カヤキ2 砂糖とコーヒーそれにチョコを手土産に錦江湾への通行権を打診する件
「いえ、密談ってほどのハナシではないんです。」
僕は薩摩藩氏の横に正座すると「端島での会見にときに、皆さんの前で喋っちゃっても別に問題は無かったのですが、どうにも御具合が優れないようにお見受けしたもので。」と続けた。「島津様の御領地ではサトウキビが栽培されていますから、搾汁機の改良など、お手伝い出来そうだな~とか。」
薩摩藩氏は「ああ、ナルホド。砂糖は薩摩の銭の源ですからナァ。」と合点がいったという笑顔になり、膝を崩してから僕にも「どうぞお楽に。」と勧めてきた。「……して、サクジュウキとは?」
僕も彼に倣って胡坐をかこうとしたのだけど、胡坐というのは慣れないとそれなりに難しいもので、とりあえず体操座りに体制を移行する。
「平たく言えば、汁の絞り器です。金物の歯車に挟み込んで、取っ手をグルグル回すことによって歯車を回し、汁を絞り出すというヤツです。今の木製の加締め器よりも搾り汁の採れる量が大幅に増えます。電気とモーターを使えば人力で行うより更に楽になるでしょうけど、初めは手動の物から導入ということで如何でしょう。各地の炭鉱の石炭採掘が軌道に乗れば、石炭ボイラを使った蒸気圧利用も考えられますし、石炭火力による発電で電気モーターを使う方法に発展させても良いでしょうし。」
薩摩藩氏は「悪いハナシではありませんな。採れる砂糖が増えれば藩の儲けも大きくなり、石炭や石炭ボイラ……とやらも、おいおい買い入れることが出来そうだ。」と頷いた。
だが、しかしながら、と彼は顔をしかめると「話だけでは上役が納得するものかどうか……。高価な品でございましょう。どの道、御蔵様しか持ってはおられぬカラクリにございましょうから。」と溜息。
ま、そりゃそうだわな。
僕は「ですから先ずは”貸し出し”ということで、具合を見てもらいたいのです。無理を言う心算はありませんから。」と畳みかける。
「搾汁機一式と、サトウキビ畑に喰わせてやる魚肥。それに作業に携わる農民の方々への米麦など、コチラ持ちという段取りで。」
「ほう。」と彼は目を丸くした。「御蔵様の持ち出しで?」
僕は「はい。」と頷くと、「先々を見据えての投資です。」と笑ってみせた。
「砂糖の収穫量が増えれば、優先的にご融通して頂きたいですからね。それに砂糖を採った後の残り汁――廃糖蜜と呼ぶのですが――は、微生物を育てるのに良い材料となりますし、サトウキビの絞りカスの繊維は紙を漉くのにも流用できますしね。……低品質の紙ですが、手習いに使うのには充分。」
薩摩藩氏は深く息を吐くと「なるほど無駄が無い。」と目を瞑り「それだけ考えられておられる上での”持ち出し”――否、”投資”ですか。」と提案に納得がいったようだ。
「これは是非に及ばず、上を説得せねば。」
「ええ。ですから、島津様の懐である錦江湾に御蔵の船を進める御許可を頂きたいのです。それには貴方様に御尽力頂いて”繋ぎ”を務めて頂かねば。」
僕の提案に彼は
「あい解り申した。」
と頷き「責任重大ですな。」と笑顔を見せた。
僕も大きく頷いてから「加えてですね」と別件を切り出した。
薩摩藩氏は「まだ何ぞ薩摩が関われる件がございますのですかな?」とちょっと驚いたようだった。「片山殿が持ち掛けられる話であれば、良きお申し出でありましょうから”伺わず”という選択はありますまいが。」
僕は「いえ、こちらはそんなに大仰な試みではないのですけど。」と手で制して
「コーヒー豆とカカオ豆という、暖かな地で生える木の作付けを試していただきたいのです。上手く根付くかどうか、分からない代物なんですけど。」
「コーヒー豆とカカオ豆でございますか。」
薩摩藩氏は、この二品のことをちゃんと覚えていた。
「コーヒーと言うと、端島で飲んだ、あの苦汁ですな。カカオ豆は、焼き菓子に入っておったチョコの材料になるという。」
そうです、と僕は彼の記憶を肯定して
「その二品、上手く栽培出来たら砂糖に並ぶ島津様の特産品へと育つこと間違いないでしょう。」




