カヤキ16「パクス・ロマーナ」ならぬ「武内宿禰様の無礼講」な件
「昨日より手際良くなってるぞ。しかぁし、慣れは慢心に繋がり、慢心は事故を呼ぶ。上手くなったと思ったら、なおさら気を付けろ! レバー操作の一つ一つに心を込めろ!」
横あいから現場監督(ゴンドウ曹長殿だ)に叱咤激励されて、バックホウを操る久兵衛くんが「サー! イエッサー!」と大声で返事するのが聞こえてくる。
今日は午前中だけで既にに100mと、昨日の倍くらい作業が進んでいるから曹長殿もノッていて、重機の操作はほとんど僕と久兵衛くんに任せて、岩が深く埋まっているような難所以外は指導に徹している。
まあ、道路開削の取っ掛かりだった造り始めの昨日の工区より、今日の作業部分の方が地面も平坦だし植生も低灌木が主と、作業を進めやすいこともある。
手慣れた重機操作班を投入したなら、ブルドーザーか排土板付チハだけでアッという間に開削してしまえる距離なのかも知れない。
久兵衛くんがバックホウで掘り起こし作業を進める一方、僕はホイールローダーで掘り起こされた根っこや岩などを掬い上げて、ダンプトラックの荷台に積み込んでいる。
ホイールローダーの足回りは履帯ではなく、大型タイヤだから前進・後退はジープと同じ。左右に曲がるのもレバー操作ではなくハンドル(転把)だ。
ただしバケットの操作は
〇アームの上げ・下げ
〇アームを伸ばす・縮める
〇バケット角度の調整
という三本のレバーで行う。
だから掘り起こした根っこや岩石を荷台に積むには、
①ホイールローダーを動かして、目標とする根っこや岩石に接近させる
②ブレーキペダルを踏んでクラッチを切る
③アームを下げて地面にまでバケットを下ろす
④アームを伸ばして(もしくはローダー自身を前進させて)目的物をバケットの中に入れる
⑤バケットを上に向けて目的物を掬い上げる
⑥アームを上げて、ギアを後退に入れクラッチを繋ぐ
⑦アクセルペダルを踏んでローダーを後退させ、方向転換
⑧クラッチペダルを踏んで、ギアを前進に
⑨ローダーを前進させてユックリとダンプに近づき、同時にアームを高く上げる
⑩ブレーキを踏んでクラッチを切ったら、アームを伸ばしてバケットを荷台の上に持っていく
⑪バケットの角度を下に向け、内容物を荷台に落とす
と、やらなきゃならない動作が満載だ。
慣れてしまえば「指と足が覚えて、勝手に動くようになる(ゴンドウ曹長殿 談)」らしいのだが、何時になったらその域に達することが出来るものやら……。
ダンプの荷台が「けっこうイッパイになってきたなぁ。」と感じたら、ローダーを停めてキーを抜き、ゴンドウ曹長殿からローダーの鍵と引き換えにダンプトラックの鍵を借りる。
今度はダンプを運転して、高島の港へと向かうためだ。
現在、港の桟橋は木製なのだが木製桟橋の外側に石積みの桟橋を拡張中で、道路工事で出た岩石は端島から運んできたボタやズリ石なんかと共にその工事現場で使われる。(伐採木や根っこは、オバちゃん軍団が抜け目なくキープして持って行くんだけどね。また同様に端島でも浮き桟橋に代わる石積み桟橋の建設工事が進行中だ。)
桟橋の現場では、工事担当の工兵さんが
「車両停止、この位置!」
「荷台、上げ!」
とピンポイント指示してくれるから有難いけれど、指示役の人が居ない場合だと「こんなもんかな?」と自分の目安で荷台をダンプアップさせたら、目標位置よりだいぶ手前に石の山を作ってしまい
「室長さんはシロウトなんだから、指示出すまで待ってて下さいよ! 無駄な手間が増えるでしょうが。」
と怒られてしまった。
(いや、工兵さんは笑い顔で穏やかな口調ではあったんだけれど、たぶん結構怒っていたと思う。)
桟橋工事や石炭の選り分け作業には、佐賀藩を始めとするお侍さん衆以外にも、高島や対岸の蚊焼村の人も出ていて盛況を呈している。
お侍衆のモチベーションは技能習得(と、それによるキャリア・アップ)だが、村の人の士気が高いのは米麦雑穀にプラスして多少なりとも銭での日当が支払われるから、ということだ。
御蔵島の財政は台州戦以降、陣の浜で掘り出した南朝の金銀を別に置いておいても裕福のよう。
また『銭による日当』の背景には、燐寸や蝋燭ランタン、低質紙や鉛筆を売るための貨幣経済への移行を促す目的もあるのかも知れない。
常日頃は絶対的な身分差がある侍と農漁民だが、この場では大小(の刀を)外しての褌・腹掛け一つ状態で、謂わば『裸の付き合い』とならざるを得ないから、モノを言うのは”手際の良さ”や”頭の回転””指揮能力の高さ”など個人の資質が優位で
『御蔵様の無礼講』もしくは『武内宿禰様の無礼講』という状況となっている。
ちなみに武内宿禰は大楠で名高い武雄神社の御祭神で、ハシマ作戦で担がせていただいた神様である。
「よおし、昼飯にしよう!」
曹長殿の号令で開削工事は昼休憩に入り、僕たちは弁当を開いた。
メニューは、お寺で持たせてもらった握り飯と沢庵、それに曹長殿が船から持ってきたイワシの塩焼きと鯨缶で、なかなか豪勢。
三人で草の上に車座に座り、夢中でオニギリを頬張っていたら
「やあ、ピクニックみたいで旨そうだなぁ」
と自転車に乗ってきたのはオキモト少尉殿。立ち上がって敬礼しようとした曹長殿や僕を制して「そのまま、そのまま。日本では『親が死んでも食休み』って言うんだろう?」
久兵衛くんは妙なことを聞いたという顔になり
「御貴殿、まるで日ノ本の者に非ず、と言わんばかりの物言いで……」
と言いかけて、ゴンドウ曹長殿が敬礼しようとしたのを思い出したのか「サー!」と付け加えた。
少尉殿は少しも慌てず「細かいことは気にしない。物事は枝葉に拘るのではなく、本質を掴むのが肝心だよ? 今キミたちは昼餉を食べていて、日本には食休みに関する言い習わしがある。その部分が本質だ。」と煙に巻く。
「ちなみにピクニックとは、屋外を逍遥して自然に親しみ、健やかなる精神と肉体とを維持育成しようという行動を指す単語だ。」




