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ハシマ31 道具を作るための道具とその材料が、いかに重要であるかを説明する件

 黒田家大老”三左衛門”さん直々のビミョーな質問に、早良中尉殿がどう返答するのかな? と、他人事ひとごとみたいに高みの見物でニヤついていたら

「片山くん、そのへんの事は、キミ、熱心に調べてただろ?」

と奥村少佐殿が、不意に僕の足元目掛けてキラーパスを繰り出してきた。「良いよ。記録係のおさの権限で、遠慮無くシャベッちゃって。」

 そしてギコチなくウインクを寄こして「そういう説明をさせるなら、片山くんの右に出る者は居ないからねェ!」


 僕が「えええ!」とって、「しかし、最高機密に属する事柄ですが!」と異議を申し立てようとすると、早良中尉殿も「なに、ミッチェル様も『腹蔵ふくぞう無く、公にしてしまう方が後々面倒が無い。信頼ベースで事を進めましょう。』って、ヒドく前向きでしたからね!」と、語尾にハート・マークが付く勢いで、少佐殿を支持。

「富国強兵・殖産興業のチャンスなんだからね。取っ掛かりは早仕掛けなくらいで良いのさ。黒田家大老様からの御問合せじゃないか。”チャンスは前髪を掴め”だよ。」


 ――う~ん……。この調子だと、流れによっては「ここまで」踏み込むのはアリって、高坂中佐殿とも話が付いているんだろう。(出発前から打ち合わせが出来ていた事なのか、昨晩くらいに電信で遣り取りしたのかは分からないけど。)

 僕も腹を括ってゲロってしまう事に決めた。

 「それでは、不肖ふしょうワタクシメから御返答をば。……黒田様の御領地の中では、海岸に近く、掘り出し易く積み出し易い炭鉱としては、姪浜めいのはまと、海の中道の西戸崎さいとざきにございます。」


 三左衛門さんこと大老一任様は

「やはり見込んだ通りじゃな。片山殿は諸事に明るい!」

雀踊こおどりして「これで我が藩にも、黄金色の風が吹いて参った。」と僕の手をガッチリと握った。

 そして「貴殿と我とは朋輩ほうばい間柄あいだがらではござらぬか。他人行儀に黒田様などと言わず、三左さんざと呼ばれよ。」と、ハイテンションで腕をブンブン振る。

 黒田一任様(こと三左衛門さん)は、今後炭鉱を持つ事が藩の発展に著しく寄与するのを、正しく理解しているということだ。


 僕も彼の手をガッチリと握り返して「それだけではないのです。」と続ける。

「西戸崎炭田の近くには――海の中道の付け根部分になりますが――和白わじろに砂鉄の鉱床が眠っています。西戸崎の石炭と、和白の砂鉄を合わせれば……。」

 僕がここまでシャベッたところで、三左衛門さんが話の後ろ半分を引っ手繰たくった。

 「博多が、煙火えんくゎの街に育ち得る、と云う事じゃな!」


 『煙火の街』というのは『工業都市』といった意味合いである。

 元は外国への窓口であり大きな商都であった博多だが、朝鮮出兵以降には半島経由の貿易は細り、平戸や長崎が主体であった南蛮貿易の旨味にもあずかれずに、域内交易中継場所としての中堅都市程度の位置付けに甘んじていた。

 ここで石炭と鉄とで博多の街が息を吹き返せば、黒田藩としてもコメの出来高の52万石以上に富強な藩と成り得るのである。

 博多湾から糸島半島といった玄界灘に面した一帯は、海底から打ち上げられる砂鉄資源が豊富で、弥生時代には既に鉄の産地であった。(近代製鉄には程遠い”たたら製鉄”で鉄を作る程度の産量でしかなっかたとしてもだ。)黒田藩がその存在を知らない和白の砂鉄堆積鉱脈には、比較的まとまった量の鉄源が存在するのである。


 僕は「そうですね。」と無難に返して、三左衛門さんの手をそっと外すと「筑豊の山々の中には、更に多くの石炭が埋まっています。」と続けた。「ただこちらは、道無き道を奥地まで切り開いて進まねばなりませんし、運び出すのも一苦労です。最初に手掛けるならば、船に積み込み易い海岸近くが無難でしょうね。」

 すると三左衛門さんは「いやいや、山深きと云っても、筑豊には遠賀おんがの川が流れておる。山から川までは馬喰ばくろうか人足頼りということになろうとも、遠賀川まで積み出せば、後は舟で下るまで。まずは姪浜と西戸崎じゃが、そちらも早う、手を付けたいものじゃ。」とウキウキした声を出す。

