ハシマ17 全国巨木ランキング6位! な件
「神社の大楠?」
武富さんと江里口さんが、キョトンとした顔で問い返してくる。「いったいぜんたい、何故に?」
そりゃあビックリするよね。加賀百万石との訴訟合戦かと思いきや、神社のクスノキが文句言ってマスって御伽話かよ、と気が抜けちゃうのも無理は無い。
ただ御神木の大楠のことは当然ながら既知のようで「まさか、あの御神木が?」と首を捻っている。
ここは当初、岸峰さんと「Why?」の案を練った時には祐徳稲荷の御神託にしようか、と考えた部分。
祐徳稲荷は、九州では大宰府天満宮に次ぐ初詣スポットであるからだ。佐賀ン者なら、知っててアタリマエだし。
けれども念のために、化学工場の金井さんや造船所の鴻池さん(共に立花小隊の同じ釜のメシを食った仲間だ)に、蔵書の事典で調べてもらったところ、祐徳稲荷の勧請は前身である石壁社の時に遡っても1687年であるという事実が判明。すなわち「未だ存在せず」状態。危ないところだった。
そこで鴻池さんが「武雄神社にしちゃ如何ですかね。ホラ、武雄温泉の近く。遷座は735年だから、コッチなら間違いなく既に出来てるはずだけどね。」と代案を出してくれたのだった。「湯治に寄った温泉場から、ぶらぶら物見遊山に歩いて出掛けたんだけど、そう遠くなかった記憶があるんだ。」
武雄神社になら行ったことがある。
と言うか、佐賀県内では超有名パワースポット。特に大楠が。
御祭神は武内宿禰で、境内(から30mほど離れた場所)にある樹齢3,000年オーバーの「武雄の大楠」は、全国巨木ランキング6位の大物。樹には12畳敷ともいわれる洞が空いて容貌魁偉な外見をしており、写真映りも抜群だ。失礼を承知でBGMを充てさせてもらうなら、ムソルグスキーの『禿山の一夜』なんかどうだろうか?
比較対象として超メジャーな巨木「屋久島の縄文杉」を挙げさせてもらうと、縄文杉のランキングが12位だから「武雄の大楠」の巨木ぶりが分かるだろう。また、縄文杉まで行くには片道4時間以上のシビアな登山が必要なんだけど、「武雄の大楠」なら神社の本殿からほぼ平行移動なので楽チン。
佐賀平野には楠の巨木はこの一本だけでなく、武雄神社から歩いて行ける場所(300~400mくらい)に「塚崎の大楠」もある。武雄市文化会館の横の土手を登った所だ。
大楠に続く藪道が細い(しかも土の踏み分け道)なので、「武雄の大楠」行きの整備された歩道に比べると「これで良いの~?」と不安になるけど、実は視界が開けると直ぐそこに、ニョキっと立っている。
落雷で一部燃えてしまっているため、現ランキングとしては33位なんだけど、注連縄が張られて近くに寄る事が出来ない「武雄の大楠」や、遊歩道の展望台から見るしかない「屋久島の縄文杉」とは違って、クスノキに触れることや洞の中から空を見上げることが出来る。岸峰さん的には、樹にピタっと抱き着いて耳を押しあてることが出来るから、塚崎のクスの方が好きなんだって。
他にもランキング4位(!)の「川古の大楠」が有るんだけど、ここは武雄神社からはチョッと遠い。
まあ、そんなこんなで――
「磁器を焼くには、薪炭を山のように使いますでしょう?」と、僕は話を続ける。「それこそ、山が禿げ上がってしまうくらい。」
佐賀藩が、伊万里焼を焼く窯が乱立していたのを順次藩営の窯に統合していったのは、乱伐による森林資源の枯渇が見えてきたからだ。
木材は一旦無計画に伐採してしまえば、植樹しても次に収穫出来るまでに数十年かかる。
しかも禿げてしまった山は保水力が低下して渇水や土石流の危険が増す上、川から海へと運ばれる栄養分も減る。森を焼くのは、田畑を失い海の恵みも失うのに繋がっている。
