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ハシマ43 僕、人質となる!な件

 なんだか皆ゲッソリしてしまった感じのツアー参加者御一行様が、引率係の石田さんや石炭を満載した2台のダンプトラックと一緒に大発に乗って、高島とへ戻るのを見送ると、端島に残った僕たちはやっとホッと一息つけた。

 行きは広々としていた大発だけど、帰りは(お土産を載せているとはいえ)ダンプ2輌と相席だから、三左衛門さんたちは少々窮屈な思いをしているかも知れない。


 大発が遠ざかるまではニコヤカに振舞っていた岸峰さんだけど、内心では第二幕の演出が不満だったらしく

「中尉殿、ちょっとヒドイんじゃないですか?」

憤懣ふんまんやるかたないといった態度丸出しで、口を尖らせて早良中尉殿に食って掛かった。「片山君が信頼関係を築こうと、獅子奮迅ししふんじんで頑張ってたのに。」


 中尉殿は「いや、君たちと彼らとの間の関係は、たぶん損なわれていないと思いますよ。なにしろ片山君は初見の人からも信用を得易いタイプのパーソナリティだし、岸峰君も人から好意を持って貰い易いタイプだからね。」とサラリと返す。

 そして目を細めたまま「砲爆撃を実演して見せたのは、彼らが藩に戻った時の発言権が大きく成るよう、力添えをしたんだよ。だって黒田の大老と佐賀藩の家老以外の人達は、情報将校としては有能だと評価はされているのだろうけれど、藩内における地位はそう高くない訳でしょう? 何らかの力が背景に無いと、封建社会では地位の低い者の意見は通し難いものだからね。意見具申いけんぐしんを行うことすら難しい。」


 「師匠と姉様の提案が飴で、砲撃と空襲がむちという、『飴と鞭による説得』という段取りだったのでありましょうか?」

 雪ちゃんが首を傾げる。「それにしては、鞭の方がキツかったように見受けられましたが。」


 「う~ん……。飴と鞭と云うのとは、チョッと違うんだよ。」

 中尉殿にしては珍しく、歯切れの悪い返答をして腕を組む。雪ちゃんにどう説明したものかと、悩んでいるようだ。「各藩の最高権力者――殿様だね――相手には飴鞭の対応かもだけれども、今日この島に来た外務関係の情報将校にとってはむしろ、飴に加えて飴、かな?」


 「と、申しますと?」と中尉殿に訊ねる雪ちゃんに、横から岸峰さんが

「ああ! クソっ。……そういう事かっ!」

と割って入る。「旨いハナシだけだと疑心暗鬼ぎしんあんきに陥る偉いサンも、藩の存亡に関わるような危機がセットになっていると、無視する事が出来なくなるんだ。」


 興奮して口が悪くなっている岸峰さんだけど、言葉遣いに気を使わない分、頭は高速回転しているみたい。

 「御目見おめみえ以下の軽輩けいはいであったとしても、『我が藩が仮に御蔵勢をかろんじたり、叛旗はんきを翻したりする事あらば、空から降り注ぐ炸裂弾によって城などたちどころに燃やされてしまうでしょう』と意見を言える立場に立てるんだ。これなら殿様と報告者の間に立ってる重臣が、いかに頭が固いポンコツでも、自分の所で話を握り潰す事は不可能だね。保身の感覚に優れている人物ほど、『直に殿に御報告せい』と責任を回避するはず。」


 「なるほど。軽輩であっても、御目見えが許されるという訳ですか。」

 雪ちゃんも納得したみたい。

「次には重臣か御家老が、この地に足を運ぶにしても、繋ぎは今日来た御方に任せられましょうし。」


 「そうそう。」中尉殿は飲み込みの早い生徒たちに満足そうだ。

「その時に、『交渉窓口は当初から長崎留め役だったダレソレ様で』と、こちら側から指定すれば、その人物の藩内での出世も見込めるでしょうからね。」





 中尉殿が「休憩所の撤収は不要ですよ。採掘隊が使いますから。」と言ってくれたので、僕は小林艇長殿の甲型高速艇で高島へと向かった。

 (雪ちゃん・岸峰さんは中尉殿と一緒に、篠原艇長殿の乙型艇で一足先に夕潮に帰還。岸峰さんには今日の出来事を御蔵島へと打電する宿題が与えられたから、彼女これから数時間は大変だ。)


 高島へと到着するまでの合間に、小林艇長殿は「昨日に引き続いて、今日もご苦労さん。疲れたろう。」とねぎらってくれて「明日中には、早瀬と貨物船も到着するみたいだよ。」とTF-H1の残余船団の動向を教えてくれた。

「早瀬の搭載砲だけどね、東シナ海の荒波を越えないといけないから、トップヘビーを回避するために船首の105㎜を75㎜野砲に、船尾の75㎜を37㎜速射砲に換装したらしい。まあ砲塔がある訳じゃなくて砲座だけなんだから、クレーンで吊り換えるだけなんだけど。」


