人一組で操作する。(5本も銃身を束ねているのだから、一人で抱えるには単に重いということもある。)
十眼銃に比べれば実用性はあったようで、狼煙台の防衛などに配備された。
ただし装填済みの5発を撃ち切ってしまえば、次の発射には通常の火縄銃の5倍の装填の手間がかかるわけで、普通に火縄銃5丁を用意していたほうがマシだった可能性はある。




