ハシマ27 海岸に転がった石炭片のせいで皆のテンションが上がった件
特大発の艇長は、接岸する前に端島の周囲をぐるりと一周回ってみせた。
島では現在、建設機械やダンプトラックが忙しく動き回っているから、上陸予定者にその全貌を掴んで欲しいという目論見からである。
端島の高地部分にはカンネカズラや茅、低灌木などの植生も存在しているけれども、高い樹木は生えていない。
雨水頼りで真水の少ない痩せた土地だからだろう。
僕たちの時代には『軍艦島』と呼ばれている、コンクリートに覆われた廃墟の島だが、この時代では何の変哲も無い只の無人島である。
――いや、数日前まではそうだった、と言うべきか。
群青の海に白い航跡を引く特大発の舷側から顔を出し、ツアー参加者の或る者は興味深々に、或る者は恐る恐る島を眺める。
島には紅白のポールや測量機器を手にした工兵が作業しているのも確認出来るが、とりわけ目を引くのはやはり重機の存在だ。
牛より巨大なブルドーザーやバックホウが、唸りを上げながら奇怪な動きをしているのを目にして、ここに至って怖気づいてしまった――ともとれる発言をする――参加者が出た。
『長崎役人』と呼ばれる、奉行所関連の仕事に従事している町年寄だ。姓は許されているけど町人階級に属する身分で、だから当然、旗本ではない。
「これは……わたくしには……とても、とても。」
弱気な発言と採ることも出来るけれど、逆に「危険な仕事は、お武家様がなさいませ。そのための二本刺しでございましょう。」と強かに主張しているとも考えられる。
ま、発言した人のことを僕はよく知りもしないのだから、いかなる判断の下においてなされた発言かという評価は差し控えたい。
「上陸しないのは構いませんが、この船は私たちを端島に降ろした後、一旦アッチに向かいますよ?」
岸峰さんが舟艇母艦を指さして、長崎役人に説明する。「掘り出した石炭のサンプル、ええっと、試験資料を運びますから。」
サンプル程度の小口輸送に使うのなら、戦車も運べる特大発でなくとも高速艇か内火艇、あるいは手漕ぎのカッターでも充分なので、これは彼女の脅しだろう。この期に及んで勝手なことを抜かすな、みたいな感じで。
多少は長崎役人氏が可哀そうな気もするけれど、一度動き始めたジェットコースターは、小心者が騒いだくらいでは止められない。いや、止めるのは可能だけれども勝手な行動ばかり取られては、いい加減面倒である。
「あの船の中で、お茶でも飲んで待ってらっしゃいますか?」と、来たくないなら最初からツアーに参加しなければ良かったのだとばかりに、僕も岸峰さんの態度を支持する。「紅茶もサイダーもありますよ。それとも”ぶぶ漬け”でも召し上がられます?」
長崎役人氏がツアー参加に意欲を示して見せたのは、単に牛込氏か本所君あたりに、職業柄ちょっとエエ恰好を見せておきたかった程度の動機だったのだろうけど、主催者側としては次々起こるトラブルに、ちょっと血圧が上がっているんだ。
長崎役人氏は、岸峰さんが指さす海津丸に一人で連れて行かれると聞いて、メチャクチャにビビった。
海津丸は彼が今まで見た中では、最も巨大な鉄の塊だろうし、船というよりはむしろ城郭のイメージであるだろう。
戦艦ではない陸軍特殊船だけど、『浮かべるその城 日ノ本の』という歌詞ピッタリの。
しかも長~いアームのデリックが、下に停まっている大発に貨物を積み下ろしていたりして、正に鉄のバケモノである。
かのアルキメデスは、シラクサ防衛戦の時に”アルキメデスの鉤爪”と呼ばれる梃子の原理を駆使したクレーン兵器で、次々に敵船を転覆させたと聞くけれども、海津丸のデリックならば高島に停泊している千石船くらい簡単に引っくり返せるのは間違いない。
(まあ接近戦になる前に、50口径M2か20㎜機関砲で潰す方が簡単確実なのは言うまでもない。だからクレーン攻撃はあくまでも仮定のハナシだ。銃砲弾を使わなくとも、火縄銃とか焙烙玉しか火器を持たない木造船より戦闘力は上ってことで。)
