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狼煙台空襲 2

 「大尉殿、はしたない言葉を発した事を、ご容赦下さい。」

 スミス准尉が珍しく、しおらしい事を言う。


 確かに「shit」や「fuck」といった単語は、淑女しゅくじょが口にするには似つかわしくない言葉だが、戦場では普通に飛びっている。

 別に恥ずかしがることもあるまい、と江藤は思ったが「いいさ。」とだけ簡単に答える。


 そして、上空で対空警戒に就いている僚機にちらりと目をやると

「二番機に、帰投して司令部に詳しい報告を入れる様に言ってくれ。対空警戒は無用だろう。それから司令部には、10号艇を襲った海賊の出撃拠点を空中偵察するよう、意見具申だ。頼む。」

 江藤は准尉にそう指示を出すと、ア島を砲撃している装甲艇3号の元へと向かった。


 ア島は、円形に近いイ島に比べると、東西に細長い。

 面積はイ島の倍近いようだ。

 集落や船着き場は、イ島と同じように島の南側だが、家屋は一ヶ所に固まらず点在している。

 なだらかな地形なので、耕作可能な面積は広いようだが、水の確保が難しいのか畑になっている土地は限定的だ。


 島は東端が高地になっており、装甲艇は島の南東に位置して、東高地の最高部付近に弾着を集中させている。

 今では爆炎と土煙が上がっているだけだが、狼煙はここからのぼっていたものと思われる。


 江藤機が島上空を周回して観察すると、島の北側にも船着き場らしい施設があるのを見つけた。

 北の船着き場は、南岸のそれよりも巧妙に隠蔽いんぺいされている。

 また装甲艇からは死角になっているから、こちらの船着き場は未発見なままだと考えられた。


 開口部の狭い入り江には、はしけよりも大きな舟が4隻引き入れられていて、見張り台は無いが砦らしい防御施設が木々に紛れて構築されているのが分かる。

 ア島は、この辺りの海域での北側と東側を監視し、襲撃船を出撃させるかなめの役割を担っているようだ。


 東高地の見張り台で航行する貿易船を発見したら、伝令が砦まで走って襲撃合図を出す手筈てはずになっているのだと考えられる。

 砦までの情報伝達には伝令を使えば、狼煙を上げて知らせるよりも、貿易船に気取けどられる可能性を下げる事が出来る。

 狼煙は、他島との連絡連携が必要な時に使われるのだろう。

 それだけに、この島を根城ねじろにしている海賊の人数は、イ島よりも多い事は間違い。


 「大尉、94式偵察機が、10号艇を襲った敵の根拠地捜索に出ます。御蔵から西方、南西、北西に各1機です。」

 准尉が司令部との通信内容を報告してくる。

 意見具申が通ったようだ。

 「それとは別に、付近の島に対して索敵機を飛ばす事になりました。94式水偵と95式水偵が、各2機です。日没前までには全機帰投させる、との事。」


 御蔵空港は、索敵や戦闘を想定した空港ではなく、連絡機の発着や輸送船への航空機積み込み業務が主な目的の空港だから、付帯設備の整備工場や格納庫は分不相応なくらい立派だが、その反面、滑走路は狭く一度に大量の作戦機を運用するのには、小さ過ぎる。

 そのために、滑走路を必要としない水上偵察機も、索敵に動員される事になったのは、想像にかたくない。


 修理や整備を行う人員や資材は、空港の性格上余裕があるし、パイロットの数も船や作戦地に分散搭乗なり移動する予定が有るから、じゃくから古参こさんまで含めれば、航空艦隊並みとまではいかなくても、通常の小規模拠点空港の比ではない。

 しかし、今のままでは持てる力を出し切る事は難しい。


 航空戦力をもっと活用するためには、空港を拡張するか第二飛行場を作るかしないといけないな、と江藤は感じたが、直ぐに、高坂こうさか中佐ならとっくに気付いているのだろう、と思い直した。

