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紹興占領3

 御蔵港の浮きドックでは、大型貨物船1隻の解体作業が実施中であった。


 対象に選ばれたのは、かつて太平洋航路の定期貨客船として就航していた3万t弱の米国籍船で、御蔵軍海洋戦力のかなめである舟艇母船の3倍近い排水量を持つ。


 しかし平行世界転移に巻き込まれてしまった現在では、小回りも利かず、また御蔵港以外に入港・停泊するのは事実上不可能であり、運用の難しさから岸壁に係留されて呉や宇品うじなから御蔵島に通勤していた人員向けの海上宿泊施設として使用されていた。その中の1隻である。

 ”洋上アパート”とアダ名されて人気もそこそこ高い”物件”なのだが、先日の温帯低気圧の襲来で重度の船酔いを訴える住人が続出したため、比較的船籍が古く重油ボイラエンジンの本船が鋼材取りの対象に選出されたのだ。

 単に船籍が古い順ならば石炭ボイラの船もあったのだが、ハシマ作戦成功の暁には燃料炭の心配をしなくてもよくなるために、あえて重油ボイラの船が条件に挙げられていたのが理由である。

 高品質の米国産鋼材は、姿を変えて御蔵島の生活をこれからも支えることとなったわけだ。


 洋上アパート1隻が解体されることに決まったのは島内のカマボコ型兵舎のリニューアルが進みつつあることも影響している。

 駐屯地の兵舎は班単位の集団生活向けだったから、長期にわたる『この世界での』定住を余儀なくされることを思えば、やはり狭かろうが隣室との壁が薄かろうがプライベートが守られる個室が欲しいという声は多かったし、舟山群島占領戦や寧波占領戦を通して清国軍の木造船を無数に鹵獲し木材・板材資源が潤沢であったことも、二階建て三畳一間や四畳半一間のアパートを量産するための後押しになっていた。

 海上宿泊者で陸上住居を望む者には、優先的に転入権が認められる運びとなったのだった。


 (そして、このことはフェノール樹脂を接着剤とした合板生産の進歩も促すことにも繋がっていた。現に合板を用いた大発動艇「木製大発」の試作も進行中であったのだ。ただし新設アパートの中でも、フェノール樹脂は難燃性であることから火事にも強かろうという理由で、特に合板を多用した実験性の高い特定建造物でシックハウス症候群が発生し、御蔵病院の医師が頭を悩ませる事態を起こすという件にも繋がるのだが、それはまだ先のことである。)


 貨物船の解体には多数の”造船シロウト”が投入され、船体の外殻構造以外の艤装部分からレンチやスパナ、ドライバーや金切りのこを用いて、ゆっくりとしたスピードで進められていた。

 「電線一本、螺子ねじ一個も無駄にならないよう、丁寧にバラして下さい。」

 監督するのは電気設備技師や造船所の本職だが、シロウト作業員が力ずくで無理に設備を破損させないよう注意深く指導をしていた。


 バラした部品は陸の新造家屋に転用したり、ジャンクパーツとして確保したりするためで、ここには無駄な物は何一つ無いのだ。

 新規に工場で生産しようとすれば、分電盤どころか螺子一本でも――補給品の大量備蓄があるとはいえ――大量生産・大量消費社会とは異なる”今の世界”では負担となるのである。

 今後はグリスや潤滑油といった消耗材も丁寧に回収され、再生される予定である。






 鄭芝龍から奉化の治安維持を任されていた典隊長は、早馬でもたらされた車騎将軍からの指示に頭を抱えていた。

 奉化・寧海・象山という三城市の台風からの復興で既に手一杯であるのに、ついでに寧波の面倒も見て欲しい、という命令であったからだ。

 車騎将軍は今後上虞へと進出し、監国(魯王)と合流して古の都である紹興を攻略するのだと言う。


 典はそもそも鄭隆の親衛隊の長であるから、幕僚は鄭隆配下の文官が担当していて質が高いが、兵数・文官数ともに小所帯なのである。

 今は義勇軍勢力である黄宗義こうそうぎ郷党きょうとうを率いて彼を助力しており、なんとか『回せて』いる状況だが、これが寧波までとなると明らかに『手一杯→手に余る』にクラスチェンジするのである。


 典は車騎将軍からの騎馬伝令に休息を取っているよう命じると、黄宗義のもとへ馬を飛ばした。

 ここは知恵者の彼に相談するしかない、と考えたからだ。


 「ウムウム、それは大変な事になりましたな。」

 先生どうするのが良いでしょう、と息せき切って訪ねてきた典に、黄宗義は穏やかに応じると

「しかしながら車騎将軍からの御指示でございましょう? お断りするわけにも行きますまい。伝令には『直ぐにつ』とお伝えせねば。」

と助言した。「大風・大雨の害に遭ったとはいえ、幸いにも奉化ほかの治安は安定しております。倉を開いて食物を被災民に見舞し、復旧に励むよう指示を出せば騒ぎにはなりませんでしょう。また寧波では御蔵勢の助力も得られるもの、と考えられます。雛竜先生と御蔵勢との仲の良さを思えば。そして大凡おおよそ車騎将軍も同じ考えであられるのではないかと。」


 なるほどその手があるか、と頷く典に黄宗義は

「後の事は私めと留守居役に託して、手の者を10騎ほど引き連れてお急ぎなさいませ。」

と助言を締めた。


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