ハシマ42 砲撃目標「ナカノシマ」な件
「そろそろ密議も終わられたようですね。」
ニッコリ笑顔で再登場したのは、第二幕の用意があると席を外していた早良中尉殿と、伊能先生に虫歯治療の問い合わせ無線を掛けに行っていた石田さんの二人。
偶然というには余りにタイミングが良すぎるから、登場の機会を近くで窺っていたのに違いない。
そんな演出、しなくてもいいように思うんだけど……。
中尉殿は通信兵みたいに無線機を背負っている。きっと何かの合図を送るのに使うのだろうけど、自分で背負わなくても言ってくれれば僕が背負うのに。
「や! これは早良殿。面白き趣向を御用意なされるとかで、待ちかねておりましたぞ。」
孫六さまは、そう口にしてから「いや、違うな。」とニヤッと笑う。
「シュウイチ君の話が面白うて、時の経つのを忘れており申した。」
「それは何より。」
早良中尉殿は頷いてから「さあさ皆様、波打ち際までお進み下さい。」と一同に移動を促す。
「ここからでも見えない事はないのですが、海岸線からの方が見晴らしが良いでしょう。砲撃演習を御覧に入れます。」
「砲撃演習?」と訝る牛込さんに、中尉殿は「ええ。その通りです。」と応じる。
「ポルトガル船が不逞を働こうとした時には、御蔵勢の力で以て追い払いましょう、とお約束致しましたからね。口ばかりではないという事を、確認して頂いていておいた方が良かろうと思いまして。」
端島と高島との間には、中の島という無人島がある。
まあ、満潮時でも頭は水面上に出ているから『島』なのだけど、細い磯場の連続みたような、人が住むのには適していない島だ。
長さそのものは端島より長いのだが、幅が狭く石炭採掘には適していない。(僕たちの歴史においては、採掘を行おうとはしたのだけれど、浸水と地盤沈下が激しくて、結局モノにならなかったという事実がある。)
渚に向かって歩きながら中尉殿は「我が方の軍船から、炸裂弾を放つ大砲で、あの島を敵船に見立てて攻撃してみようという趣向です。」と説明する。「彼我の隔たりは、凡そ9町(約981m)ほど。」
船首側甲板に105㎜カノン砲を載せている夕潮が、船首を中の島に向けて進出してきていた。
端島からの距離は、だいたい50mほど沖に位置している。
側面を向けていないということは、使用火器は10加だけに留めて、15迫は使用しないという心算だろう。
夕潮の脇には装甲艇2隻が配されている。夕潮の搭載艇は1隻(大井艇長艇)だけだから、もう1隻は海津丸の搭載艇だ。
海津丸自身の姿は見えないから、演習は武装フェリーに任せて、舟艇母船は採掘作業を続行中なのだと推察できる。
上空には2機の水偵がゆるやかに舞っている。1機は夕潮の笠原少尉殿の搭乗機で間違いないと思う。もう1機を操っているのは大津丸の池永少尉殿だろうから、後席にはもしかすると立花少尉殿が座っていて、にぎやかに束の間の空中デートを楽しんでいるのかも知れない。
「観測機が2機とは豪勢ですね。」
岸峰さんの言葉に石田さんが
「いえ、観測班は端島の高地で位置に着いていますよ。」
と応じる。「臨時観測班長は立花少尉殿。諸元は、ほぼ確定していますから、少尉殿にとってもこれは実地の着弾観測訓練という事になります。」
――そうかぁ。立花さんも池永さんも、デートって訳ではないんだな。そういや僕も、モールス信号で打電する訓練を、昨日いきなり不意打ちでやらされたからなぁ……。
そういう事なら、2機の水偵は戦闘参加という運びになるのだろう。後席には伍長クラスの兵が、これも実弾訓練のために搭乗しているのに違いない。
早良中尉殿は、例によって眼鏡の弦を押し上げながら飄々と
「まず初めに、的を飛び越えるよう、遠くに弾を放ちます。これを遠弾と呼びます。」
と解説をする。
「9町も先に、でござるか?」
本所さんが驚いて、中尉殿の顔をまじまじと覗き込む。
「これ、無礼であるぞ。早良殿は、南蛮船を打ち払う事が出来ると申しておられたではないか。」牛込さんは、そんな部下の不躾な態度を戒め「2、3町(218~327m)ほどしか玉を飛ばせぬ大筒であらば、海を越えて寄せ来るポルトガルの軍勢に対して、威を示すことは難しかろう。」と苦い顔。
中尉殿は涼しい顔で「いえ、どうぞお気になさらずに。」と二人に告げると
