パラ23 暇を潰そうにも読み物が教科書か参考書しか無い件
越中褌、もちろん六尺褌も含めて、フンドシと呼ばれる下着類は使った事が無い。
新たな事にチャレンジしてみるのも悪くはないけれど、不具合を感じたからといって、直ぐに代わりが手に入る保証はない。
だから、ここは保守的な選択だけれど、やはりトランクスを選びたい。
でも、第二次大戦頃のパンツ(ズボンではなく下着の方)と言ったら、「猿股」という名称の、いわゆる「デカパン」オンリーなのではなかったか?
通気性は良いけれどもフィット感が低く……つまり「風も無いのにブーラブラ」状態だという……。
検索する事が出来ないから、正しい知識がある訳ではないけれど……。
「うーん……。トランクス……かな?」
岸峰さんは、そんな僕を見て、ケケケと奇妙な笑い声を漏らした。
「だいぶ迷ったね、片山君。 キミは戦前の日本に関する知識に拘り過ぎて、ここの特殊な条件を忘れておるんだよ!」
彼女は、推理小説に出て来る名探偵気まがいの気取った口調で、挑発してくる。
……でも、特殊な条件って、何だっけ?
パラレルワールド? 御蔵島エクスペリメント?
不意を突かれて、思考の落とし穴に嵌って足掻いている状態の僕に、石田さんが助け舟を出してくれる。
「片山さん、ここには米軍と豪州軍も居ますから……。」
ああ! アメリカ式の支給品なら、普通にパンツが有るのか!
「やっと気が付いたようだね。そう、パンツは勿論、ブラやショーツも有るのだよ。」
考えてみれば、その通りなのだけれど、勝ち誇った岸峰さんの上から口調が癪に障る。
「キミが、標準装備はフンドシだよ、とかミスリードするものだから、戸惑ってしまったワタクシからの、細やかなお返しだと思ってくれ給え。」
名探偵 岸峰純子、絶好調である。 ……めんどくせぇ。
「さ! それでは採寸しますよ!」
石田さんが、半ば強制的に下着に関する話題を打ち切り、メジャーを構える。
淑女な彼女にしてみれば、この様な話は、下ネタに属する扱いに困った事項なのに違いない。
採寸は、さほど時間もかからずに、滞り無く終了した。
胸囲を測る際に、岸峰さんが少しばかり得意げになり、石田さんがちょっとだけ不機嫌になったのを除けば。
石田さんは、その後「じゃあ、調達に行きますね。」と部屋を出て行った。
運ぶ品物が多く成りそうだから、僕と岸峰さんも荷物持ちに同行を申し出たのだけれど、丁重に断られてしまった。
石田さんの態度から、あまり僕たちに基地内をウロウロされたくない様子を感じ取ったので、素直に来客室で待機することにする。
結局、バクソウの大尉が、どこで何をしているのかを聞けなかったけれど、石田さんは再びここへ戻って来るわけだから、質問するのはその時にでも構わないだろう。
僕は鞄から、日本史の参考書を取り出して読み始めた。
別に受験勉強のためとか、期末試験に備えてとかではなく、単に「読み物」がそれしか無かったからだ。
昨日は遅くまで文化祭の用意に追われていたから、重い鞄は部室に残して身軽な格好で帰宅した。
だから今日は、部室から準備室に移動する時に、置きっぱなしの鞄をそのまま持って来たために、教科書類が詰まっているわけだ。
こんな事になるならば、読みかけの文庫本を上着のポケットに入れておけば良かったのだが、まさかタイムスリップやら異世界転移やらに書き込まれる事に成るとは夢にも思わないから、参考書を熟読するハメになっている。
物理や数学の教科書だって有るけれど、歴史の参考書が一番、読み物として「物語」要素が濃いような気がするのだ。
こいつを読み終わったら次は古文の教科書かなぁ、などと考えながら「安土・桃山」あたりを拾い読みする。
岸峰さんはリュックサックの中をゴソゴソやっていたが
「片山君、決して後ろを向いてはイケナイよ。私の方を観たら、目が潰れるからね。」
と物騒な事を言って、僕の死角に回った。
彼女は水色のジャージを手にしていたから、着替えをするのに違いない。
「見ないから、どうぞご存分に。」と返したけれど、彼女は無言だ。
