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豪雨の上虞10

 趙士超(趙大人)指揮下の騎馬偵察隊は、台風に悩まされながらも、無理はせず適度に休息を挿みながら手堅く前進を続け、上虞城市の東に到達した。

 目的は温州軍との連絡だから、そのまま城の東門には向かわずに、魯王(監国)が進出しているであろう城市の南側方向へと進路を変え、夕暮れになってから顧炎武が整えていた駐屯地へと到着している。

 この間、清国兵の姿はどこにも無く、騎馬偵察隊の敵は風雨のみで戦闘は起きていない。


 その場にはまだ魯王率いる本隊は居なかったのだが、顧炎武から後を引き継いだ事務官が残っていて、帝国陸軍装備の騎馬偵察隊の参戦を飛び上がって喜んだ。

 事務官は台州~臨海の戦いにおいて、現代装備の軍隊の強さを目の当たりにしていたから、混戦に陥っている上虞城攻略を一気に好転させることが出来るだろうと考えたのだ。


 趙士超は事務官から彼の知る限りの城内の様子を聴き――多少の当惑を交えて――騎馬偵察隊は装備している銃こそ雨中でも発砲できる連発銃であるのを認めたが、携行弾数に限りがありしかも戦車や装甲車を同道してはいない事を説明し、あくまでも寧波の車騎将軍(鄭芝龍)と嵊州の監国との連絡を付けるのが任務である、と告げた。

 現在結核療養中である鄭隆(雛竜先生)の近衛兵幹部と成すべく現代戦教育を経験させている部下を、温州軍の弾除けとして磨り潰すわけにはいかない、と考えていたからだ。


 事務官はあからさまに落胆の色を見せたが、城内に入って顧炎武と協議して欲しいと懇願した。

 趙士超にしても、城外の駐屯地で監国の到着を漫然と待っているにもいかず、また攻城戦が如何なる経緯を辿っているのか知る必要もあったので、配下に各人が携帯している日本軍仕様の熱糧食ねつりょうしょくでカロリー補給を行わせると、一息入れただけで隊を率いて南門へと向かった。





 城内は攻防戦の最中とは思えぬ奇妙な平静さに満ちていた。

 当然、哨戒の兵士や斥候・伝令は活発に動き回っているのだが、任務から外れている者の多くは、食事を摂ったり泥のように眠り込んだりしていた。

 清国軍側ではどうなっているのかは分からないが、温州軍占領地域では徴発した雑穀で熱いかゆ(雑炊?)の炊き出しが行われている。

 この粥は兵士にばかりではなく、占領地域の住民にも振舞われている。顧炎武の慰撫政策の一つである。

 住民側にとっては、自らの家屋で徴発された食料で施しをしてもらっても嬉しくはなかろうが、邪魔であると裸一貫で城から追い出されるよりはマシだから、文句を口にせずに従っていた。


 台風一過の晴天で夜空には月が輝いていたが、温州軍・清国軍とも相手の出方を窺う態勢に落ち着いていた。

 人間というイキモノは、食事も摂らず不眠不休で三日三晩戦い続けるように設計されているわけではないからだ。

 ここに落ち着くまでの間には、太陽が沈んでしまった後にも両軍の間で散発的な小競こぜり合いが行われていた。

 小規模な部隊を敵支配地に浸透させ、放火による混乱を引き起こそうとする企てなどだ。

 しかし木造家屋は雨によってタップリと水分を含んでいたから、油を染ませた松明を投げつけても上手く着火させることは出来ず、工作は失敗に終わっている。しかも小兵力で敵支配地に侵入すると、敵から待ち伏せ包囲を受けて全滅に追い込まれてしまうパターンが頻出したため、そのやり方を手控えるようになっていたのだ。

 その他、清国側は震天雷を抱えた擲弾兵による爆破工作も仕掛けてきたが、着火用松明が目立ってしまったため温州軍鳥銃の容易たやすい的となり、投擲する以前にアウトレンジで射殺されてしまっている。

 また大兵力を投じて戦闘行動をとるには、両軍とも疲れ過ぎていた。





 趙士超は入城すると、門を守っていた温州兵に顧炎武を呼びに行かせ、自身は通信兵を伴って城壁に登った。

 アンテナ線を伸ばして寧波の通信隊と連絡を取る試みを試すためだ。

 清国軍は無線機を持っていないから傍受される危険は無く、周波数は固定である。

 スイッチを入れると、直ぐに感があった。しかも強い。思ったより近くに、発信機が居る。

 『こちら輸送隊、騎馬偵察隊はいるか? 繰り返す、趙大人は聴いているか?』

 何かしら物資を輸送している部隊が、自分たちを探しているらしい。


 「趙だ。上虞城内にいる。貴殿の位置は?」

 趙士超の問い掛けに、先方は『百道だ。』と名乗ると『高速艇で弾薬を運んできた。運河の城が見える位置にいる。』と答えた。『城は既に落としたのか?』

 「いや、せいぜい四分の一を支配している程度だ。弾薬の補給は助かる。」


 百道中尉と趙が物資の受け渡しについて詰めを終えると、趙は配下から20騎を選抜し、空馬を曳かせて会合点に向かわせた。

 特設輸送隊は甲型高速艇が3艘だけだというから、持ってきた物資の量は多くはないのだろうが、5騎程度の少数では夜間騎行に危険が無いとは言い切れなかったからだ。


 顧炎武は趙士超が城壁から降りて来た時には壁下までやって来ていたのだが、趙が選抜隊を出発させるまでは黙って待っていた。

 口を挿んでも邪魔になるだけだと理解していたからである。

 一連の手当てが終わったと見て、ようやく口を開いた。「参戦を感謝いたす。雨中の騎行は難儀したでありましょう。」


 趙が駐屯地で事務官に話した内容を、再び説明しようとすると、顧炎武はそれを制して

「事情は伺っております。しかし我らとしては、是非とも力を貸して頂きたい。」

と強く要求してきた。

 趙にも言い分はあったが「監国様と車騎将軍様との信頼関係を損わないためには、無理にでも呑んで頂きたい。」と顧炎武から頑強に押し切られてしまった。


 「それでは伺いましょう。」

 趙は溜息とともに質問した。「何を仰せつかるのでしょうか?」


 「望楼を潰して頂きたい。」顧炎武は無表情に要求した。「敵兵が籠っていて、ときおり陣内に火箭かせんを撃ち込んでくるのです。被害と呼べるほどの被害は出ていないが、兵と民とが眠りを妨げられて、明日の戦に差し障りが出るのを恐れております。」


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