 「それだったら、田川の香春岳かわらだけも掘って下さいよ。あそこは山全部が石灰石の塊だから、それこそ露天掘りが利きますし。」

と”ついで”に石灰石の採掘もお願いする。「セメントは今後重要になる資源だから、セメント産業も育てられますし。」


 「香春岳か? 古い銅山じゃが、その”せめんと”なる石の噂は、とんと耳にせぬが。」

 三左衛門さんは首を傾げた。「そんなに良きモノが埋まっておるのか?」

 「ああ、香春岳にはスカルン鉱床から銅も採れるんでしたね。」と、僕は香春岳が奈良時代からの銅鉱山であったことを思い出した。それならば、遠賀川への道は既に通じているんだろう。

 「だけど、今話題にしているのは小規模熱水鉱床のことじゃなく、香春岳全体、あの山を造っている白い石全部のことなのです。その石を炉で焼いて微細に砕けば、水を混ぜて練ることでセメントという便利な建築材料に生まれ変わりましてね。三和土たたき漆喰しっくいの上位互換といった代物しろものに変身するんです。」

 「ほほう。三和土や漆喰の代わりに?」と三左衛門さんはニンマリした。「それもまた、美味しそうなハナシじゃな。」

 「ええ。でも代替品ではなく、それ以上に役に立つ材料なのです。鉄の骨を軸にして周りをそのセメントで固めれば、大筒の弾も簡単に跳ね返す城塞が作れます。べトンのトーチカってヤツです。鉄の代わりに竹を骨にした竹筋コンクリートでも――鉄筋コンクリートには長期の耐久性では劣りますが――強固な橋が作れるくらいで。建物を木造から、そのコンクリート製に置き換える事で、火事が出ても燃え広がり難い街に作り替えることも可能です。」


 これを耳にした小倉藩氏が

「我が藩は、黒田様とは隣り合うておるのだが、その……せめんと材料……とやらは、眠っておらぬのでありましょうか?」

と、辛抱しんぼうたまらぬといったていで喰い付いてくる。


 僕は「ございます。」と頷いて「平尾台の白い石が石灰岩です。たっぷり存在しています。もう掘り放題です。」

 これを聞いた小倉藩氏の顔が、バラの花のように紅潮した。

 「ついでに申し上げておきますと」と僕は続けて「小倉の南、宝台ほうだいという場所には、モリブデンという資源も眠っています。」

 「もりぶでん……。聞いたことのない名じゃが?」小倉藩氏がキョトンとした顔になる。「なんぞ、良きモノなのでありましょうや?」

 「ああ……ええっと、単体――そのものだけ――では使い方は難しいでしょうが、はがねに混ぜると、鋼をより強く、しかも粘り強く仕上げることが出来るという鉱物です。これも値打ち物ですね。」


 それから僕は、もう一度黒田家大老に向き直ると

「三左衛門さまの御領内だと、モリブデンは宇美うみにございます。また、宇美からそう遠くない福間ふくま河内かわちにマンガンの鉱脈が埋まっています。このマンガンという鉱物も、鋼を硬く仕上げる性質を持っていまして、鉄とマンガンとモリブデンとを組み合わせる事で、今までに無いほど強固な鋼製品を生み出すことが出来ましょう。のみたがねやすり、それに加えて螺子ねじなど、他と比べ物にならないほど優秀な、日ノ本一の品になるのは間違いありません。」


 「日ノ本一の鑿、鑢か……?」

 流石さすがの三左衛門さんんも、工具鋼こうぐこうの重要性には、イマイチ認識が希薄なようだ。まあ産業革命以前の社会だからアタリマエなのかも知れないけれど。

 だから「重要です。刀や鎧などとは比べ物にならないほど、です!」と、僕は工具鋼の重要性を強調する。「道具や機械を生み出すための、基礎になる材料だからです。」

 そして「刀は”人を切る”しか使い道の無い代物ですが、マンガンやモリブデンを混ぜて強固に仕上げた鋼は、”鉄を切り・削る”ための特殊な鋼なのです。」と続けてから、轟々と稼働しているブルドーザーやバックホウを指差した。