その代り、背後でファサファサと衣擦れの音がする。
……これ、全く気にならないと言ったら、完全にウソになる。
僕は、『武士は喰わねど高楊枝』などという慣用句を、頭の中で念じながらも、全身を耳にして彼女の気配を探っているわけだ。
嗚呼! 何と言う青春時代の鬱陶しさよ。早く老成したいものだ。
だから、来客室のドアが開いて、早良中尉が顔を覗かせたのも、岸峰さんが「わっ、中尉! ノックくらい!」と慌てた声を出すまで気が付かなかった。
中尉は例によって、眼鏡の蔓を押し上げながら「失礼。どうぞ、そのまま着替えを続けて下さい。」と穏やかに言いながらも、怯まずに部屋に入って来る。
……中尉殿、岸峰さんの祟りで目が潰れますよ、と思いながらも、僕は「何か起きましたか?」と訊ねずにはいられなかった。
中尉の為人を熟知している訳ではないけれど、この人は意味も無く女子が着替え中の部屋に乱入したりする人ではない。
中尉は、テーブルの上のパソコンとスマホを凝視したけれど、それについては何も触れずに
「ああ、うん。ちょっと教えて欲しい事があってね。」
と突っ立ったまま質問を始める。
「中国の歴史で、花火というか火薬を使った兵器が現れたのは、何時の時代だか分かりますか?」
「元の時代じゃないんですか? 1274年の文永の役で、博多に上陸した元軍は『てつはう』を使ったんでしょ?」
水色のジャージ姿に変身した岸峰さんが、不機嫌さを隠そうともせずに、僕の横にドスンと腰を下ろす。
着替えを見られて怒っているからといって、将校に対する態度としては少なからず礼を失している。
だから、僕は中尉に対して返答するより先に、ちょっとだけ厳しい口調になるように注意しながら、彼女の間違いを指摘した。
「いや、違う。元の時代よりも前だよ。宋と金が戦った時に、槍に花火を縛り付けた『火槍』っていう兵器が使われているから。」
僕の発言に、中尉はちょっと首を傾げて
「その『火槍』っていう兵器は、飛び道具ですか?」
と質問を重ねてきた。
彼は、岸峰さんの態度には、特に不満も関心も持たなかったらしい。
「飛び道具と言えば飛び道具ですが、効果範囲は狭い兵器です。槍の穂先に、前方に炎を吹き出す花火を縛って、通常の槍の攻撃力に火花の威嚇効果をプラスしたものですから。……攻撃範囲は、槍の長さに加えて3~5mくらいです。」
僕は中尉の質問に、そう答えたが、火槍は中尉の知りたかった兵器とは違っていたみたいだ。
彼は「飛び道具」という言葉にも、弓鉄砲のいわゆる普通の飛び道具とは異なる意味を持たせていたようで
「うーん……それとは、違うか。弓矢の矢に花火を付けて、噴進弾みたく飛ばすモノです。言ってみればロケット矢でしょうか。」
「そのロケット矢なら、明代の物で『火箭』っていう兵器です。それ以前にも火箭と呼ばれる物は有りましたが、普通の『火矢』の事です。明代の火箭は、5発とか20発とか一度にまとめて発射する事が出来るものだったようです。」
「なるほど。明の時代ですか。……でも、どうして中国起源の兵器として、広く普及しなかったのでしょうね? 今では多連装のロケット兵器は、各国で実用化に向けて研究中でしょう。ドイツでは『ネーベルヴェルファー』という実戦向け試作機を完成させたという話も伝わって来ています。」
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参考機材
ネーベルヴェルファー
第二次世界大戦でドイツ軍が使用した多連装ロケット砲
中尉が掴んでいる情報は「口径15㎝ 41型」のもの
1930年代に開発が始まり1941年に完成
機密保持用のコードネームは「煙幕放出機」
15㎝ロケット榴弾×6発 を連射する
最大射程 約7,000m
カチューシャ
第二次世界大戦でソ連軍が使用した多連装ロケット砲
「カチューシャ」は愛称
別名「スターリンのオルガン」
正式名称は
口径82㎜ BM-8
口径132㎜ BM-13