 92式105㎜加農砲の重量はだいたい3.7t。

 90式野砲(75㎜)の重量が1.4tくらい。

 94式37㎜速射砲が327㎏。

 だから(3700+1400)-(1400+327)kgで、甲板上への積載物重量が3.4tほど――野戦重砲1門分ほど――は軽くなったという計算になる。

 早瀬(と音戸)は排水量500tに満たず(498t)、夕潮級(1300t)に比べたら小さな船なのに、寧波や台州の清国軍を砲撃する目的で重武装だったから、今の処、砲火力が必須という局面が想像出来ない九州へ派遣するのには、火砲は軽い物に換えても問題は起きないという判断からの換装なのだろう。


 「それだと3.4tくらい、軽くなる計算ですね。」と艇長殿に言うと、通信士さんが

「15迫も降ろしたそうだから、2門で1.5tほど更に軽くなっているね。」

と教えてくれた。「97式曲射砲が有るから、それで充分という計算だろうね。」


 駐退複座機装備と贅沢な作りである96式150㎜中迫撃砲(15迫)の重量は722㎏。

 かたや97式81㎜曲射歩兵砲(81㎜迫撃砲)の重量は67㎏に過ぎない。一人でヒョイと担げるわけではないけれど、150mm迫撃砲に比べればメチャクチャ軽いわけだ。

 最大射程こそ15迫の3.9㎞に対して81㎜曲射砲は2.8㎞と短くなるけれど、戦闘が起きるのは想定しなくても良いんだから、タマ~にお客さんに演習を”見せる”のが目的ならば、確かにコッチがあればそれで良いように思える。次から次へと間断無く弾を飛ばす連続砲撃を、の当たりにしてもらう事だって出来るし。

 15迫の有翼弾だと、一発あたりの値段が81㎜に比べて高価だからね。沢山撃つには勿体ない。


 「その代わり、車両庫にはオモシロイ戦車を積んでくるようだよ。」と小林艇長殿。「水陸両用なのだそうだ。フェリーのハッチを下ろせば接岸しないでも発進出来るから、便利そうだね。」


 特2式内火艇「カミ」だろうか? 95式軽戦車にフロートを付けたヤツ。

 けれどもカミが制作されたのは1942年のことで、ギリ御蔵島への配備は間に合っていないはず。


 だと1933年に陸軍向けに開発された水陸両用戦車SR-1か? 6.5㎜機関銃が1丁だけという、軽戦車というより装甲車みたいな車両。

 水陸両用戦車の開発が始まったのは大正15年(1926年)で、実際にSR-1が出来上がったのは昭和8年(1933年)。

 こちらならば、もし存在しても不思議ではないけれど、確か試作車が2輌作られただけだったように思う。


 それにしても、そんな便利なAFVが有ったのなら、舟山島上陸戦や、台州戦線・寧波戦線で投入されなかったのは何故だろう?

 僕が「帝国陸軍の装備なら、寧波なんかで使わなかったのは何故なのでしょうか? 致命的な欠陥でも見つかったんですか?」と首を捻ると

「いや、日本軍の装備じゃなくて、存在すら判っていなかったんだよ。」と苦笑しながら艇長殿が教えてくれた。

「停泊していた米軍輸送船の隅々まで棚卸が終わって、やっと気が付いた人が居たんだな。戦車と云うには名ばかりで、装甲板もない軽車輌に毛が生えたようなブツらしいんだ。英国製なんだが英軍でも採用されてなくて、イギリスは作った分を外国に売っ払っちまったと云うのだよ。それを購入していた米軍が、小河川の多い蘭印の湿地では役に立つかもと輸送船に積んでいたのだけれど、名目は何と『湿地用軽トラクター予備車両』だったと云うのだから、捨て置かれていても仕方が無いね。」


 ――うわっ。なんだか地雷物件なような気がする……。不良資産を書面上から償却済みにするために、アメリカ本国から厄介払いに押し付けられたブツじゃないのかぁ?!


 そんな僕の表情を見て取ったのか、艇長殿は

「おいおい、そんな顔をするなよ。英軍こそ採用しなかったけど、中華民国・タイ・ソ連をはじめ、購入した国は多いらしいんだから。」

と真面目な顔でその『水陸両用戦車』を擁護したのだけれど、直ぐに噴き出すと「でもまあ、本国では採用されなかったってのはねェ……。」と何とも言えない表情をした。





 小林艇から高島の桟橋に上陸すると、脇の砂利浜ではダンプトラックから荷下ろしされた端島産瀝青炭の選別作業の最中だった。

 実作業に当たっているのは、長崎から弁財船や関船に乗って来ていた佐賀藩や福岡藩の藩兵で、着物が汚れるのを嫌ったのか、多くはふんどし一つの姿になっている。

 ボタやズリと石炭との見分け方を指導しているのは御蔵貯炭場で石炭の管理をしていた技師さんたち。


 選り分けられた石炭は、ハンマーで適当な大きさに砕かれて、ざるに盛られてから、漁師小屋の壁に立て掛けられた金網へと投げつけられている。

 粒度を揃えているのだ。

 金網を通過した石炭は、かますたわらに詰めて出荷待ち。大き過ぎて金網を通らなかった物は再度砕かれる。――そういう仕組みだ。

 

