ハシマ21 インテリジェンスが絡むと階級なんか分かんなくなっちゃうよ! な件
「首尾よく行ったって顔をしているね。まあ、君たちなら上手くやってのけるだろうとは思っていたけどね。」
大声で出迎えてくれた船長さんの第一声だ。「ポーカーフェイスの早良君とは違って、片山君は表情が分かり易いからなぁ。」
甲型艇に便乗させてもらって夕潮に戻ると、すでにタラップが下されていて僕たちの帰りを待っていた。
甲板には船長さんやウィンゲート少尉殿が、身を乗り出す様にしてこちらの様子を窺っている。
高島から上陸部隊全員が、持ち込み機材ごと引き上げるのには、まだ時間がかかりそうだったから、僕とミッチェル大尉殿だけが先行して報告に戻ったのだ。
小林艇長殿は先に海津丸に寄って大尉殿を降ろすと、夕潮に向けて舵を切ってから、ちょとホッとした表情になって
「なあ片山君、あの大尉殿って結局は何者なんだろうなぁ?」と首を捻った。「シャンな女性だとは思っていたけれど、どうも性格はウン・シャンみたようじゃないか。本当に大尉なんだろうかね。」
「さあ……。本当のトコはどうなんでしょう?」と僕も頷く。「大尉どころか、佐官って言われても信じちゃいそうですし。情報部畑の人の事は、よく分かりません。」
しかもですよ、と僕は前置きして「海津丸で出迎えた奥村少佐殿に、立てた親指イッパツで成功を報告してましたでしょう?」と指摘する。
握りこぶしで親指を立てる――いわゆる「サムズアップ」――は、GOOD! とかヤッタゼ! なんかを現す、一般的によく使われる合図には違いないけれど、上官への報告としてはいかがなものだろう? ミッチェル大尉殿がやると、確かに格好良くキマッてはいるんだけどさ。
オマケに、それを確認した奥村少佐殿も――謹厳居士の普段の表情には似つかわしくない『してやったり』という満面の笑みで――サムズアップを返してきたのだ。
「少佐殿が大尉殿の暴走に頭を抱えたってのは、実はウソなんじゃないかって思うんですよ。前以て、しかもかなり早い時期から、少佐殿は大尉殿の本当の身分を御存じだったのではないでしょうか。」
「確かにそんな感じではあった。」小林艇長殿は同感を示すようタメ息を吐くと「じゃ、キミは先に上がって報告を進めておいてくれ。自分は、この艇をデリックで吊り上げなきゃならんから。」と、この件はここまで、という風に話を打ち切った。
夕潮の中央キャビンでは、船長さんやウィンゲート少尉殿の他に、機関長さんや通信士さん、それに水島兵長殿や水偵整備班の人らが興味津々という顔で報告を待ちわびていた。
僕が順を追って事態の推移を説明すると、ウィンゲート少尉殿が
「佐賀藩との交渉は、なんとか上手く進みそうだね。それにしても、その武富というコースト・ガードのボスは、使えそうな人物じゃないか。……もっとも話を聞く限り、相当な――え~っと『トリックスター』は日本語で何と言うんだったっけ?」
「ちょっとウィンゲート君の言ってるニュアンスとは異なるかも知れないけれど、日本語で表現するとすれば『古狸』や『狸親父』になるんじゃないかな。」
そう”トリックスター”を訳したのは船長さんだ。
僕も「そうそう、そんな感じです。」と、小デップリした武富さんの外見を思い出しながら同意する。「見た目からして、なかなかにソフィスティケートされたラクーン・ドッグという風貌ですし。……でも、頼りにはなりそうな人物なんですよ。」
「技術者なら生真面目一本槍の人物が一番好ましいんだろうけど」と機関長さんも腕組みする。「政治をやるなら、硬軟取り混ぜて清濁併せ呑む度量が無いと、事態を丸く収めて先に進めないからなぁ。自分は機関室で機械相手にしてるのが、一番心休まるよ。」と言うと、船長さんに敬礼して「下で待ってる連中に、事の次第を説明してきます。皆、首を長くして報告を待っているでしょうから。」とキャビンを出ていった。
