ハシマ18 岸峰さん「祟りオババと化す」な件
「代案が、ある、と?」
武富さんがホッとした様子で座り直す。
江里口さんや他のお侍たちも、安堵の表情に変わった。
「ハイ、ございますよ。命は、大楠からの忠告を告げられると共に、我々が木を切らずに済む道もお示し下さったのです。」
早良中尉殿はそう返事すると、次第に足が痺れてきたらしい岸峰さんに話を振った。「お伝えしておあげなさい。」
急に発言を振られて、居ずまいを正そうとした岸峰さんだが、失敗して前のめりになり両手を畳に着いてしまった。
そして足が痺れているものだから、そのままの姿勢で低い声を絞り出す。(足がジンジンしているせいで、痛みに耐えながらだから、期せずして”そんな風”になっちゃったワケだ。多分。)
「……地の底より……石の炭を……掘り起こして、用いよ……との、仰せにて、ございます……。」
強烈なホラーテイストが、本堂内を席巻する。
例えていうなら、この時の岸峰さんは『タタリじゃあ! 八ッ墓明神は、お怒りじゃあ!』のオババ。
岸峰さんが、なまじ美形なものだから、髪振り乱した苦悶の表情に、こう……なんというか『凄惨』とか『戦慄』とか、この世のものではナイ感が引き立つ。
『怪奇 端島に降臨した祟りオババの図』である。
その迫力といったら、岸峰さんの横に座っていた雪ちゃんが、「ひぃ!」と思わず身を引いてしまうくらい。
オマケにミッチェル大尉殿が、オーッホホホホと高笑いをシンクロさせるし!
これ仮に、僕が「えーっと……」とか前置きして暢気に喋べっていたら、武富さんや江里口さんも「そんな事が有ったのですかなぁ。」くらいで終わったのかも知れないけれど、彼女たちの名演技(もしくは語り手役を、足が痺れた岸峰さんにブン投げるという、早良中尉殿の咄嗟の名演出)のお蔭で、強烈なインパクトを引き起こす展開となった。
「おやおや。」
早良中尉殿は眼鏡を押し上げると「どうも岸峰は痺れを切らしてしまったようです。」とマイペースな口調で、目の前の異変にカチンカチンに固まってしまった江里口さんに許可を求める。「失礼か、とは思うのですが、彼女、膝を崩させてもらっても宜しいでしょうか?」
目が点の江里口さんに代わって、佐賀勢の中で一人平然としていた武富さんが「これは、したり。どうぞお楽になさって下さい。いや、行き届きませんで。」と足を崩すよう勧めてくれる。
「ひゃあ、どうも……おハズカシイところをお見せしました!」
横座りになった岸峰さんが、畳に頭を擦り付ける。「長く正座をするのが、苦手なもので。……どうもお騒がせしましたっ!」
「なんだ……。そういう事情でございましたか。」江里口さんもホウっと大きく息を吐いて「拙者はてっきり、この座に神が降りてこられたのかと肝が冷えました。」と苦笑。
そして彼は「地の底にある石の炭とは、筑後の三池村で産するという『燃ゆる石』の事でござろうか?」と目を輝かせた。
「拙者はてっきり『燃ゆる石』は、筑後でしか産しないものだとばかり思うておったのですが、ミッチェル様御一行が、ここ高島にお越しになった事を考えますと、武内宿禰之命は端島にもその『石の炭』が眠っておるとお示しになったのだと推し量ります。――如何?」
「正解です。」
岸峰さんは――まるでクイズ番組の出題者みたいに――満面の笑みで江里口さんの解答にマルを出すと
「燃える石、すなわち石炭は端島の地面の下に、それこそ唸るほど埋まっているのです。端島ばっかしではありません。……この高島の下にも同様に。」と江里口さんにウインクした。
「なるほど。その石炭とやらを掘り出せば、薪炭を購わずとも、今後も伊万里の窯を立ち行かせることが出来るのでございますか。」
江里口さんが感心したように頷く。「さすがは武雄神社の御神託。」
「そればかりでは、あるまい。」
武富さんも腕を組んで大きく頷く。「我が藩に、莫大な富をもたらす事、疑い無し。薪炭を欲しておるのは、なにも我が藩に限ったハナシではないからのぅ。まとまった量を江戸表や上方にまで運べば、飛ぶように売れるであろ。」
それに――と武富さんは吊るしてある洋灯にチラリと目を遣ると
「あの『らんぷ』とやらの明るい事。そして燐寸じゃ。……御蔵様のお力添えが有れば、鍋島は、たちどころに比類なき富強の地となろうよ。殿も親戚筋やらに御遠慮めされずとも良うなりましょう。」
「して、端島での御首尾は如何でございましょう?」江里口さんが石炭産出の状況を質問してくる。「今朝方からの仕事では、まだ調べの人数が入ったばかりではございましょうが。」
佐賀藩の未来は明るい、と感じたらしくウキウキとした声になっている。
「そうですね。確認してみましょう。」
早良中尉殿は江里口さんにそう告げると、雪ちゃんに
「ちょっと尾形君に無線機持って来るよう、頼んでくれるかな?」と依頼した。
雪ちゃんが元気に尾形軍曹殿を連れて戻ってくると、軍曹殿は背負った無線機の送受話器を早良中尉殿に渡して「端島の採掘現場と繋がっています。」と報告。「表土を剥いだら、直ぐに大きな炭層が有って、順調に進んでいるようです。」
「ああ……ハイ、ハイ。ええと、それじゃあ、佐賀藩の責任者の武富さんと替わるから。」
送受話器を受け取った中尉殿は、採掘現場責任者と幾らか言葉を交わすと「端島と繋がっています。アチラの工兵と話して確認してみて下さい。」と、何事ナランと固唾を飲んで見守っている武富さんに送受話器を渡した。(と言っても、無線機本体を背負っているのは尾形さんだから、直接手渡したのは尾形軍曹殿なんだけど。)
「このカラクリにて、半里の彼方にある端島と、話が出来るのでござろうか?」
沈着冷静な武富さんも、無線電話には流石に半信半疑――より寧ろ『全疑』――みたい。
飛行機や戦車みたいに”目に見える”技術には、「そういうモノも原理が分かれば作れるのであろう」と耐性があっても、電波みたいに”目に見えない”技術は、魔法か何かのように人知を越えた超自然現象に思えてしまうようだ。
「そのための道具です。」どうぞ、と軍曹殿が送受話器を押しやる。
『こちら採掘班、聞こえていますか? ――どうぞ?』
目いっぱいにボリュームを上げてある送受話器のスピーカーから、音性が漏れる。
『あれ? 聞こえてないのかなぁ……。 中尉殿、返答お願いします。ア~ア~、聞こえていますか?』




