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豪雨の上虞13

 兵長の指導の下に、趙士超や彼の部下が代わる代わる91式手榴弾を撃ち込むと、東門の望楼は次第に夜目にもまばゆ紅蓮ぐれんの炎に包まれていった。

 望楼に備蓄してあった篝火かがりび用の油か、あるいは震天雷にでも引火して燃え広がったようだ。

 震天雷には『微粉炭』を火薬の炭素源にした炸裂弾目的の物の他に、『粘度の高い油脂』を炭素源にした焼夷効果弾もあるから、仮にそれに引火したのであれば手の付けようが無い状況であるだろう。

 「これ以上は無駄だろう。手榴弾が勿体ない。」と趙が擲弾発射訓練を終了させた。

 引き上げる百道中尉らの背後で、東門望楼は火の粉を巻き上げながらガラガラと音を立てて崩れ落ちる。結果、門の下に固まって倒れていた突出部隊の清国兵は荼毘だびに付された。


 一行が城内に戻ると、張孟衡が礼をもって迎え入れ

「御健闘に感謝する。もてなしと云っても粥しか無いが、宜しければ食事をして一休みして頂きたい。」

と告げた。

 馬得功は西門と東門の二つの望楼が陥落して清国軍に動揺が走った機会を見逃さず、抜け目なく休息済みの兵を繰り出して占領地域を拡大中らしい。白襷隊は交代で大休止に入ったところであるとの事だ。顧炎武と配下の郷党は、雨が止んだことで新たに嵊州方面から夜間行軍で到着した兵団に小休止させている状況であるという。


 百道中尉は「お気遣いに感謝します。」と丁寧に礼を返して熱い粥の入った椀を受け取ったが、腕時計に目を遣って

「あと一時間ほどで夜が明けます。『凧』が飛んで来るはずなので、その準備をしなければ。」

と急いで椀の粥を啜った。

 通辞役の蓬莱兵が、明国語に翻訳して張孟衡に伝える。


 「寧波の滑走路は、水に浸かっているんじゃなかったのか?」と趙が同じく粥を啜りながら疑問を口にすると、中尉は口元をぬぐって「偵察機が発進するのは舟艇母船の飛行甲板からなんだ。」と応じた。

「寧波に着陸は出来ないから、偵察機は”ここ”まで来た後、舟山空港まで海を渡って飛んで戻るんだな。彼方あちらは高地だから普通に着陸出来るらしい。もし舟艇母船でなく本格空母が有ったなら、そんな手間のかかる事はしなくて済むんだがね。御蔵港で遊んでいるアメさんの大型輸送船を改装して空母にするという案も有るようだけど、今は人手も資材も割けないから、実施するとしても随分と先の話だろうね。」


 趙は北門島から『扉』を通って御蔵島に紛れ込んだ時に、港で巨大な船を何艘も目撃していたから、空母がどんな船なのかを正確には知らなかったのだが、舟艇母船を更に大きくした船なのであるだろうと類推は出来た。

 「凧を何機も離発着出来る船か! 最強じゃないか。そんな船が出来たら、中原どころか南蛮諸国までを支配するのも難しくなかろう。」

 驚く趙に中尉は「ずっとずっと先の話さ。」と肩をすくめた。

「何と言っても、今は資材も技術者も足りないから、改装空母一隻を作ることさえ難しい。乗船する船員だって教育しないと……今の船や空港から人員を引き抜くわけにもいくまいし。」

 「それはそうだな。先走っちまったか。」と趙も苦笑した。「大陸には発電所一つ、ドック一つとして無いんだからな! そんな土地を無闇に支配したとて、手間が増えるばかりか。……高坂中佐殿が『土地の支配には興味が無い』と言う意味が、今は良く解る。」

 「そんな処だね。それでは通信の準備をするとしよう。」中尉は趙に「何処か電波が良く通るような場所は有るかな? 機材を運びたいから。」と訊ねた。

 「城壁の上に良さそうな場所がある。」と趙が頷いた。「さっきアンタらと通信が繋がった場所だ。案内しよう。」





 夜明けと共に発進した轟中尉は、複葉の94式偵察機を甬江運河に沿って飛ばし、上虞に向かっていた。

 台風一過の晴天だが風は完全には治まっておらず、時折大きく機体がす振られる。

 上虞上空で仕事を終えた後に舟山島にまで戻らないといけないから、燃料を無駄にしないよう巡航速度での飛行である。

 機体を軽くするために偵察席には誰も乗せておらず、中尉の単独行である。当然、偵察席の機銃も降ろしてある。

 その代わりに――と言っては何だが――腹の下には4発の小型爆弾を抱えている。最大搭載個数は8発だから半分しか爆弾架は埋まっていないのではあるが。

 通信士が乗っていないからモールス信号による通信は出来ないが、無線電話が繋がる場所にまで達すれば百道中尉か趙大人との会話は可能であろう。雑音が多くて聞き取るのが難しい事の多い日本製の航空無線電話機を、米国製に換装してある利点が生かせるわけだ。電子機器の優劣に関しては、帝国陸軍の装備品は米国製に比して劣っているのをまざまざと感じてしまう。

 ――対独ソで協調したおかげで、アメさんと戦争せずに済んだのは本当に良かったな!

と思わずにはいられない轟であった。

 ――もっとも、今となれば『あっち』の世界の話に構っていられる状況ではないけどな!


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