「あの便利なカラクリを作るためには、鉄を削ることの出来る特殊で強固な鋼が無ければ不可能なので。……刀や槍では、鋼を切るためには、ものの役に立ちませんからね。」


 三左衛門さんが身体を『わななかせた』ので、武士の魂である刀剣をディスった僕に、彼が激怒したのか! と一瞬身を硬くしたが――違った。


 「”あれ”が作れるようになるのか……我が藩で?!」

 三左衛門さんは、狂喜きょうきしていたのだ。「あの玄妙にして不可思議なカラクリが!」


 「一足飛びには無理でしょうが、基礎から徐々に。」

 僕は三左衛門さんの感嘆の叫びに頷いた。「まずは石炭を掘り、砂鉄を掘り、マンガン・モリブデンを掘る処から始めなければなりませんけど。」

 「いや分かっておるよ! 片山殿が言われるように、物事を成すのには基本が必要じゃからのう。」

 三左衛門さんは僕の肩を、大きな掌でバンバン叩くと「されど愉快ではないか、片山殿! 成すべき事が明快に見えておると云う事は!」


 そして、そんな興奮状態の小倉藩氏や三左衛門さんをうらやましそうに見ている長州藩氏には「長州様には秋吉台が。あそこも我が国を代表する石灰石の産地となるでしょう。」と告げると、彼は「おおお!」とこぶしを突き上げた。

 「宇部には石炭もございますし、長州様の御領からはマンガンも産出します。けれども長州様の御領内で是非とも開発していただきたいのは、タングステンなのです。」

 「たんぐすてん……? これまた面妖な名前でござるな。」

 長州藩氏は聞き慣れない単語に少し戸惑いを覚えたみたいだったけど「いや。片山殿が”是非に”と申されるくらいなのだから、良き鉱石なのは間違いなし!」と満面の笑みになり「どこに眠っておるのか、お教え下され。」と頭を下げる。

 僕は「ちょっとだけ、場所が微妙な山になるのですが」と前置きして「岩国いわくになのです。」と続ける。

「岩国の二鹿や玖珂くす、藤ヶ谷に祖生といった場所でして。」


 岩国は長州領としては東端にあたり、広島藩との藩境になる上、支藩の岩国藩の領地である。

 で、本藩の長州藩と支藩の岩国藩とは、関係がビミョ~なのだ。


 原因は1600年に起きた「関ヶ原の戦」にまで遡る。

 小早川家と共に毛利本家を支えて『両川りょうせん』と呼ばれた吉川家当主は、吉川元春きっかわもとはるの次男であった吉川広家きっかわひろいえに代替わりしていたのだが、この吉川広家、徳川家康に内通して戦場でサボタージュを行い、大兵力の毛利本軍が決定的な場面で横合いから東軍に襲い掛かるという西軍必勝の戦略を阻止する。

 結果、西軍はアッサリ大敗。

 戦後は、この広家の執り成しの御蔭おかげで毛利家は取り潰しを免れるのだが、中国地方8ヶ国の領土をメチャクチャ縮小されて防長二州(周防すおう長門ながとの2ヶ国)に減封された。

 実は家康は、毛利家を潰して吉川家を防長二州の藩主に据える計算だったのだけど、吉川広家が是非にと頼み込んで毛利家を存続させたのだった。(その結果、吉川家も12万石の家格から岩国領3万石に縮小している。)

 岩国 吉川家にしてみれば、自分の働きで毛利本家が滅亡を免れた、という考えなのだが、毛利家にしてみれば「広家の裏切りさえ無ければ」と憎く思う処もあるわけで、毛利本家と吉川家の間には複雑な愛憎関係が存在していたのである。

 なんつ~か、佐賀藩の鍋島・竜造寺問題にも通ずるような、『藩内感情対立』が存在するわけでアリマスな。


 だけど長州藩氏は不敵に笑うと

「なに、実利が有るとなれば、人間誰しも多少の感情の行き違いなど、棚上げして手を結べるものでございますよ。」

とサラリと言ってのけた。「藩も藩士も飯を食わねばなりません。財政を立て直して裕福になれるとあれば、御家おいえも岩国様も、小五月蠅こうるさい事に構ってはいられますまい。逆に藩内融和の良き機会。」

 この長州藩氏も小役人っぽい外見は仮の姿で、”実は凄いヒト”のようだ!


