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岸峰さんin御蔵島2

 「かぁっ! それは勿体ない。」と院長は笑うと「こっちでもナイロンの合成が上手く行きそうじゃから、ナイロン糸が完成したら追々、底引き網か一本釣りですずきひらめが手に入るようになろうよ。」と希望的観測を述べた。「漁労班が獲らんのなら、勤務時間外にワシが自分で海に出るまで。」


 それを聞いた雪が

「くれぐれも御無理はなさいますな。海は危のうございます。先生は替えの利かぬ御身おんみなれば。」

と気遣う。


 仮想孫娘に心配してもらった院長はメロメロになり「……そうか。……そうじゃの。」と頷くと

「じゃあ新港の波止で、椅子に座ってこじんまりと糸を垂らすにとどめよう。カサゴかタナゴくらいなら鈎に掛かってくれるかも分からんし。」


 純子は院長の発言に、ちょっとだけ引っ掛かりを覚えた。

「中国沿岸にも、カサゴやウミタナゴって生息しているのでしょうか? いえ、日本固有種かどうかは知らないんですけど。」


 院長はハテ? とトボケタた顔をして

「ワシも支那の海にカサゴやタナゴが住んでいるかどうかは知らんがな、ここには間違いなく居ると思うておるんだ。何故ならば御蔵島が移転した時には、駆逐艦6隻が作った正六角形の中に居た物全てが、一度に転移したはずじゃからな。ならば海中の生き物だけが元の場所に取り残されているなんて事はあるまい? だから、ここには瀬戸内の魚が居なくてはオカシイ、そう思うんじゃ。」


〇 〇 〇


 心太の礼を言って院長室を辞すと、純子は航空隊に向かう前に中谷医師に礼を言っておこうと研究棟に向かった。中谷医師が修一に多めに処方してくれたアスピリンが、ハシマ作戦で大いに活躍したからだ。

 受付で来訪を告げると、中谷医師は何時もの研究室にはおらず、新設の第二培養室に行っているとのことだった。


 糊の効いた白衣に着替えて第二培養室を訪ねると、中谷医師は真新しいファーメンターをいじっている処だった。

 「やあ久しぶり。」と中谷医師は忙しそうに簡単に挨拶を済ませたが、ふ、と我に返ったように二人を部屋に迎え入れると「小倉くん、お父さんが無事で本当に良かったね。」と柔らかく笑った。

 ただ直後には『何時もの忙しい中谷さん』に戻って

「ストレプトマイシン生産菌用の、ファーメンタが出来上がったんだ。先ずは試験培養からだけど、問題が無ければ大量培養が可能になる。ストマイが沢山たくさん作れるから、ペニシリンとの両輪で救える命が増えるよ。」

と早口で気忙きぜわしく説明を交えて、培養装置を平手で叩いた。


 「それは素晴らしゅうございますな!」

と雪が目を丸くすると、中谷は

「僕は手術が大の苦手と来てるから、人命を救うのには、こういった協力しか出来ないのさ。」

と気負った様子も無く雪の賛辞をなした。

 そして「そうそう。雛竜先生なんだが、ストマイ投与後も容体は安定している。」と鄭隆の様子について述べ始めた。

「もともと重篤ではなかったから、客観的に効果を確認するには、あと数日してから喀痰検査かくたんけんさで結核菌が減少しているのを視ないといけないんだけどね。」


 純子はその説明を不思議に思っって

「あれ? 雛竜先生から先に投与を開始したんですか? 英玉さんが先ってうかがっていたような……。」

と首をひねった。


 中谷はちょっと慌てたが

「ほら、キミの時代にストマイの抗菌スペクトルとか使用上の注意点みたいなものは、既に洗い出しが終わっているじゃないか。準備室にあった実験用のカナマイシンとクロラムフェニコールの注意書きも読ませてもらっているからね。だから精製済み分の量の問題もあって、先生の方を先に治療させてもらうことにしたんだよ。」

と畳みかけるような早口で純子の疑問を払拭ふっしょくし、英玉が実は崇禎帝すうていていの遺児『長平公主』であるという秘密――鄭隆との間の男と男約束――は守り抜いた。


 純子も、これが他の人物であったなら『怪しい。何か隠してる?』と疑ったかも知れないが、何せ普段から『せっかちで早口の中谷さん』なものだから、そんなものかと納得した。

(ただ彼女のために弁護するならば、彼女が迂闊うかつなのではなく、”医師 中谷”を信頼しておればこそ彼の言葉を疑わなかったのだ、という点は指摘しておきたい。)


 だから中谷医師から

「じゃあ滅菌試験を始めるから、キミ達は外へ出た、出た!」

と急に第二培養室から締め出されのも不思議には思わなかったし、雪から

「まぁた、ヨーグルトを貰い損ねました。」

と言われるまで、そもそもアスピリンのお礼を言いに来たのだということも忘れていた。


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