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御蔵島沖遭遇戦 3

 江藤大尉は98式直接共同偵察機を操りながら、後席のスミス准尉に「見たか?」と声を掛けた。

 「先に手を出したのは、明らかに相手側だったけれど、全くのワンサイド・ゲームだったわね。」

 眼下の壊滅した海賊船団を見ながら、スミス准尉が物憂ものうげに答える。


 階級はこっちの方が上なんだから、形だけでも敬語を使えよ、と江藤は思う。

 ただ、彼女が情報部の人間で、名前や階級を偽っており、実際には自分と同等程度の階級であろうことは知っている。公然の秘密、というヤツだ。

 彼は、このクレバーな金髪の女狐が、実は嫌いではない。



 江藤が司令部の来客室で、装甲艇10号への応援要請を受けて空港に急行した時、滑走路に並んだ2機の98式偵察機の横には、既に彼女が待機していた。

 彼女は何故か、日本陸軍航空兵の飛行服に身を包んでおり、98式が爆装するのを眺めている。

 江藤を乗せた高機動車が機体の横に停車すると、彼女は江藤に微笑みかけ「私も同行させて頂きます。」と言った。


 「戦闘になるかも知れん。腹には爆弾を抱えて行くし、遊覧ゆうらん飛行とは違うのだぞ。」

 通常の哨戒時ならともかく、戦闘が予想される今回は、江藤は彼女を乗せて飛ぶ心算は無かった。


 しかし、高機動車を運転してきた加山少佐が「大尉、スミス准尉を同行させて欲しい。」と江藤に頭を下げた。

 「仮に戦闘が起こった場合、日本軍が単独で、勝手に先制攻撃を掛けたというような、風評を招く訳にはいかんのだ。我が軍に関しては、満州事変のしき前例が有るからな。」

 「なるほど。そういう事ですか。」

 「そういう事、だ。」


 江藤大尉は、加山少佐に敬礼すると、スミス准尉に「飛行機に、乗った事は?」と問い掛けた。

 「小型機の操縦免許なら、持っていますけど?」准尉がまし顔で答えてくる。

 ……上等じゃないか。


 江藤は准尉に、後席に乗る様指示を出すと、自分もすみやかに操縦席に乗り込んだ。

 整備兵と、既に発進準備の整っている僚機に合図を出すと、江藤は機体を自走させて離陸にかかった。

 98式偵察機は単葉機ながら、離陸に要する滑走距離は短い。

 江藤機は、10発の12.5㎏爆弾を翼下に吊下げながらも、難なく空に舞い上がった。

 江藤は准尉の様子をチラリとうかがうが、彼女には離陸時のGなど屁でも無いようだ。


 「あれは、狼煙のろし?」

 高度を稼いだ処で、後席からスミス准尉が問いかけてくる。

 御蔵島に近い二つの島の山頂付近から、濃い煙がのぼっているのが確認出来る。


 「司令部に一報入れておいてくれ。無線機の使い方は分かるな?」

 「どこの国の無線機だと思っているの?」

 御蔵航空隊所属の作戦機の無線は全部、米軍式の機材に換装してある。

 准尉はとどこおり無く、司令部に報告を入れ始めた。


 航空無線は、換装前には雑音で通話がままならなかったものだが、今はビックリするほど明瞭に、やり取りが出来る。

 米軍サマサマだ。


 江藤は海面に目を走らせた。

 狼煙も気に懸るが、今は装甲艇10号の支援が先決だ。

 まず高速艇群の航跡を探す。

 5隻の高速艇甲は、白く長い航跡を残しながら急進しているので、容易に発見出来た。


 飛行機乗りは視力が良くなくては務まらないが、江藤は超人的な視力を誇っている。

 彼は航跡の先に、芥子粒けしつぶのように小さく、10号艇らしき船影を見付けた。

 江藤は僚機に、ハンドシグナルで合図を送ると、緩降下かんこうかしつつ速度を上げる。


 10号艇の姿が見る見る大きくなって、敵船団との位置関係が分かってくる。

 敵船団は散開しながら、10号艇を包囲する作戦だ。

 数的優位を考えれば、定石じょうせきと言って良いだろう。