 機械式の動力篩どうりょくふるいを持ち込めば作業ははかどりそうなものだが、電化(もしくは機械化)されていなくても作業が進められるようにとの考えから、労働集約的な方法で演習を行っているのだろう。

 作業に携わっている藩兵さんたちも、今後は藩の石炭事業で指導的な役割を担う事になるのだろうから、コツを会得えとくしようと各工程を熱心に研究している。





 「おう! 戻って来られましたな。」

 石炭粉で真っ黒になった顔でハンマーを振るっていた人物が、腰を伸ばすと僕に声をかけてきた。

 一瞬、誰だか判らなかったが――江里口さんだ。(江里口さんも他の人と同じく、褌姿なんだよ。)


 僕が「江里口様も作業に加わっておられましたか。」と応じると

「皆、必死で。」

と良い笑顔。真っ黒な顔で歯だけが白い。「木刀を振る鍛錬は毎日の日課ではありまするが、このハンマーと呼ぶ大玄翁おおげんのうは、なかなかキツぅござるよ。」


 江里口さんは首にかけた手ぬぐいで顔をこすると

「片山殿を、今宵の宿へと案内あないつかまつりましょう。なに、宿と云うても、昨日密議を交わした寺にございますが。」

と周囲の人へ「ちょっと出かける。」と言い残すと、先に立って歩き出した。


 僕が後ろに付いて歩きながら

「さんざ……黒田様や御家老様たちは?」

と訊ねると、江里口さんは雲助くもすけみたいになっちゃっている顔をこちらに向けて、ニッと笑顔を作ると

「関船一艘に乗り合わせて、急ぎ長崎へ。」

と簡潔に答えてから「えらく大変な夜になるでしょうぞ。今宵の長崎は!」と続けた。


 「なるほどぉ。」と僕が頷くと、彼は小唄こうたでも唄うような気楽な調子で

「故に、片山殿は人質として寺に留まって頂き申す。」と呵々大笑かかたいしょう


 ――はぁ?


 「なに、心配は御無用。我らがシッカリと警護仕ります。……実の処、御蔵の里のハナシを是非とも伺いたいと申す者が大勢おりまして、黒田の者も含めて寺の警護番役を絞るのに苦労したほど。しまいには籤引くじびきと相成あいなりました。拙者はハナから関わっておりましたゆえ、役得やくとくでございましたが。」


 ……まあ軟禁状態でも、監視役に江里口さんが居てくれるなら、ブッソウな事にはならないだろうと思うけど……。

 「え~と、念のためにお聞きしますけど、そのハナシ、ウチの上の方には通っている話なんですよね?」

 まさか、強硬手段って事は無いだろうとは思うんだけどさぁ。


 「みってる様の御計ごはかららいで。」と江里口さんが噴き出す。「アヤツに言うてはおらぬから寝耳に水で驚こうが、まあ上手くつとめるであろ、との事で。」





 寺に到着すると、玄関から伊能先生が出てくる処だった。手術器具の入ったステンレスケースを持った看護兵の人も一緒だ。

 Dr.フランケン伊能は僕を見るなり前置き無しで

「歯は酷く痛んでおったから、有無を言わさず抜いてしまったぞ。差し歯は歯科が来るまでは待ってもらうよりほか無い。開口器かいこうきも無いから、抜歯には外科用の開創器を応用した。麻酔が効いている間は良かろうが、痛いと言い始めたら鎮痛剤を飲ませておけ。ま、出来る限り与える時間は引きのばしてな。」

と早口で告げると「怪我人が出ないで暇をかこっていたら、抜歯をやる事になるとはなぁ。」と首を振りながらタメ息。


 僕が消炎鎮痛剤の小箱を受け取って「薩摩藩の人ですね?」と、念のために患者を確認すると

「他に該当者はらんだろう。」との返事。

 先生、今はちょっと虫の居所いどころが良くないみたい。

 そして「外科医としては、腕利きなんだぞ。自分で言うのもナンだが。」とつぶやいてから「まあ……歯科としては初心者でな。」と弁解臭く告げると「後は任せた。何か突発事態が起これば電話してくれ。無線電話機は置いてある。直ぐに飛んで来るから。」と浜に向かって下りて行った。


 本堂に入ると、当の薩摩藩氏は敷いてもらっている布団の上に正座していて

「御蔵様の御典医を御遣わし頂き、恐縮至極きょうしゅくしごくに存じます。」

と両手をついた挨拶をされてしまった。


 僕は慌てて「どうぞ、お楽に。寝ていて下さい。さぞ痛かったでしょう!」と、コチラも土下座。

「伊能先生、メチャクチャ凄腕のお医者様なのですが、御専門が外科で。」


 薩摩藩氏は首を傾げると「いえ、全く。」と不思議そうな顔をした。

「音だけは耳にガキゴキと響いておりまして、小便を漏らすかと危惧いたしましたが、痛みはございませなんだ。まさに名医!」


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