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カヤキ5 工作作戦継続命令の件

 この世界に飛ばされてきてから、北門島遠征の時とか多少は遠くに離れていた日があったにしても、岸峰さんとはズーっと御神酒徳利でやってきたから、彼女が遠く御蔵島へと去ってしまうというのは気分的にというかテンション的にというか、こたえる。

 このことは――僕の自惚うぬぼれかもしれないけど――彼女も同じであろうと思うから、そうせざるを得ない『何か』が起こったという事なんだろう。彼女も納得するような『何か』が。


 「何が有ったのですか?」と僕は声を絞り出した。

 『支邦しな大陸の沿岸を、台風が北上した。』というのが伊能先生の答えだった。

『御蔵島に被害は出ていないが、南支なんし方面に大雨をもたらしたんだ。海上もそれなりに時化しけたらしい。寧波に停泊していた福州水軍の船には被害も出ている。人命には関わらない程度らしいが。』


 ……そうだった。

 既知の歴史上の出来事として、鄭芝龍の北征軍は「順調に進撃を続けていたが台風によって壊滅的な被害を出す」んだった! この事態を受けて、鄭芝龍の北征は失敗に終わったんだ。

 だが洞頭列島(温州沖の島々)の北門島には気象観測班が常駐しているし、温州・福州両水軍の主力は既に寧波の内湾に集結しているから、船団壊滅レベルの大きな被害は出様でようが無いはずなのに……。


 『無論、南明朝側に戦争継続が困難になるほどの大きな被害が確認されたわけではない。馬祖まーつー島や福州と、温州・台州間を航行していたジャンク船に、あるいは被害が出ているかも、と云った程度の限定的な被害の予想だ。明清戦争についての情報ならば、上虞の攻略近しと順調に推移しておる。』

 先生も僕の疑問に先回りして、情報を伝えてくれる。


 ならば何故? と考えて、僕は「ああっ!」と声を上げた。

 ――藤左ヱ門さんの船団が、馬祖経由で呂宋るそんに向かっている!

 「藤左さん……小倉様の身に、何か、有ったのですか?!」僕はつっかえつっかえ言葉を繋いだ。


 『まだ、何も分からん。とにかく情報が無い。……何と言っても通信手段が無いからな。』

 先生は努めて冷静に喋ろうとしているようだ。

『小倉殿は、我が方にとって重要な同盟相手――というより既に肝胆相照かんたんあいてらした仲間だからな。中佐殿の指示で、御蔵港と舟山港から朝潮・音戸・武装漁船・手隙の貨物船が捜索に出ている。水偵を積んでいるのは朝潮一隻だけだから、舟艇母船も何隻かが、水偵を搭載して後に続く準備をしておる。』


 「わかりました。打てる手は、全て打ってあるという事ですね。」と返してから、僕は「雪ちゃんの様子は?」と一番気になっていることを訊ねた。

 雪ちゃんは武士の娘。たぶん心配を押し殺して、平静なふりをして頑張っているに違いない。

 先生の答えも『気丈きじょうに振舞っておるよ。』と予想通りだった。『父君は手練の船長ふなおさだし、乗組員もりすぐりだと。心配には及ばぬ、と言うておった。』


 「無理しているんでしょうね。」という僕の発言に、先生も『無理しておるんだろうな。』とオウム返しで同意した。

『だから奥村君や早良君とも語らって、岸峰君を付けて雪ちゃんを御蔵島まで帰すことにしたのだ。それに夕潮は捜索にも投入出来るだろう。水偵搭載の快速船は一隻でも多い方が良いからな。』


 「わかりました。」と僕は送受話器を握ったまま頷いた。岸峰さん恋しいとか――メソメソしている場合ではない。「僕はどうすれば良いでしょう?」

 『何事も無かったと云うように、そのまま、今のまま作戦を継続してくれ。』というのが、伊能先生(たぶん奥村少佐殿・早良中尉殿、それにミッチェル大尉殿も含めて)からの指示(あるいは命令)だった。『九州諸藩と幕府に対しての働き掛けを、打ち切るわけにはいかんから。君が想定以上に上手く進めておるのは分かっている。』





 通信を終えて本堂に戻ると、江里口さんと若侍さんはスルメをさかなに酒をんでいるところだった。「おお! 終わられましたな。どうです? 一杯。」

 残りの御三方おさんかたは、ピンと背筋を伸ばして正座したまま会釈えしゃくをして迎えてくれる。

 僕は通信機を下ろして頭を掻いてみせ

「恥ずかしながら、下戸げこなのです。」

と応える。「お酒の代わりに、お茶をいただきます。」


 そして急須きゅうすの渋茶を湯呑に注いで、雑嚢から乾パンを取り出す。

 乾パンをバリバリ齧り始めた僕に、江里口さんが「お医者様は何と?」と訊いてきた。

 僕は口から粉を噴き出さないように気を付けて

「九州男児は剛毅だから、本人が痛がっていなければ無理に薬を使わなくても良かろうとの事です。皆さんは、痛い時にはイタイと主張した方が、待遇も良くなると思いますよ。」

と言うと、その場にいた全員が噴き出した。


 それから思い付いて、板チョコも一枚取り出し、6等分して皆で分ける。

 まず自分が口に含んで害の無いところを示してから

「チョコレートという滋養食です。疲れを取り去り身を養う効用があります。」と説明。

 すると不思議そうに見ていた若侍さんが、チョコを齧って「頬が落ちるほど甘うございますな!」と歓声を上げた。「これが御蔵の里の、秘薬ですか。」

 「秘薬というほどのモノではありませんが、便利な携帯食です。」

と答えた僕に、同じくチョコを食べた正座のお侍が「忍びの里に伝わると聞く、秘伝の口糧のようですなぁ。」と感心したように笑った。

 そして「今宵は我々が宿直とのいつかまつりますゆえ、ご安心して御休みあれ。」と勧めてくれた。


 ――そうか。寝る態勢を整えるまで、皆さん待っててくれたのか。

 VIP扱いだと、かえって寝難い気もするけど……。

 僕は皆さんに礼を述べてから、雑嚢を枕に本堂の隅に転がった。


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