それを契機として、つられたように整備班の人や水島さんらも出て行ってしまったから、中央キャビンに残っているのは船長さんとウィンゲート少尉殿、それに僕の三人だけとなった。
「……ちょっと確認しておきたいんだが。」と、慎重を期した口調で船長さんが少尉殿に問い掛ける。「君も情報畑の人間なんだろう? 本当に”少尉殿”なのかい? よもや大尉とか少佐なんてことは無いんだろうね。」
オーストラリア保安情報機構(ASIO)が成立するのは戦後になってからの事である。
ウィンゲート少尉殿が仮に情報将校であった場合には、この時点で豪州独自のインテリジェンス組織は存在しないんだから、米軍の『軍事情報課(MID)』か英軍の『秘密情報部(SIS)』の人間って事になるはず。
イアン・フレミングが創作した、あの007ことジェームス・ボンドは、MI6のエージェントっていう設定だけど、MI6はSISの内部組織だ。
オーストラリアは英連邦の一員だから、ホントに少尉殿がエージェントならば、007の先輩格って事になるんだけど……。
ちなみにアリステア・マクリーンの『荒鷲の要塞』では、主人公のジョン・スミス少佐(偽名)はMI6のエージェントで、協力するアメリカ軍のシェイファー中尉はOSS所属という設定になっている。
後にCIAに発展的解消を遂げるOSSが出来るのは、第二次大戦に突入してからの事だから、ウィンゲート少尉殿はMIDかMI6の人である可能性はあるんだけど、OSSに所属している可能性は無い。(未成立の組織に所属するなんてことは不可能だからね。)
『荒鷲の要塞』が出て来たところで、ついでに同じマクリーンの『ナバロンの要塞』にも触れておくと、主人公のマロリー大尉は英軍「砂漠挺進隊」所属のニュージーランド人という設定で、相棒のアンドレアは(階級を隠しているんだけど)ギリシア陸軍中佐だ。
情報部の世界を舞台にすると、ホントもう何でもアリだね。
船長さんに問われた少尉殿は、肩を竦めると
「キャプテン、それは買い被りです。機械イジリが好きなエンジニアに過ぎません。父が祖父の時代からの紡績機械の貿易商で、横浜には販売兼修理店を構えていましたから、学校にも日本で通いましたし日本語は得意ですけど。たまに国に帰ると、オージー訛りが無いものだから、ヤンキーみたいな喋り方をするヤツって白い目で見られていました。」
と珍しく自分語りをした。「ま、正直に話せば、リクルートされたことが一度も無いとは言いませんが。」
あ~! ウィンゲートさんが時々喋っている英語は、オーストラリア訛りでなく日本訛りなのか。それで聞き取り易いような気がしてたんだ。
「紡績機って、羊毛ですか?」と僕が訊ねてみると、少尉殿は「そうだよ。オーストラリア産ウール用。」と頷いた。「シベリア出兵に合わせて、防寒装備が大量に必要になったからだね。」
シベリア出兵(1918~22年)は、73,000人の日本軍将兵が連合軍兵士として動員された海外出兵にも関わらず、教科書や参考書のみならず映画やドラマでも扱いがマイナーな気がする戦争である。
出兵に参加した『連合国』は、日本軍以外では
○アメリカ軍 7,950名
○イギリス軍 1,500名
○カナダ軍 4,912名
○イタリア軍 1,400名
など。
この戦争は、独立した単独の戦争というよりも、第一次世界大戦やロシア革命の余波として生じた戦争だから、それらの戦争・騒乱とひとくくりにして考えた方が理解し易い。
1914年に勃発した第一次世界大戦では、ロマノフ王朝の帝政ロシアはイギリス・フランスなどと共に、ドイツ・オーストリア・イタリアの三国同盟を敵として戦ったが、1917年のロシア革命(二月革命+十月革命)によってロマノフ王朝は瓦解する。(皇帝ニコライ2世とその家族は、幽閉された後に1918年に処刑された。)
