パラ22 着替えの服と下着の件
大急ぎで退室して行った江藤大尉を見て、岸峰さんが
「何だろう? 近くの島の漁船かな。」
と独り言ちた。
けれど、彼女がもっと不味い事態を憂慮しているのは、ありありと判る。
石田さんは、そんな空気を吹き払うように
「そうだ! お二人には、着替えが必要ですね。ちょっと丈を測りましょうか。少し待っていて下さい。巻き尺を取って来ないと。」
と、落ち着いた態度で部屋を出て行く。
二人きりで取り残されると、急に来客室を広く感じる。
「さっきの人と大尉の話の中で、バクソウって単語が聞こえたよ。バクダン・ソウビの事だよね。」
岸峰さんの指摘は正しい。水上バイクに乗った不良が、「爆走」しているような微笑ましい事態ではないことに、僕の電卓を賭けてもいい。
しかし、だからと言って、僕たちに出来る事は何も無い。
「何かあったら、石田さんが教えてくれると思うよ。」
僕は彼女にそう応じて
「キミのリュックの中に、パソコンと電源コードを入れたのだけど、出してくれる?」
と頼んだ。
不安な時には、何か作業をするのに限る。
手の打ちようが無い事に悩んでいるより、多少は建設的だし気が紛れる。
岸峰さんは大儀そうにリュックを引き寄せると、ハッとしたように
「中、見た?」
と訊ねてきた。
「何も見てない。ブルマやレオタードが入っているのも、気が付かなかった。」
「そんな落語のオチみたいな事を言っていると、嫌われるよ!」
彼女はブツクサ文句を垂れながらも、注文の品を引っ張り出してくれる。
「電源、使えるかな?」
「過電流防止タイプの延長コードだから、何とかなると思うけどね。」
この部屋のコンセントに電気が来ているのなら、島の発電機の電気だろう。
小規模でも発電所が島のどこかにあるのなら、電圧は安定している(希望的観測)と思うのだけれど、キャンプに使う自家発電機みたいな物だったら、不安定かも知れない。
戦時中を描いた映画だと、前線の司令部では、電球の明かりが暗くなったり明滅したりするするシーンがお約束だ。
たとえ島でも、屋久島みたいに降水量が多くて水資源が有り余っている島ならば、水力発電所は存在し得る。
炭化ケイ素(SiC)の製造には、安価な電力を大量に必要とするが、僕たちの世界でも、日本国内で炭化ケイ素を製造しているのは屋久島だけだ。
尾形伍長は「水が豊富なのが取り柄」だと、御蔵島を評していたが、洗濯には井戸水を使うみたいだし、第一、元は降水量が少ない瀬戸内に有ったわけだから、水力発電所を作れるほどのダムは無いと思った方がいい。
理科準備室の電源からの方が、安定した電気を取れると思うけれど、一々あそこまで充電のためにプラグを刺しに行くのは大変だ。
頼めば自転車くらいは貸してもらえるだろうが、一応は僕たちが軟禁状態にある可能性も頭に入れておかなくてはならない。
使えるものなら、部屋のコンセントが使えるのに越した事はない。
コンセントを繋いで起動スイッチを入れると、パソコンは普通に立ち上がった。
「大丈夫みたいだ。」
僕はガラケーにUSBケーブルを繋ぐと、パソコン経由で充電を始めた。
アウトドア用の折り畳み式太陽光パネルも、鞄には突っ込んであるのだが、コンセントから充電出来るのならば、短時間で充電を終えるためにも、太陽電池を無理に使う必要は無い。
ガラケーは(もちろんスマホでも)電話としては使えないが、目覚まし時計やカメラなど用途は色々考えられる。
まあ、ゲーム機としても使えるけれど、バッテリーをヘタらせたくはないから、あまり頻繁に充放電を繰り返さない方が良いだろう。
「あ、私も充電したい。」
「じゃあ、お先にどうぞ。」
「いいの?」
「ガラケーは電池の持ちがいいからね。まだ残量は充分なんだ。」
岸峰さんが、いそいそとスマホに充電を始めるのを見ながら、僕は携帯の予備バッテリーを調達する方法を考えていた。
考えたとは言っても、それらしきモノが有るとするなら理科準備室以外に思い付く場所は無いから、チャンスを見計らって、あの部屋の雑多な備品を放り込んでいる引き出しや段ボール箱を漁ってみるほかない。
運が良ければ、忘れ物や没収品が見つかるだろう。
「変わった機械を、お使いになってますね?」
戻って来た石田さんは、パソコンとスマホを見るなり、そんな風に評価した。
「計算機と電話機です。電話は中継器が無いから何処にも通じないですが。」
僕はそう答えると、不思議そうな顔をしている彼女を、ガラケーのカメラ機能で撮った。
撮影した動画を観てもらいながら、「電話機能以外にも、こんな使い方も出来ます。目覚まし時計にも成りますし。」
自分の映像を見て、彼女はひどく慌てている。
「嫌だわ。前もっておっしゃらないから、何だか変な顔になっている。」
そこかよ!
