ハシマ41 浮遊選鉱法と電気精錬法を(やっと!)説明できた件 ついでに鯛生金山の調査も進言するよ!
「それでは孫六様の御言葉に従い、浮遊選鉱法の解説を続けさせていただきます。」
僕は概念をかいつまんでの説明を試みる。
(手順1)金銀銅などを含んだ鉱石粉を水に懸濁する。
(手順2)懸濁水に界面活性剤(もしくは油脂類)を追加投入する。
(手順3)容器に空気を吹き込みながら、中の混合液を激しく掻き混ぜる。
(手順4)親水基を持つ石(ケイ酸塩鉱物)は水分子とくっついて、撹拌を止めると容器の底に沈む。
(手順5)疎水性(=親水基を持たない)金属粒子は、界面活性剤に表面を覆われて、泡となって液体表面に浮かぶ。
(手順6)浮かんだ泡を集めて、泡に取り込まれた金属粒子をインゴットにする。→鉱石中金属の分離完了
(手順7)容器の底に溜まったケイ酸塩鉱物は取り除き、水には再び鉱石粉を懸濁させて再使用する。
「それだけ?」
説明を聞いた本所さんが、拍子抜けしたという顔で訊き返してくる。「明日にでも始められそうな、難しい処が何も無い作業ではないか!」
「いえー、大変な作業になりますよ。試しにやる分くらいなら、手桶か樽くらいの大きさの容器でも行けますけど、それでは処理が捗りません。本格的に産業として成り立たせようとすれば、最終的には手順7の石粉を沈めて取り除くためのシックナーという池でも、30間(約55m)四方くらいの広さが必要になりますから。」
僕は彼の認識の足らない部分を補足する。「水が漏れてしまわないように、シックナーの壁と底とはセメントで固めておかなくてはなりませんし。廃液が流れ出て、飲み水や田畑の水源を汚してしまったら大問題ですからね。最悪の流出事故が起きた場合を想定しても、佐渡の外海に面した海岸線に選鉱場を造っておけば被害は限定的だろうと考えられますから、内陸部に造るよりは合理的でしょうね。……まあ、事故が起きないに越したことはありませんが。」
「それは豪気な。」三左衛門さまが、つい噴き出してしまったというように苦笑いすると「鉱山の作業場というより、まるで露天風呂か水練場じゃな。」とコメント。
そして「池の底に溜まった石粉はどうする? 30間四方もある池だと、絞りカスも少なくはなかろうて。」と訊ねてきた。
「ある程度溜まったら、浚ってから天日干しして水気を切ります。乾いたら、坑道の使わなくなった部分を埋め戻すのに使うとか、日干し煉瓦風に固めて片付けておくかするみたいですね。」
僕は首を傾げてから「それ以上の事は、ちょっと……。」と口を濁す。「専門の技師は居ますから、事業が始まる時には要相談ですね。」
「金銀を含有量の低いズリ石から更に絞る法がある、という事は分かった。」と牛込さん。
「しかし、出来上がった延べ板は――ええ、インゴットと言うのかな?――全ての金気が混じったモノであるのであろ? そこから先はどうするのだ。やはり灰吹きか? シュウイチ君は、なんぞ良き知恵を持っておるような気がするのだがな。」
――おおお! ついに幕府役人の牛込さんも、『シュウイチ君』と名字ではなく下の名前で呼びかけてくるまでに打ち解けてきたか。(さっきの、岸峰さんからの肘打ちで悶絶してる姿が決定打だったのかも知れないけど。)
「ここまで皆、腹を割って話をしているのだ。」
牛込さんは”共犯者”の笑みを浮かべて言い放つ。「もったいぶらずに、御教授賜れよ。……実の処、喋りたくてウズウズしているのであろうが! 一同、耳の穴をカッぽじって待っておるのじゃぞ?」
牛込さんからの『呼び水』に呼応して、僕も精一杯悪徳商人らしい顔を作ると