 「そうですか。それは良かった。」と僕は頷く。

「タングステンはモリブデンと同じように、鋼を強く仕上げる効果を持つのですが、タングステンにはそれだけでなくフィラメントとしての用途もあるのです。」

 僕はポケットから懐中電灯を取り出すと、点灯して見せてから

「この輝いている球の、輝きを放つ部分、これがタングステンで出来ているのです。」

と説明する。「暗い場所で石炭採掘を行うのにも、夜を明るく過ごすのにも、是非とも手に入れなければならない材料ですね。上手く掘り出すことが出来れば、良い商いが出来ることでしょう。」

 そして「タングステンの出る場所からは、銅や錫なども出ます。だけど先々の事を考えれば、金銀よりもタングステンの方がオイシイかも知れませんね。」と付け加えると、長州藩氏はニヤリと頷いた。

 「確かに。鉱山が増えれば、そのフィラメントとやらは、引っ張りだこになるでしょうからなぁ!」

 この長州藩氏は、フィラメントの価値を正しく認識している!

 だから僕は「はい! 坑道みたいな狭い場所での裸火はだかびは、信じられないほど危険極まりないのです。」と炭塵爆発たんじんばくはつ粉塵爆発ふんじんばくはつの危険性を力説する。

「狭い場所に浮遊する埃の濃度が限界以上に達すると、小さな火花イッパツで大爆発を起こします。只でさえ露天掘りでない炭鉱には、可燃性の石炭ガスが溜まり易いので、火種には注意を払わなければならないのですが、可燃性ガスが無い場合でも細かな塵が爆発の原因になる事があるのです。防爆型の電灯は安全のためには不可欠ですね。」


 こんな遣り取りが続いていた処で

「質疑応答も”たけなわ”ですが、皆さん立ったままというのもナンですから、お茶など如何でしょう?」

と早良中尉殿が、如才じょさいなく宴会の司会者みたように途中休憩を提案した。

 「海の見える場所に、菓子と茶を用意してございます。……尤も、茶は緑茶ではなく、ミルクティーではありますが。」





 「ふうむ。その様に、あちらこちらに石炭やら良き石が眠っておるのであれば、何故なにゆえに御蔵様は余技の試し掘りには端島に目を付けられたのでござろうか? いやホント羨ましい限りでございますが。」

と大村藩氏がしかつらで愚痴を言う。「鍋島様も黒田様も、長州様も共に大藩。それに比べれば大村なぞ、米の取れ高の少ない、ちっぽけな藩でござる。我が藩にこそ石炭やら石灰石やらぜにになる石が眠っておって欲しいもの。」

 そして折り畳みのパイプ椅子に腰を下ろした状態で、ミルクたっぷりの甘い紅茶を一口啜って「おう、これは美味。」と舌鼓したつづみを打つ。


 すると平戸藩氏も「その通りでありますな。山ばかりで平地ひらちの少ない我が藩にこそ、と願わざるを得ませぬ。」と相槌あいづちを打ってビスケットを齧り「うむ。この干菓子は甘い茶と合いますなぁ。」と不満の言葉とは打って変わった笑みを見せる。


 端島と高島との間には、中ノ島と呼ばれる無人島があるのだが、その中ノ島と高島とが見渡せる海岸沿いにタープが広げられて、折り畳み椅子と簡易テーブルの(この時代としてはヘンテコな)休憩場所が設えてあった。

 簡易テーブルには、御蔵島酒保謹製の甘酒ビスケットが山と積まれて、コンロには紅茶用の湯がたぎっている。コンロの横の缶は、コンデンスミルクのだろう。


 早良中尉殿は、見学ツアー一同をこの休息所にまで案内すると、石田さん・岸峰さん・雪ちゃんにお茶の給仕を依頼して

「それでは皆様、お茶などお召し上がりになりながら、引き続き御歓談下さい。説明は引き続き片山が行いますので、どうぞ御忌憚ごきたんの無いところを。」と勝手に宣言して「じゃあ片山君、ホスト役を宜しくね。僕と少佐殿は第二幕の準備が有るから。」と、立花少尉殿を連れてどこかへ行ってしまった。

 うぉ~い! ちょっと待ってよ! 第二幕って、いったい何?


 けれども岸峰さんが

「片山くん、説明ケッコウ面白かったよ。皆さん熱心に聞いていらっしゃったし。さ、私はウエイトレス頑張ってみよう。魔性の女給設定で、お侍さんの魂抜いてくるかね。」

と冗談っぽく耳打ちしてきてくれたから、だいぶ気持ちが楽になった。

 気が付いていなかったけど、相当に緊張して演説をぶっていたみたいだな……。


 僕は気を取り直して、大村藩氏と平戸藩氏に

「御両者の御領地内にも、有力鉱脈があるのですよ。」

と話し掛けた。


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