 対して、10号艇の艇長は豪胆な男のようで、敵に横腹を晒している。

 「肉を切らせて骨を絶つ」心算のようだ。

 この態勢だと全ての火器を敵に向けることが可能だが、敵が軽砲でも装備していれば、まととして大きくなるため、危険を伴った策だと言える。

 両者の距離は至近と言える近さだが、どちら側からもまだ、火器による攻撃を示す発砲煙は上がっていない。


 敵船団から、当然この偵察機の姿は確認出来るはずなのに、対空見張りを置いていないのか、気にも留めていないように見える。

 敵船団に護衛機が付いている可能性がゼロではないので、江藤は10号艇を目指しながらも、機位を細かく振りながら上空に―――特に太陽を中心に―――視線を送る。

 対空監視は後席にお願いしたい処だが、スミス准尉は戦闘の経緯を確認する任務を負っている。

 彼女は低倍率の双眼鏡で10号艇を注視しているから、上を見張っていろ、と注文を付ける事は出来ない。

 僚機は江藤機の斜め後方に位置取りして、追従している。


 江藤は敵船直上を低空飛行でかすめて、牽制けんせいする決意を固めた。

 敵が対空射撃を行ってきた場合、腹に抱えている爆弾を敵弾が直撃すれば、機体ごと爆散してしまう可能性がある事は、重々承知している。

 しかし、このまま状況を放置して、敵船団が装甲艇を拿捕だほするのは、何としても阻止しなければならなかった。


 「敵船から、発砲。先制攻撃は、敵船団。」

 スミス准尉が、落ち着いた声で戦闘開始の様子を告げる。

 当然来るべきものが来た、とでも言う様に、全く気負いや興奮を含まない声音こわねだった。


 敵船団から一斉に発砲煙が上がり、10号艇が三方から猛烈に撃たれているのが分かる。

 発砲煙が小銃のそれよりも大きめだから、敵は対戦車銃を使っているのかも知れない。

 対戦車銃で撃たれたら、装甲板が有るとしても10号艇は大きな被害を受けている可能性がある。


 敵船団からの先制攻撃が確定したので、最早もはや、遠慮は無用だ。

 爆撃に先んじて、敵船団を機銃掃射するために、江藤は機銃の引き金に指をやった。

 しかし7.7㎜機銃を発射する前に、装甲艇が反撃を始めた。

 全砲塔が発砲して、海賊船3隻が瞬く間に破壊される。

 10号艇の戦力は、猛烈な先制攻撃を受けながらも、健在であった。


 海賊船の生き残りは、再び発砲を行ったが、最初の攻撃に比べれば統制も執れておらず、弱々しい。

 敵は江藤機の固定機銃の射程内に入ってはいるが、万が一にも10号艇に流れ弾が飛ばないよう、慎重に機体を操る。

 射撃開始距離は、200mと決めていた。

 しかし、機が攻撃位置に着くより早く、10号艇が第二斉射を放ち、海賊船群は無力化された。


 10号艇から江藤機に向かって手が振られ、江藤は98式偵察機の翼を大きく振って10号艇の健闘を称えた。



 スミス准尉は戦闘の一部始終を司令部に連絡していたが、新たな要請を受け取ったようだ。

 「大尉、司令部からです。装甲艇3号が監視している二つの狼煙を偵察して下さい。」

 「了解した、と伝えてくれ。それと、僚機にも命令の伝達を。」

 「イェッサー。抱えて来た12.5㎏爆弾が、無駄にならずに済みそうね?」


 爆装したまま着陸するのは、危険な行為だ。

 投下装置に故障が生じて止むを得ない場合を除けば、残った爆弾は、無害な場所に投下して廃棄するのが当たり前だ。

 もったいないように思えるかもしれないが、着陸時に事故が起これば滑走路と機体に被害が出る。

 それに、何よりパイロットを失うのは避けなければならない。

 滑走路の穴や燃えた機体は、後から補修なり補充が効くが、訓練されたパイロットは「え」が無い。


 江藤は右旋回して、僚機と共に狼煙へ向かって空を駆けた。

 

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