 やりたい事必要な事はいくらでも思い付くが、いざ実行しようとすると、それに投入出来る労働力は限られている。

 空港拡張を、他の問題に先駆けて解決すべき優先課題とするのには無理がある。


 「帆布張はんぷばりの機体は、敵の『花火』を警戒するよう、注意喚起ちゅういかんきを要請して欲しい。」

 江藤は、空港拡張には触れず、そう言及するにとどめた。

 目下もっかのところは、ア島の敵拠点を叩くのが、最優先だ。


 江藤は偵察機を装甲艇3号の上空で旋回させた。

 東高地の構造物は破壊しつくされている。これ以上、東高地を砲撃する必要は無い。


 友軍機の様子を見た3号艇が、砲撃を中止したのを確認して、江藤は機を北岸の砦上空へと移動させる。

 3号艇がぐるりと島の外周を回って、北岸側の拠点を砲撃するには、移動に時間を要するから、江藤は島の中央部を越えての間接射撃を誘導する心算つもりだった。


 北岸の入り江に達したところで、彼は機首機銃の残弾を全て、係留けいりゅうされている舟めがけて発射した。

 残り少ない弾数では舟の破壊には不完全だが、3号艇に攻撃目標を示すのが目的だから、これで構わない。

 江藤は襲撃後、砦の上で円を描く。


 彼の意図を察した3号艇は、南岸中央部へ移動しながら、57㎜砲の口火を切った。

 90式57㎜砲の最大射程は、5,700m。

 装甲艇から目標までは2㎞以上あるが、一発必中を期待せずに砲弾を届けるだけなら、充分砲撃可能な距離だ。

 この時、江藤機と3号艇の無線が繋がり、スミス准尉が諸元しょげんの修正を指示する。


 着弾にバラツキは出るが、船着き場と砦という「面」をつぶすための砲撃だから、正確さにこだわる必要は無い、と江藤は考えていた。

 57㎜砲の発射速度は、最大1分間に11発。

 不正確な分は、数でおぎなえばよい。


 現に海賊たちは、青天せいてん霹靂へきれきといった感じで、有効な防御態勢も採れずに、逃げ回っているばかりだ。

 砦には、木製の柵や構造物は有っても、塹壕ざんごうはおろか、タコツボ壕すら見当たらない。


 57㎜砲弾は当初、北岸のあちらこちらに落下して樹木や土砂を噴き上げていたが、中には係留中の舟や砦をとらえたものも有った。

 しかし、3号艇が砦まで1㎞を切る位置にまで進出して静止すると、弾着は急に正確さを増した。


 2門の砲から釣瓶撃つるべうちに撃ち込まれる砲弾は、4隻の舟をことごとく破壊し尽し、構造物に被害を与えている。

 口径70㎜の92式歩兵砲いわゆる「歩兵砲」に比べれば、一発当たりの炸薬さくやく量は半分以下だから殺傷半径も10m程度しか無いが、対砲兵戦闘を全く考慮していない敵陣には十分な打撃となっている。


 折しも、海賊陣地の火薬庫を捉えたとおぼしき砲弾が、砦に火事を引き起こしていた。

 火勢かせいまたたく間に大きくなり、集積された爆薬に引火したものか、小爆発を繰り返しながら延焼範囲を広げている。


 海賊の移動手段である舟を破壊した事と合わせて、ア島の敵拠点は無力化したと判断して良いだろう。

 准尉が3号艇に「効果充分、敵拠点は無力化。」と伝達するのを聞きながら、江藤は偵察機を御蔵空港に向けた。

 帰投して報告を上げる仕事が待っている。


 スミス准尉が

「海賊の使った、あの『花火』の事だけど。」

と話を振ってくる。

 「多連装の奇妙なヤツだな。ドイツ軍やソ連が開発中のロケット兵器とは、別モノのようなんだが……。」

 「あの未来人の少年なら、何か知っていないかしら?」

 「ふむ……。変な知識を、色々仕入れているようだから、あるいは知っているかも、な。」


 江藤は、次第に夕方の気配が増してくる空を飛びながら、あの少年には鹵獲ろかく兵器もあわせて見せてみるべきか、と考えていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

登場機材


 94式水上偵察機

  フロート付きの水上機 複葉

  海軍機だが滑走路を必要としないため陸軍でも使用された

  全長 14.4m

  重量 3,000㎏

  速度 239㎞/h

  航続距離 2,200㎞

  乗員 3名

  武装 7.7㎜機銃×3

     60㎏爆弾×2 もしくは30㎏爆弾×3


 95式水上偵察機

  フロート付きの水上機 複葉

  海軍機だが滑走路を必要としないため陸軍でも使用された

  全長 8.8m

  重量 1,370㎏

  速度 299㎞/h

  航続距離 898㎞

  乗員 2名

  武装 7.7㎜機銃×2(固定機銃)

     30㎏爆弾×2


 90式57㎜戦車砲

  最大射程 5,400m

  砲弾重量 2.36㎏

  炸薬量 250g(榴弾)


 92式歩兵砲「大隊砲」

  重量 204㎏

  口径 70㎜

  最大射程 2,800m

  発射速度 10発/分

  砲弾重量 3.8㎏

  炸薬量 630g(榴弾)

  殺傷半径 22m

  榴弾以外に照明弾なども発射可

   95式照明弾 照明時間 20秒 


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