「夕潮に積んでいる92式10センチ加農砲は、4里半(18㎞)以上、炸裂弾を飛ばす事が出来るのです。」
と続けた。「ただ、砲と的との位置が余りに遠すぎると、皆様に御覧頂くのに両者の位置関係が解り難かろうと勘案致しまして、この距離で実施しております。」
「よ・4里?!」
牛込さんは絶句してしまったが、昨日からと御蔵勢の付き合いに一日の長のある武富さんは
「早良殿の元には、凧から即座に知らせが届くのでありましょうが、ここで見守っている我らには、大筒が玉を放ったことすら、4里半も先の出来事であれば判かりかねますからなぁ。」と納得の様子。
「わざと的との隔たりを縮めて、易く試みを見せて頂けるという御配慮にございましょう。」
「武富様の御推察通りです。」中尉殿は眼鏡の奥で目を細めると「それでは始めます。」と無線電話の送受話器を手にした。
「始めてください。」
夕潮の10加が轟然と火を噴く。
腹に響く発砲音だが、ツアー参加者の皆さんは武家らしく表情を動かさない。
(あ! 武人ではない長崎役人氏だけは、腰を抜かしそうな感じではあるけど。)
92式の砲弾初速は765m/秒だから、発射した一拍あとには直ぐに着色弾の赤い水しぶきが上がった。
中尉殿は、観測班と砲兵との間の通信を傍受して
「方位は良いのですが、着弾点は目標を1町(109m)ほど飛び越えました。……まあ、演習の手順通りです。」
と皆に解説。「次は目標よりも短く弾を撃ち込みます。これを近弾と称します。」
2発目が発射されるまでには、180秒ほどかかった。
野砲や山砲の発射速度には劣るかも知れないけど、野戦重砲の運用速度としてはメチャメチャ速い。運用分隊の鍛錬が行き届いていて、ウィンゲート少尉殿の指揮能力が優れているから出来る技だ。
……いや、もしかするとウィンゲート少尉殿は、観測班からの報告に関係無く『予め計画していた通りの諸元』を元に、中の島目掛けて砲弾を撃ち込んでいるだけなのかも知れないけど……。
その辺りの”演出”が、どういった段取りになっているのかは、僕にはちょっと分からない。
発射音が響き渡るのとほぼ時を同じくして、予定通りに無人島の手前に着色された水しぶきが上がる。
「今度は20間(約40m)の近。目標を二つの弾で挟みました。これを挟叉と言います。……さて、いよいよ次に炸裂弾の実弾を撃ち込みます。上手く当たると良いですけどね。」
中尉殿は世間話をしているような調子で、淡々と解説を続けている。
発射音には驚かなかった三左衛門さまや孫六さまなど歴戦の猛者が、2発目の発射を受けて少し青い顔色になっているのは、カノン砲の速射性が予想以上に高かったからだろう。
先込め式の紅夷砲では、とてもじゃないが達成不可能な発射速度なのだから。
たぶんその事実は、実際に戦場で敵弾の下を駆けた経験者の方に、より大きな驚愕を覚えさせたのに違いない。
3発目が目論見通りに無人島に着弾すると、その衝撃は1㎞ほど離れた端島にまで空気の圧となって伝わって来た。
火柱・土煙は空高くまで噴き上がったから、10加の威力は高島の側からもよく観測できただろう。
「炸裂弾の威力が……ここまで大きいとは……。」
牛込さんが砂利の上に膝をつく。
「無敵! まさに敵無しですな!」
本所さんは、素直に興奮している。
牛込さんはジロリと、そんな本所さんを睨んだけど、口をへの字にして何も言わなかった。
「時代が変わった。」そう、ポツンと口にしたのは三左衛門さまだ。
孫六さまは黒田家大老の呟きに、無言で頷いた。
「次は航空機による空爆です。」
中尉殿は、さり気なくとでも形容したくなるような優しい声で「水偵から中の島に、爆弾を投下します。」と宣言した。
そして無線機に向かって「カクカク、突入。」と命じる。
上空で弧を描いていた2機の三座機は、命令と同時に緩降下を開始する。
同時に、装甲艇も夕潮の脇を離れて前進を始めた。
水偵は島の上空に達すると、それぞれ4個ずつ計8個の小型爆弾を投下。
先に10センチ砲から発射された砲弾のそれよりは小さいけれど、面を制圧する8回の爆発が島を覆う。
水偵が機位を上げて再び中の島上空で旋回を開始すると、島との距離を縮めた装甲艇から57㎜砲の砲撃が始まった。




