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パラ3 伍長殿に準備室を案内する件

 伍長殿がこけむした扉を開く。


 中は、明かりが点きっぱなしで、僕と岸峰さんが出て来た時のままだ。

 けれども伍長殿は、LED照明に照らされた準備室の機材を見て、息をんだ。


 ……? LED照明? 電気は通じたままなんだ!

 電波は?

 電気がつながっているのなら、この部屋には電波も届いているのかもしれない。

 もし、そうだったら助けを求める事が出来る!


 僕はポケットからガラケーを取り出すと、伍長殿を追い抜いて中に進んだ。

 しかし、準備室の中央まで入ってみても、ガラケーの圏外表示には変化が無い……。

 準備室には共用のノートパソコンも置いてあるけれど、電波が無くてはガラケー同様に只のワープロだ。

 理科室自体には、ネット接続端子も有ったのだが、理科室は無くなっちゃっている。


 なまじ心の中に希望が広がった為に、その後の落胆らくたんは大きかった。身動きすら出来ない。

 その場で固まっている僕の肩を、ポンポンと誰かが叩く。

 振り返ると、驚きを隠せないままの伍長殿が居た。

 「帝大ていだいの研究室なのか?」

 僕は気を取り直して返事する。

 「いえ、うちの高校の理科実験の準備室です。」

 「これだけの設備があるのに?」


 伍長殿にとっては、昔から形状の変わっていないガラス器具なんかを除いては、全ての機材が驚きの対象のようだが、

『ネットワークに接続されていません』

と表示されたままのノートパソコンには、とりわけ興味をひかれたようだ。


 「この装置は?」

 伍長殿の質問に、パソコンをどう説明したものか悩んだが

「通信機兼電子計算機、パーソナル・コンピュータです。でもネットに繋がっていないから、今は只のガラクタです。表計算とワープロぐらいにしか使えません。」

 僕はネット接続画面を閉じて、表計算ソフトを立ち上げた。

 適当に5桁の数字を十個ほど打ち込んで、加減乗除をやってみせたり、平方根を出してみせたり、平均値を計算させたりする。

 伍長殿は、うーむ、とうなったきり黙ってしまった。


 「でも、この程度の事ならパソコンを使わなくても、電卓で……。」

 僕がしゃべりながら、ポケットから電卓を取り出そうとすると、伍長殿から

「何だ、これは?」

と奪い取られてしまった。

 しかし、彼は直ぐに我に返ると「すまん。取り乱した。」と返してよこそうとする。

 僕は彼に、そのまま電卓を押し付け

「卓上電子計算機です。普通は短く『電卓』と呼んでいます。使ってみて下さい。操作方法は……」

と、使い方の説明をする。


 伍長殿は一頻ひとしきり電卓を操作してから、

「この計算機は、電気式だと推察するが、どこから給電されているのだろう?」

と、疑問を口にした。

 そうだよなぁ。太陽光発電が無い時代の人だもの。

 「電卓の上の方に、何枚か黒い板が付いていますが、それが光エネルギーを電気に変える発電装置です。」

 「光を電気に変える技術が開発されているのか! 発電装置の仕組みと、量産方法を説明してもらえないだろうか?」


 伍長殿の質問に、僕は何も答えることが出来なかった。

 ネットが使えれば、ある程度の技術的な情報を得る事は出来るかもしれないが、それが出来ない現状では、僕は何も知らない役立たずなのだと言う事を、思い知らされた。

 先ほど「太陽光発電が無い時代の人」と、伍長殿の事を少し軽く見てしまった事を後悔する。

 「すみません。技術的な事は全く知りません。使う事は出来ても、作る事を考えた事は有りませんでした。」


 技術を秘匿ひとくする心算つもりか! と責められるかと思ったが、伍長殿は

「そうか、まだ学生の身では仕方の無い事だな。自分だって無線機を使う事は出来ても、作る事は出来ん。『餅は餅屋』と言うし、これは失礼した。」

と、気落ちした僕をいたわってくれた。


 その上で、伍長殿は

「この部屋の中は、いったい昭和何年に当たるのだ?」

と、核心を突いた質問を繰り出してきた。


 思えば彼は、すさまじい精神力の持ち主だと思う。

 自分の身に照らして考えた場合、技術的な優位性を示されたからといって、未来人の存在を素直に受け止める事が出来るだろうか?

 僕だったら、何のかのと屁理屈をねて、自分が過去の人間である事を認めたくない――そういう気持ちが働いてしまうに違いない。


 太平洋戦争が始まるのは、昭和16年12月8日の事だ。西暦でいえば1941年に当たる。

 伍長殿の存在した側の年が、何年に当たるのかは分からないけれど、およそ80年ほど前になるのは、間違いのないところだろう。

 ここで伍長殿にそれを話すのは、歴史を改変してしまう事になるのかも知れない。


 けれど、この様な異常事態に巻き込まれてしまった以上は、情報を秘匿ひとくする事は不可能だろう。

 僕は腹をくくって、打ち明けてしまう事に決めた。

 それに、もしSFに出て来るタイムパトロールみたいな組織が有るのだとすれば、軌道修正に乗り出して元の世界に帰れるかもしれない。

 「昭和は64年まで続きます。その後平成という年号に替わりますが、この部屋は平成に成ってから、更に四半世紀を越えた場所です。」


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