ハシマ24 黒田三左衛門さん=黒田一任氏からちょっとだけ褒められた件
「え~と……。それでは僕が平伏しましょう。」
そう言って、僕は直ぐさま両膝を着くと、調役ウシゴメ・ムネシゲに向かって、これ見よがしに土下座してみせた。額も地面にゴリゴリ押し付けてやる。「記録方の片山と申す若輩にございます。お見知りおき下さいませ。」
江里口さんが「ああ! それでは着座の礼というより、謝罪の土下座になってしまいますぞ。」と慌て、当のウシゴメも「むむ……。これは……ご丁寧に。」と当惑したような声。
そして「拙者が、その……貴公が言われる処の……敬礼とやらを受けられぬと申したのは、幕府から禄を頂戴しておる調役の立場として、諸士法度に定めの無き礼を執り行っても良いものか、と悩んだことによるもの。」と弁解する。
「第一、貴公は帯刀もしておらぬではないか。武士たるもの、士分でない者に対しては、御役目上そう甘い顔も出来のうて、の。馴れは癒着となり、職を汚す元となるであろ? 李下に冠を正さず、そういう事じゃ。」
どうもウシゴメのオヤジさん、賄賂を持って来んかい! とイキっているのではなく、区役所の窓口勤務公務員さんみたように、堅いタイプの人みたい。
『規則ですから。』って事なんかぁ……。
先方の立場が分かれば、理解出来ないハナシでもないけど。あちらも武富さんから、やんごとなき筋の御支配下でありますぞ、くらいの釘は刺されているみたいだし。
僕は立ち上がって江里口さんと牛込氏に一礼すると「ああ、説明が遅れました。」と腰のホルスターから自動拳銃を引き抜いた。「刀は古くなってしまったので、今ではコレが刀に替わるモノになっているのです。」
古狸の武富さんにチラッと視線を飛ばすと、喰えないオッサンはニヤアッとチェシャ猫みたいに笑っている。
「ほう?」と牛込氏は不思議そうに覗き込んで「面妖な形の短筒でござるな。南蛮渡りででもござろうか。」と口にした。
安芸守さまも「刀が古びたと申すは、鎌倉以来の古刀でも差料に佩いておられるか。良ければ儂が備前長船なり、遣わしてもよいが。」と、こちらはちょっと有り難いお言葉。
僕は安芸守さまに深々と頭を垂れて「ありがたき、幸せ。」と御礼申し上げてから「されど、この94式拳銃は正式な官給品にございます。」と理由付きでやんわりと謝絶し、牛込氏に顔を向けた。
「舶来品ではございません。これは我が国にて作られましたる逸品に相違ありません。」
僕は誰も居ない方向の、海際の松の木に身かって拳銃を構えると、遊底を引いて初弾を挿入し、引き金を絞った。
距離約15m。
静止目標だし、これを外さない程度の訓練は積んでいる。
銃声と共に、松の外皮が弾けた。
続けて、弾倉が空になるまで引き金を引き続ける。
6発を撃ち終えたところで空弾倉を引き抜き、予備弾倉を挿入する。
再び6連射。
計12発の8㎜弾を喰らい、松の幹は穴だらけになった。
声も出せない牛込氏に代わって、後ろから剛毅な面構えをした武士がゆるりと歩み出て
「これは見事じゃ! うむ、天晴。」
とベタ褒めしてくれる。「成程、左様な短筒を下給して貰えるのなら、重き刀は不要になるのは必定。我にも一丁、御下賜いただきたいものじゃのう。人は見かけによらずと言うが、……片山氏、その方、なかなかの豪傑じゃの?」
ここまで手放しで褒めてもらって、嬉しくならないハズがない。だいたい僕は、いつも岸峰さんや古賀さんから遣り込められているばかりなんだから。(ミッチェル大尉殿は言うまでも無く、ね?)
僕は「光栄です。」と頭を下げてから、でもやっぱり、と図に乗っていたのを反省する。「しかし、小生の力などではございません。これは、この94式拳銃の性能的アドバンテージによるものに過ぎません。」
――我ながら、小市民的だなぁ……。
(この場合の「小市民」って感想は、本来の『プチ・ブルジョワジー』ではなく、『小心な市民生活者』っていう派生的な意味合いの方のヤツだ。)
豪気な顔のお侍は「ご謙遜、ご謙遜。」と笑うと「黒田三左衛門でござる。」と軽く会釈して自己紹介し、「何やら高島で面白きことが起きていると聞き及んで来てみたのじゃが、予想以上の出来事のようじゃ!」と大きな目で空を見回した。
「あの不可思議な鳳が、遠見番頭の申しておった『すいてい』なるカラクリであろう。人が空を飛べるようになるなどと、心から信じた事など無かったものを。」
……思い出した。黒田三左衛門、すなわち黒田一任。
予習の成果が、ここでも役に立った。
1643年から、黒田家大老に就任している大物である。
1637年には島原の乱で、原城総攻撃の時に負傷しつつも天草丸に一番乗りの軍功を立てている武闘派。
また史実では、1647年にポルトガル国王のジュアン4世が貿易再開を求めて長崎に来航した時に、長崎防衛の責任者となるはずの人物――なのである。




