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ハシマ34 石田さんが、いきなりマークⅡ式手榴弾を投擲する件

 牛込さんから怖い顔で問いただされて、雪ちゃんはちょっとひるんだ。


 ――ここは一つ、助け舟を出すべきかな?

 それとも成り行きを見守ろうか、と一瞬僕が考えていた間に、すかさず介入したのは岸峰さんだった。

 「ご名答でございます、牛込さま。我々は硝石に限らず、火薬・爆薬を化学の力で製造しているのです。」


 岸峰さんが『ワレワレハ~』以下のセリフを、殊更に無表情なトーンで口にしてみせたのは、特撮ドラマに出てくる宇宙人のパロディだろう。(さすがに、手で喉を叩きながら声を出すような効果は加えなかったんだけどね。)


 ただし『化学』という概念が日本に広まったのは、幕末近くの1837年のことで『舎密開宗せいみかいそう』という翻案書が出版されたことによる。

 翻訳・翻案書を書いたのは宇田川榕菴うだがわようあんという蘭学者で、イギリスで出版された本がオランダで翻訳出版されたものを、更に日本語に翻訳したのだ。

 この本の中で初めて宇田川榕菴という人物が、酸素・水素・窒素などの元素名や、酸化・溶解など現在でも使われている化学用語を作り上げた。(初めに何かを作り上げる人って、なんかスゴイよね。)

 舎密という単語は、英語のalchemy(=錬金術)が転じてchemic(=錬金術の→化学の)となったものをオランダ語でchemiと訳され、それを音のまま記述したという寸法だ。

 でも(物理学を含む)化学が錬金術から生まれたものだという事は、まあ今の僕たちにとっては一般的な知識だから良いとして、その『舎密』が日本で更に『化学』にまで変化するのは、1861年の『化学新書』の出版を待たねばならない。

 ちなみに大政奉還が行われたのは1867年の事で、明治元年は1868年だ。


 だからツアー参加者の皆さんは、雪ちゃんや岸峰さんの説明を、既知の言葉・単語としてではなく、”ところどころに知っている言葉が出てくる呪文”のように、言わばフィーリングで聴いているワケ。(たぶん僕のした説明にだって、訳わからん単語がイッパイだったはずなんだけど、分かる単語に混じって話が進んでいたせいもあって、意味は文脈の中で推測しながら聞いてもらっていたのだろう。)


 日本人の場合、法事や祭礼なんかで、おきょう祝詞のりとを『よく解らんけど、なにやら有難いモノで、それなりにパワーの有る言葉』として謹聴する習慣があるから、雪ちゃんは大した齟齬も無くハーバー・ボッシュ法についての説明を進めてこれたのだけど、非常に高価な硝石が御蔵では簡単に空気から(本当は空気だけじゃダメなんだけど)作り出せるとなると、ここには諸藩の防衛費なんかも含めた実利と戦備の問題がクローズアップされてくる。

 それで、それまでの磁器と茶葉と石炭なんかのウハウハな話より、緊張の度合いが増したのだ。


 さて。どう話を収束させるのが良いだろうか?

 『この技術、極秘でありますゆえ、これ以上は詳細をお知らせすることは出来ません。』と、強引に話を打ち切るのも一つの手。

 また『お求めになりたければ、肥料同様、お値段は勉強いたしますよ。』と、成り行きに任せるのも一つの方法。

 ちょっと迷いが出る。


 短いが緊迫した膠着状況を打開したのは、石田さんの思い切った実力行使だった。

 石田さんは「それでは、少しばかりお時間を拝借いたしまして!」と朗らか宣言すると、波打ち際にまで軽やかに駆けた。

 そしてポケットから何かを取り出すと、ピンを抜いた。

 手にしたのは米軍式の手榴弾! そして……


 「ワン、サウザント、ワン! ツウ、サウザント、ツウ! スリー、サウザント、スリー!」

とカウントすると、手にしたマークⅡ式手榴弾を遠投。

 きっちりカウントされた手榴弾は、4秒後に着水するやいなや、ボスッというくぐもった破裂音を出して水中爆発。派手に水しぶきを上げた。

 石田さんが陸上や空中でマークⅡを爆発させなかったのは、万が一にでも破片がツアー参加者に届くのを避けたためだろう。


 続いて、もう一発。


 島原の乱なんかで実戦を経験している三左衛門さんや安芸守さまは動じなかったけれど、戦場の風を知らない他のお侍たちは、明らかにビックリした様子を見せた。

 あの古狸の武富さんが、椅子ごと後ろにひっくり返ったくらいだから、後はして知るべし。

 二本差しのはずの与力氏らも、どどっと後ろに逃げた。


 僕はひっくり返った武富さんを助け起こしながら

「あれはマークⅡ式手榴弾です。御蔵勢の一般的な普通の個人装備でして。」

と、言い訳をしているっぽい口調で説明する。「必要があれば、高島の海岸にあった漁師さんの道具小屋くらいなら、吹き飛ばせますね。……別にそんな事しません、けど。」


 「あの爆裂弾を、各々皆がふところに持っておる、と云うわけですな?」

 やれやれ肝を冷やしましたぞ、と立ち上がりながら武富さんが感想を言う。「確かに火薬が潤沢にあらねば、あたわざる事でありましょうなぁ!」


 「はあ。硝石を作るだけではなくて、セルロースをニトロ化して綿火薬を作ったり、グリセリンをニトロ化したり、硝酸は用途が広いですから御蔵の里では盛んに製造に励んでおります。」

 僕はわざと、この場には相応ふさわしくない化学工場の広報みたいなチョッと浮世離れした返答をする。緊張をほぐした方が良い、と考えたからだ。「鉱脈を掘るにあたって岩を砕くのに、たがねだけでは、はかが行きません。火薬が有れば、ドカンと一発ですからね。」

 殊更ことさらに平和利用を強調したわけだ。


 「なれど、のぅ片山殿。」

 黒田家大老の三左衛門さんが、泣き笑いにも似た表情を見せて

「先ほどオヌシが使った連発式の短筒といい、今のその……”まあくつう”か? それらを持った兵が100人でもれば、どんな堅城でも落とせようよ。」


 鍋島家家老の安芸守さまも、重々しく頷いて

「鉄砲玉を雨のごとく浴びせながら城に寄せ、爆裂弾を投げ込めばしまいじゃ。何人なんびともってしても、あらがう事など、出来はすまい。」


 恐る恐る戻ってきた牛込さんや本所さんも、なんだか浮かない顔をしている。

 彼らは幕臣だから、諸藩の者よりも『天朝の兵を自称する御蔵勢の出現により、事の次第によっては、徳川家の世が安泰であるとは言えない事態になったのかも知れない』という危機感が大きいのだろう。


 穏やかに事を進めたい僕たちにとっては、これは少しまずかったのではないか?

 ――けれども、なぜあの場面で『何時も冷静沈着な』石田さんが、手榴弾を投げるという選択肢を選んだのであろうか? もしかすると……早良中尉殿の言っておられた『第二幕』に関係している?


 僕の頭の中の混乱を知ってか知らずか、ゆっくり時間をかけて波打ち際から帰ってきた石田さんは、端正な顔をほころばせると

「みなさま、余興はお楽しみ頂けましたでしょうか? もう一つの余興には、いま暫くお時間を頂きたいので、もう少しお待ち下さい。それではその間、お飲み物をもう一杯いかがですか? 先ほどのミルクティーとは趣向を換えまして、次にサーブさせて頂くのはコーヒーという名のお茶になります。」

と、うやうやしく礼をした。


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