十月革命によってロシアの権力を奪取したボルシェビキは、ドイツ帝国と単独講和を結んだ(≒降伏した)ために、三国協商側(連合国側)の東部戦線は崩壊し、ドイツ軍は東部戦線に振り分けていた軍団を西部戦線に投入することが可能となった。
困ったイギリス・フランスは、東部戦線側での緊張を高め西部戦線側の圧力を緩和するために、連合参加国にシベリアへの出兵を促す。名目は『ロシア領内に取り残された連合軍側のチェコ軍団の救出』であるが、実際には『ユーラシア大陸東部側(シベリア側)からのドイツ帝国ならびにボルシェビキ・ソヴィエトへの圧力』を期待した戦略だ。
三国同盟側だったはずのイタリアがシベリアに兵を出しているのは、1915年に同盟を見限って連合国側に付いたため。
「ああ成程。それで君の日本語には違和感が無いのか。」
船長さんは少尉殿の説明に納得した”ように”頷いた。
僕も”この世界で生きて行かなければならない”のだから、少尉殿の過去をホジクろうとは思わない。けれども、少尉殿を一度はリクルートしようとした組織が『どこの』陣営なのかには、少し引っ掛かった。
今、訊ねてみても――本当の事を教えてくれるかどうかは分からないし――仕方の無いトコだから、そのまま流しちゃったけど。
「ウィンゲート君の日本語が上手いのには合点がいったけれど、スミス准尉––ああ、今やミッチェル大尉か――彼女の日本語に全く英語訛りが感じられないのは、いったいどうしてなんだろうね?」
船長さんは首を傾げた。「オキモト君ら日系人部隊の面々がそうなのは、別に不思議でもないんだがねェ……。」
船長さんは、別に答えを期待して訊いてみたのではなく、ただ会話の流れとして口にしてみたみたいに見えたんだけど、少尉殿はエンジニアらしく生真面目に受け取った(みたい)。
「ハワイ州や西海岸には、かなり早くから日本人が移民していましたから、日本人社会と近い所で生まれ育ったのでしょう。それならば大尉殿がネイティブに近い日本語を操るのにも納得が出来ます。あるいは自分の様に、幼少期から日本に在住していたか、ですね。」
「言われてみれば、思い出したよ。故郷の街でも、サンフランシスコに一家ごと移民した友人が居たねぇ。」と船長さんが同意する。「逆にロシア革命以降は、東京にも白系ロシア人が多くなったしね。」
白系ロシア人とは、ロシア革命以降、ボルシェビキ政権からの弾圧・粛清を恐れて旧ロシア領内から海外に亡命した人々のこと。帝政ロシアは多民族国家だったから『白系』と称されていても民族的にはスラヴ系であるとは限らない。ザックリいえば『非・赤軍』という感じだろうか。
「ほら、かの怪僧ラスプーチンの娘も、アメリカに亡命を果たしたっていうじゃないか。案外、大尉殿はラスプーチンの末裔だったりして、な?」
今にも吹き出しそうな表情から、船長さんが本気で言っているのではないだろうとは分かったが、応じた少尉殿の冗談は、更にその上を行っていた。
「いや、案外それより重要人物なのかも知れませんよ。例えばロマノフ王朝の関係者とか。」
「ええ? 金庫に保管されてた身分証も、ダミーだって事ですか?」
ビックリした僕が思わず口を挟むと
「いや、情報部なんてモノが絡むと、もはや本当の事が何なのかは藪の中って事だよ。」
と船長さんは首を振った。
ウィンゲート少尉殿も「岸峰君風に言うなら『こうなったら、何でもアリ!』って言い換えても良いかもね。」と笑いだしてしまった。
この時、夕潮の通信士さんがキャビンに戻ってくると
「片山君にスミス准尉……もとい、ミッチェル大尉殿から伝言だよ。『御蔵司令部に、今日の首尾を打電するから、早く原稿を書いてコッチに送れ』とさ。『字数200文字以内で、制限時間は今から30分以内』という条件付だよ。」
とメモを渡してくれた。「大変だなぁ。字数も時間も足りるかい?」
それを聞いて呆然としている僕に、船長さんは笑いをこらえきれずに
「大仕事だぞ。ロマノフの皇女に、カミナリを落とされんようにガンバんないとなぁ!」
と肩をバシバシ叩いてきた。