「いやはや……ご勘弁下さいませ。お供いたしまする。」
長崎役人氏のささやかな抵抗は、これにて潰えた。
その一方で「そうそう。せっかく来たのじゃからな。島を具に見分せぬ手はあるまい。」と黒田家大老一任様はノリノリである。
安芸守さまと武富さんは、顔を見合わせて苦笑している。
端島の海岸には、筏に組んだドラム缶の上に板を渡した仮設の浮き桟橋も出来ていたけど、特大発が着岸したのは玉砂利というよりゴロタ石ばかりが転がっているゴロタ浜だった。
浮き桟橋の方は、高速艇や内火艇なんかの座礁不可の船用なのだろう。
小発動艇やカッターなんかは、浜辺から人力で引きずり上げてしまえるから特に桟橋が無くても大丈夫だし。
ゴロタ石の中には、握り拳大の黒々とした塊が混じっているのが肉眼でも観察出来る。たぶん石炭鉱脈の露頭から剥離崩落した瀝青炭であるのに違いない。
端島では本格的な採掘が始まる前にも、漁の途中に立ち寄った漁師が、カンネカズラ(葛)や”燃える石”を採取していたという言い伝えがあるくらいだから、浜辺に石炭が落っこちているのは不思議でもなんでもないのだけれど、実際に――何げなくといった風情で――鎮座まします『黒ダイヤ』の欠片を見ると妙にテンションが上がってしまう。
「どうかなさったかな? 何やら嬉しそうに笑っておられるが。」
僕のニヤケ面を目にした本所君が、不思議そうに訊ねてくる。
今の本所君はライフジャケットを身に着けた上にヘルメットを被っているから、丸っきり外見が変わってしまっていて、お武家らしさが全く消えてしまっている。
しかもヘルメットは髷の上に強引に装着しているので、なんだか顔が(いや頭が)妙に長くなってしまって見える。話しかけられて、誰だか一瞬分からなかったくらいだ。
「ああ本所様、あの黒い塊、アレも多分石炭なんだと思うのです。」
僕が指さす先を確認して、本所君は支給された軍手を嵌めながら
「ううむ。あれが薪炭に取って代わるという石炭なのか。」
と唸った。「浜にゴロゴロしておるな。拾い放題、集め放題でありますな。」
「ええ。しかも、今落ちている分はホンの一部で、鉱脈を掘り起こせばもっとドンドン出てきます。」
僕たちの会話を耳にした安芸守さまも
「ほんに端島は宝の島よのぅ。我が殿も大いにお喜びになるであろう。」
とご満悦。
だけど大老様は悔し気で
「ええい、鍋島領だけが宝を独占とは口惜しい。」
と割と直球ド真ん中な感想……。「鍋島殿、我が藩にも石炭を回す都合を付けて下さらんか? 掘り手を手配致します故。」
そして言ってしまった後で「いや、はしたない事を口にしてしまい申した。忘れて下され。」と弁解している。
安芸守さまは「殿と相談の上でという事になり申そうが、黒田様とは臨藩同士。それに共に長崎防御の任にある仲。殿もお考え下さりましょう。」と応じた上で
「しかし片山殿、石炭の大鉱脈は端島にしか無い物なのでありましょうか? 燃える石の話は三池村にもあると耳にしましたが。黒田様のご領地にも、どこぞに人知れず眠っているのではあるまいかな?」
と、突然コッチにキラーパスを繰り出してきた。
僕は慌てて「ほら、歩板が下りました。先ずは安全に上陸を。」と誤魔化した。
黒田領の石炭・鉄鉱鉱脈・石灰石のハナシは、それこそ僕の一存では口に出来ない。
「鉱脈の件は、取りあえず採掘現場をご見学頂いた後でユックリと。島ではブルドーザーやバックホウといった大型機械が稼働していますので、今は何より身の安全に気を配って下さいませ。」
これには大老様も安芸守さまも納得で、それぞれ
「いや、確かに確かに。欲の皮を突っ張らせて不覚を取れば、それこそ末代までの恥じゃ。」
「そうでありますな。今は見分の役目に集中せねば。」
と気を取り直し、僕は虎口を脱した。
――ほんの短い時間を稼いだだけだろうけど!
長崎役人氏の小心ぶりを面倒に感じたことへの、バチが当たってしまったのかなぁ……。




