カヤキ11 重機の扱いはジェントルに! な件
バックホウにしてもホイールローダーにしても、操作の上で難しいのは前進・後退といった基本動作よりも断然、アームとバケットの動かし方だと思う。
腕を伸ばして土砂を掬い上げる――この動作だ。
チハ(97式中戦車)やハ号(95式軽戦車)・テケ(95式軽装甲車)みたいなAFVとは違い、運転席からの視界がめちゃくちゃに広いからだ。
比較するなら重機の運転席からの眺めはというと、戦車の砲塔の上部ハッチを開けて上半身を突き出しているのと同じくらい広い。
だからチハやテケを動かした自分からしてみれば
「重機、楽勝じゃん!」
と最初は思ったわけだ。シロウトに有り勝ちな誤解だね……。
けれども、じゃあブルドーザーで表土を削って凸凹の無い道が簡単に造れるか? と言われると「メチャ難……。」と返す他ない。
いやホント、センチ単位で――例えは大根の桂剥きをするように――地面を削れるなんて、名人・上手の達人技なんですよ。
(これが更に、モーターグレーダーと呼ばれるブルドーザーより繊細な、いわば「地面に鉋がけする」ような重機となると操作員は神! としか言いようがない。どんな優れた感性をしていたら重機の運転席に座ってミリ単位の作業なんて出来るんだよ……。)
僕がなぜバックホウの運転席に座っているかを説明すると、本職さんたちが端島でモリモリ石炭を掘り起こしている最中だから
「じゃあ、片山室長が高島炭鉱までの道を開削しなさい。他の専門家たちは皆忙しいんだから。」
と例によって”みってる様”が無茶振りしてきたからだ。
高島の村というか港は、島の南岸にある。
一方で、炭鉱の坑口予定地(というか、石炭が埋まっていると僕たちが知っている場所)は島の北岸で、切り立った崖のような場所だ。つまり大発で直に重機を持って行くのは困難な地形だと言える。
そこで村から予定地までの道を造ろうということなのだけど、端島の採掘から人を割きたくないから、ヒマ人の僕に白羽の矢が立ったというわけ。
ただし僕一人では重機の操作も整備にも余りにも心許ないから、監督及び教育係としてゴンドウ曹長殿が叱咤激励してくれている。(曹長殿もトバッチリだ。)
それと僕同様に見習いとして貝原久兵衛くん(子誠 後の益軒)が巻き添えを食う形となった。
まずはルート沿いにある木をチェーンソーで切り倒して、踏み分け道程度の細道を広げ、邪魔になる根っこや岩塊をバックホウで掘り起こすことから始めるのだが――無理矢理最初からブルで突っ込めばスタックしたり擱座してしまう可能性がある。シロウトの操作ならなおのこと――機器の扱いに慣れるまではチョビッとずつ距離を稼ぐという方針で行くことになった。
チェーンソーで下処理をした地面をバックホウで掘り、ホイールローダーで土砂を退かして、ブルドーザーで整地するという手順。
曹長殿が10mほどの距離を実際にやってみせてくれて、次の5mほどずつを僕や久兵衛くんがアワアワしながら重機を動かす。
曹長殿は
「無理無茶は絶対にダメだぞ。重機は女性を扱うように、優しく紳士に労わってやるんだ。」
とオペレーターの心得を伝授してくれるのだけれども、僕は親しい女性といったら岸峰さんと雪ちゃんみたいに『象が踏んでも壊れない系』頑健無比な女性しか知らないわけだから、曹長殿の感覚では乱暴に思えるらしく「コラ! モータがウォンウォン苦しがっているだろうが!」と怒られてしまうのだ。
(でも岸峰さんや雪ちゃんばかりでなく、立花少尉殿や古賀さん・石田さんにしても、僕よりパワフルだしね。ミッチェル大尉殿に至っては言わずもがな。そもそも女性の方が生物的には頑丈説には定評があって、お医者さんでもある直木賞作家の渡辺淳一が自分の研修医時代を書いた自伝的小説『白夜』だったかエッセイ『解剖学的女性論』だったかで「男性は血液の1/3を失うと理論通りに確実に死ぬが、女性は1/2を失っても死なない場合がある」みたいなことを書いていたのを読んだ気がする。まあ曹長殿が”女性を扱うには優しく”って教えてくれているのは、そんな意味ではないだろうってことくらいは分かってはいるんだけどね。)
なお久兵衛くんは内燃機関の乗り物になど乗った経験が無かったにも関わらず、僕より筋が良いらしい。天才久兵衛くんだからアタリマエなのかもだけれども、もしかしたら彼には”楚々とした姉妹もしくは許嫁”が居るのかも知れんな!(などと考えてみる。言うまでもないことだが、これはヤッカミによる愚痴だよ。)
一方、高島の現場は道路開削場所だけではなく、村の方では貨物船から降ろしてきた鋳鉄製手押しポンプが使えるように深井戸の掘削中。
こちらは専門の作業員が工事にあたっている。村の井戸より塩分濃度が低い真水が出てくれば”めっけ物”だ。
仮に塩分濃度があまり変わらなかった場合でも、釣瓶井戸よりは水汲みが楽になるから無駄にはならないだろうし、佐賀藩に対するショーウインドーの役割を果たすのは間違いないところ。
島の子供たちがドリルを使った井戸掘りに魅了されていることで、道路工事現場の方へと来ないから、巻き込み事故を警戒しなくてよいのは僕や曹長殿には一安心。
また浜には大竈がいくつも組まれ、御蔵島で制作された大釜に海水がたぎっている。
燃料は端島から掘って来た石炭だから、たっぷり有って惜しみ惜しみ使う必要はない。(石炭に火を点けるための最初の着火剤代には、乾燥した松葉とマツボックリとを使ったみたい。)
これで高島では塩を作り放題になったし、魚が大量に漁獲されれば魚油も作れるようになった。
夜になれば御蔵の船が探海灯を照らすから、イワシの群れが寄ってくるだろう。
探海灯というのは、小型潜航艇や水雷艇の接近を警戒して海を照らすサーチライト。まあ探照灯の一種だ。(僕には違いがちょっと分からない。サイズなのかも知れないし、もしくは上空や遠方を警戒する探照灯に対して近接海域や海中を照らすために照射角度が違っているのかも。)
異国船に対する警戒・哨戒の島だった高島だが、産業革新の島へと変貌を遂げつつあった。