そんな事は21世紀を待たずとも、昔から分かっていたことなのだ。現に博多湾に浮かぶ志賀島では、古来より海の男たちが『山ほめ祭』という、山を褒め称える祭事を執り行っていたくらいなのである。
近年でも佐世保市だったか長崎市だったかが、市内で使用する電力を全て山の斜面に設置したソーラーパネルで賄うとすれば、という試算を行ったことがあったみたいなんだけど、環境アセスの結果は『県内野生動物の死滅』だったらしい。(そうでなくとも急勾配地の多い長崎は、何度も豪雨被害に遭っているから、森を切り崩してハゲさせるのは自殺行為だと思うんだけど。)
「まあ、そうですな。」武富さんも、無分別な材木の切り出しには危惧を覚えていたようで「それ故に、藩窯以外の窯を取り締まったのでありますからな。」と頷いた。「かと言って、薪炭に替わるモノは無いから、今だ木々を切り続けずにはおれない訳ではありまするが。」
「名前を出すのが憚られる『さる高貴な筋』から、とだけ知らされているのですが」と、僕は武富さんや江里口さんの目をみながら、声を低くして本題に入る。「やんごとなき御方の夢枕に、武内宿禰之命が御立ちになったそうなのです。」
「武内宿禰之命が?!」江里口さんが、仰天したという声を出す。
但し、これは本当にビックリして畏まっているからなのかどうかは、判らない。
武雄神社の御祭神である武内宿禰は、約300年間くらいに渡って第12代から16代の5代の天皇に仕えた側近中の側近である忠臣とされているし、軍を率いる際の統率力も高く、かつ神託を受ける能力にも秀でていたというスーパーマンとされている。
しかもそのスーパーマンが、『名前を出すのも憚られる さる高貴な筋』である『やんごとなき御方』のユメマクラに御立ち参らせた、と云うのだから――話半分か十分の一にまで差っ引いて考えたとしても――畏まって”みせなければ”ヤバイわけなのですな。
だから多少『?』な部分が有っても、ぐっと飲み込まざるを得ないという……ね。
「はあ。御神木が、肥前の木霊を代表して『全く切るなとまでは言わぬが、今のままでは切り過ぎじゃ。このままでは、ヒトもケモノも滅びよう。』と命に注進申し上げ、命御自らが夢枕に御立ち参らせられた、という流れらしいのです。」
「むう……。左様な次第が。」武富さんが腕を組む。「しかし、木を切るなと言うてものゥ。落ち葉、枯れ枝ばかりでは、民の煮炊きにも事欠きましょう。」
「筑前や肥後から全てを買い求めるとなれば、我が藩の財政は破綻いたします。」江里口さんも頭を抱える。「命は、伊万里の焼き物を止めよ、と申されるのか!」
「滅びたくば、べつに滅んだとて良いのだぞ?」ミッチェル大尉殿が声を張り上げてキツイ物言いをする。「百年もすれば、無人の大地も再び豊かさを取り戻そうぞ!」
佐賀藩側の五人は、急に大尉殿の大喝を受けて、雷にでも撃たれたかのように平伏した。
なんつーか、大声で恫喝するのには、ここしか無いっていうジャストのタイミングだったんだよな。やはり情報将校”みってる様”は機を掴むに敏。タダ者ではない。
これで、対等だった交渉の席に、明確に上下の別が生まれた。
「まあ皆様、そんなに畏まらずにオモテをお上げ下さい。」
対して早良中尉殿は、飄々とした態度を崩さない。「我々は別に、無理難題を押し付けに参上したわけではないのですから、御安心あれ。」
なんだろう。コワモテの刑事と宥め役の刑事とが、二人組になって静・動二枚腰のコンビネーション尋問をやっている最中みたい。
「肥前の守護神たる武内宿禰之命が、代案も用意せずに伐採不可を、お告げになられるわけが有るハズ無いではありませんか。」