「ええ、ございますとも。調役様。」と、時代劇に出てくる悪代官と悪徳商人のコント風に演じてみたのだが、噴き出してくれたのは岸峰さん一人だけだった。
僕は顔を真顔に戻すと「電気精錬という方法を使えば、鉛毒、水銀の害に晒される事なく、金銀と銅、またそれ以外の金属とを分離するのが可能です。」と、滑ったギャグを彼方に押しやる。
「ただその方法には、名前からも明らかなように、電気――モーターを動かす時と同様にイカズチの気――が必要になるのですけどね。具体的には、それぞれの金属の持つ『酸への溶け易さ』すなわち”イオン化傾向”の差を利用して分別する手法なのです。」
電気精錬のやり方は、簡単に言うとこんな風になる。
(手順イ)硫酸銅溶液を満たした容器に、純銅の棒と、浮遊選鉱で得られたインゴットを差し込む。
(手順ロ)金鉱・銀鉱は、銅鉱に付随しているのが普通だから、インゴットは銅が主で他の金属を含んでいる粗銅である。
(手順ハ)純銅の棒と粗銅の棒とに、それぞれ電源から電線を繋ぐ。純銅側が陰極、粗銅側が陽極となるように配線する。
(手順ニ)通電を開始する。電流は少なくてよいが、長時間継続して通電すること。
(手順ホ)陽極側の粗銅が徐々に溶ける。鉄・亜鉛・鉛など銅よりイオン化傾向の高い金属は、硫酸銅溶液に溶け込む。
(手順ヘ)粗銅に含まれていた銅は、陰極側の純銅表面に張り付く。
(手順ト)金銀は銅よりイオン化傾向が低いため、容器の底に沈殿物として沈む。
「話を伺うたところ、詳しい事は分からんのじゃが、電気さえ何とかなれば、行けそうな気がするの。」
孫六さまは乗り気だ。「イカズチの気を発するカラクリも、御蔵の里では普通の事のようであるし。先ほどの、ホレ、鉄船の轆轤も電気で動かしていたくらいであるし。」
「石炭を燃やして盛んに湯気を噴かせる蒸気ボイラーを設置すれば、電気はどこでも作れるようになりますよ。」
――圧力容器とか発電技師、電気工事士は必要なんだけどね。
僕はその辺りの事は、モヤッと誤魔化したまま「だから、全ての事は石炭採掘から始まるのです。」と端島開発の意義をツアー参加者一同に刷り込む。
「大きなダム……堤を築いて、流れ下る水の力を用いて電気を作る方法も有りますが、堤を築く場所の選定や工事には時が必要です。手っ取り早いのは、やはり石炭蒸気発電という事に成るでしょう。」
「よう解り申した。金の取れ高が多くなると聞けば、お上の心も動きましょう。石炭の採掘にも『力を入れよ』と御墨付きが出ようというもの。」
しかしそのセリフとは裏腹に、本所さんの声音は弱気に感じられる。
そして「しかし上々には、吝い御方もござってな……。」と頭を抱えた。
「これほどの機会、只々先送りにしてしまいそうな頭の固い――いえ、石橋を叩いて渡らず――と云う、責を負いたくない愚物の顔が……幾人も思い浮かびまする。」
と、なるべく言葉を押さえようという努力は垣間見えたんだけど、終いには愚痴がダダ洩れ。
上司の牛込さんは「これ、弱音を吐くでない。」と部下をたしなめる。「正面からの嘆願ばかりでなく、根回し・説得に努めて、事が上手く運ぶよう手蔓を伝って、裏からも手を回すのが、我ら旗本に求められておる部分であるのだ。」
「我らも及ばずながら力添えを致しますぞ。」と三左衛門さん。
この時ばかりは、フランク&フレンドリーな『三左衛門さんの顔』から、『外様ながら準譜代扱いで52万石という大藩の筆頭家老の顔』に戻っている。
いや、これも煮え切らない本所さんの背中を猛プッシュするための、折衝役としての演技なのかも知れないんだけどね。
ならば、ここで僕も大ネタをぶつけて、ラッシュをかけるタイミングだろう。
一気に押すぞ!
