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ハシマ15 陸軍情報部スカーレット・ミッチェル大尉登場の件

 「道が細いから、先には進めません。民家を軒並み押し潰しちゃいますよ。」

 僕は停止したチハの車体をバンバン叩いて、後退を促す。「モンスタームービーの、ビッグモンスターみたく。」

 RKOが巨大なゴリラをスクリーンに登場させて大当たりを獲ったのは1933年のこと。スミスの姐御なら、きっと見ていることだろう。

 チハの車幅は2.3m。ここから見える島のメインストリートの、道幅イッパイイッパイくらいか、それ以上は有る。壁に引っ掛けでもすれば、板造りの建物は一たまりもなく傾いちゃうって。


 「あら? それは残念。このまま高島炭田の場所まで押し通ろうと思っていたのに。」

 姐御は「じゃあ、ちょっと手を貸して。飛び降りるのはレディの作法に反すると思うから。」と涼しい顔だ。

 准尉は、僕の肩を踏み台にしてから砂利の上に降り立つと、腰に手を当てて辺りを睥睨へいげいした。「砲台くらいは有るのか、と思っていたのだけどね。」


 「砲火でお出迎えした方が、ようございましたかな?」

 含みのある発言で、武富さんが応える。「大筒おおづつ棒火矢ぼうひやはございませぬが、鉄砲ならばございますぞ。」

 武富さんの発言に、准尉はニイっと笑みを漏らすと「種子島ではチハの装甲は抜けませんよ。なんなら、試してみられたら如何いかが?」


 二人の間に割って入ったのが尾形軍曹殿で「実証実験は、少し間を置いてからにお願い出来ませんか? 後ろがつかえているものですから。」と背後の浜を指差す。

 「その方が良いね。」と笠原少尉殿も上陸待ちの装甲艇や高速艇に目をやり「水偵をどかして、スペースを空けてこよう。」と桟橋に向かった。


 「軍曹。誘導をお願い。」

 立花少尉殿が車長席ハッチから乗り出して指示を出し、石田さんがチハを巧みに超信地旋回させると、小旗を手にした軍曹殿の誘導で、集落外れの松林に戦車は進入していった。

 ほとんど何気ない素振りといった様子で、ドーザーブレードで低木を押し倒して進む97式中戦車の姿に、遠巻きにして恐々窺っていた島民たちも、引きつった顔から次第に興味深々という表情に変わっていった。

 ホントなら、倒木が腹に閊えてスタックするリスクを避けたいから、あんな無茶はしない方が良いんだろうけど、観衆(特にチビッ子たち)がエラく興奮してるから、サービスとしては上々の出来なのだろう。

 オマケに水偵を離水させた笠原さんが、翼を振りながら低空飛行で人々の直ぐ上を飛んで見せる。

 子供たちは戦車と空とに交互に目を遣って、ワアワア叫びながら走り回った。

 言ってみれば、この時代の人々が想像すらいていなかったような巨大ロボットと飛行メカの競演を、リアルで体感出来るイベントみたいな感じなんだから、熱狂するなという方が無理があるよね。






 「予想以上に派手な上陸になったねぇ。」と、桟橋から歩いてきた早良中尉殿が眼鏡の弦を押し上げる仕草をする。「やれやれ、姫様にも……参ったよ。」

 「中尉殿、一言文句を言ってやって下さいよ。」

 僕は、巫女装束のたもとからキャンディーを取り出して、チビッ子たちに取り囲まれている准尉を指差す。「まあ、友好ムードは高まってますけど。」

 何を話しているものやら、准尉の横で笑っているのは武富さんだ。

 「それがねェ……」中尉殿はレンズに波しぶきが付着したものやら、ハンカチで眼鏡を拭いながら困ったような声を出す。「彼女、僕よりも階級が上なんだ。」


 スミス准尉は只の准尉などではなく、情報部の将校が名前と身分を偽っているのだろうと予想しないではなかったのだが――中尉殿より、上? いや、他の将校に対してエラソーな態度の人だなあ、って感じる部分は多々あったわけだけど。

 「スカーレット・ミッチェル陸軍大尉殿。なんだって!」

 雪ちゃんと一緒に上陸してきた岸峰さんが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔(に成っているであろう)僕に、淡々と教えてくれる。「奥村少佐殿から連絡があったのよ。御蔵司令部に照会して確認済み。米軍棟の機密金庫に、身分証が保管されてたのよ。今までは情報部将校として『目立たないよう』行動していたんだけど、本国に復帰出来る可能性が低い以上、身分を隠す必要も無いだろうからって、大尉の階級をおおやけにする事に決めたんだってさ。」

 「大尉様といえば、飛行隊司令の江藤様と同じ階級でございますな。」と、雪ちゃんも事の成り行きに戸惑っている。「スミスさま――いえ、ミッチェルさまには毎度驚かされまする。」


 「こちらの方々は?」

 戦車の猛威を見て呆けたようになっていた江里口さんが、異国船警固番通辞役筆頭の役目を思い出したらしく、気を取り直して訊ねてくる。

 「あ! スイマセン。僕の上役で、陸軍船舶部隊技術中尉の早良です。」と紹介。

 中尉殿は(彼にしては珍しく)格好良く敬礼を決めて「早良です。通辞役筆頭の江里口殿ですね。」と右手を差し出す。「高島には優秀な切れ者官僚が居らっしゃる、と片山から報告を受けています。」

 握手を催促された江里口さんが、どう対応するのか、と熟視していたら――そこは通辞役筆頭――「しぇいく・はんど」の礼も心得ていて

「おお、Handdurkの挨拶でございますな。」と差し出された手を握り返した。

 そしてミッチェル大尉を見て「須美すみ……姫、何やら『みっちぇる』と異人のような名で、お呼びになられていたようでありましたが?」と首を傾げる。


 「そこは、それ……姫様は『あのような』外見にお生まれになっておられるでしょう?」

 僕は”したり顔”で、それらしい説明をでっち上げる。「『異人顔と言わば言え。それならばワラワは今日を限りにミッチェルじゃ!』と癇癪かんしゃくを起こされまして。」

 中尉殿も真面目な顔で「江里口殿におかれましても、スカーレット・ミッチェルと御記憶下さいますよう、お願い申し上げます。」と頭を下げる。「上役様の耳にも、それとなくお伝え頂ければ。」

 「承知仕った。」と江里口さんは頷き「しかし早良殿も、難儀な方にお仕えですなぁ……。」とタメ息。

 「すまじきモノは宮仕みやづかえってヤツですね!」と岸峰さんが吹き出す。

「……あ、申し遅れましたが私は片山の朋輩ほうばいで、記録方を務めております岸峰と申す若輩。お見知りおき下さいませ。」

 そして横の雪ちゃんを「片山に弟子入りしております、小倉です。」と紹介する。


 「ほお。女子おなごの身で、記録方の仕事を。」

 江里口さんは混乱した顔で、僕に説明を求める。

 そこで僕が「雪ちゃん、記録係の実力をお見せして。」と促すと

「それでは江里口様、師匠とお並びになって下さいませ。」と彼女は肩から掛けた雑嚢からスマホを取り出した。


 雪ちゃんが撮影した静止画と動画に、江里口さんが腰を抜かしそうになったのは言うまでもない。


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