驚くのならば、即座に映像の記録と再生が出来る技術の進歩に、ビックリして欲しいのに。
「あーっ! 片山クン酷~い。ナイショで女の子の盗撮するなんて、サイテー。」
きーしーみーねー、余計な茶々を入れるんじゃない! ニヤニヤしやがって。
けれど岸峰の介入は、石田さんを冷静に戻す効果が有ったらしく
「あら、私ならば構いません。ただ、一言いただけていれば、もう少し良い表情を……。」
と、少し頬を赤くして、彼女は許してくれたのだった。
これは岸峰さんが、計算ずくで僕を助けてくれたのか、あるいは単なる結果オーライなのか、ちょっと僕には判断出来ない。
とりあえず、アリガトウではあるが。
「今から採寸ですよね?」
岸峰さんが沈静化した石田さんに確認すると
「はい。靴と被服の。作業衣袴と運動衣袴、それに襦袢と袴下です。ここには規格品しか無いから、大雑把な採寸だけで済みますよ。」
岸峰さんは、石田さんに「よろしくお願いします。」と会釈すると、僕に向かっては「いくつか分からない単語があるから、解説お願い。」と耳打ちしてくる。
「作業衣袴・運動衣袴というのは、作業服上下と運動服上下の事だよ。イコの『コ』には『ハカマ』の字を当てるんだ。ズボンだね。」
「襦袢って、和服の下着の事でしょう? 和装は、はだけちゃうから苦手なんだけど。」
「この場合は、作業着の下に着るヤツだから大丈夫。作務衣とか病院の入院着みたいなモノだよ。」
「じゃあ、袴下って?」
「ズボン下。パッチとか股引とかスパッツとか有るだろ。」
ここまでは、良かった。
岸峰さんの顔が、段々と暗くなって行くのが気掛かりではあるが、彼女もそれなりに、目の前の現実を受け入れようとはしているようだ。
ただ、彼女の次の質問には、僕もちょっとばかり答えるのが心苦しい。
「袴下の下には……?」
「日本軍の伝統では、越中褌だけど……。」
岸峰さんの目が倍くらいの大きさになって、石田さんに掴み掛かからんばかりの勢いで「石田さんもフンドシ締めてるの?!」と問い質し始めた。
石田さんは、一瞬、困ったようにな顔で僕を見たが、岸峰さんの腕を握ると、強引に部屋の隅に引っ張って行った。
男性(僕だって一応「男性」だ!)の前で、自分の下着の話をするのが嫌なようだ。
二人は何やら長い間、僕から離れた場所で鳩首凝議していたが、結論が出たようで、岸峰さんは意気揚々と戻ってきた。
「片山クン。支給してもらうなら、トランクスと越中褌、どちらを選ぶ?」