「ケチンボな御方には、でっかい実利で対抗するのが良いでしょう。未だ発見されていない、手付かずの大金鉱の場所をお教え致します。その功績を以てすれば、相手もグウの音も出せなくなるような。」
「有るのか?!」「まことか?!」
本所さんと牛込さんが、ほぼ同時に叫ぶ。
三左衛門さまは、と見ると僕の顔を眺めて、シテヤッタリという恵比須顔だ。もしかすると老練な黒田家大老に乗せられたのは、本所さんばかりではなかったのかも。
まあ良いや。どうせ喋る心算のネタではあったワケだし。
「天領 日田の傍、中津江村の山の中です。」
中津江村の鯛生金山が発見されるのは、本来ならば1894年のことである。
発見は偶然で、山道を歩いていた旅人がキレイな石コロを拾ったことによるという。金山としての採掘が開始されるのは、4年後の1898年からだ。
日田が幕府直轄領となったのは1639年のことで、徳川家に帰属してからまだ日が浅い。主要産業は林業で、有名な日田杉を産するそれなりに裕福な土地だが、コメの取れ高が多いわけではない。(豊臣家蔵入地時代の検地で2万石相当。)これも今、金山開発で幕府を動かすには都合の良い要因だろう。
ちなみに鯛生金山が発見された1894年というと、他の大きなトピックスとしては『日清戦争』が始まった年でもある。
「金の産出量は莫大であることが予想されます。と言うか、神託によって約束されています。……例えば、産出量に陰りが見えて来ている佐渡金山を凌ぐほどに。」
これが決定打だった。
「是非も無い。山師を集めましょうぞ。」
悲鳴のような声を上げたのは長崎与力氏の一人。「掘るしかありませぬ。否、拙者が掘りに参ります!」
「異論無し。」遂に本所さんも同調する。「こうしている間にも、樵か猟師が先に探し当てぬとも限りませぬ。現に御神託通りに、端島からは続々と石炭が採掘されておるのに!」
「うろたえるな!」とツアー参加者の中の幕府関係者を一喝したのは牛込さん。「先ずは御奉行に話を申し上げてからじゃ。長崎奉行所の面々が、日田の奉行所や御上に何の根回しもせず、大挙して日田に押しかければ、あらぬ騒ぎを起こすばかり。」
そして一同の顔をキッと見据えると
「中津江の金山の件、しばらく拙者に預からせては頂けまいか。事を進めるのに、策を弄じなければなりますまいて。」
と頭を下げた。
「如何にも、如何にも。」と孫六さまが笑顔で応じる。「急いては事をし損ずる、と申しますからの。」
三左衛門さまも「この場に居る者一同、貴殿を信じまする。」と断言。「事がここまで大きゅうなった以上、御上の裁可を仰ぐは肝要。必要が有らば、皆が力を出しまするぞ。」
ツアー参加者全員が頷いた。
「盟約の金打でも交わしたき処ではありますが、肝心の腰の物がありませぬなぁ。」
武富さんがトボケた声で緊張を解す。「御蔵流では、どの様に皆で心を併せるのですかな?」
「御蔵流というのとはチョット違いますが、心を一つにするのに良い”振る舞い仕草”がございます。」
岸峰さんが慈母のような柔らかい表情で提案する。
「円陣を組み、それぞれが右の手を出して重ねるのです。そして『ファイトっ!』という掛け声に合わせて、腹の底から『オウっ!』と叫ぶそです。」
簡単な協議の結果、掛け声担当に担ぎ出されたのは最年少の雪ちゃんで、少女の「ふぁいとぉ!」という甲高い合図に、円陣からは
「おおぅ!!」
という力強い歓声が舞い上がった。




