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ハシマ13 軍使でごさる! な件

 地下に莫大な量の良質炭が眠っている高島は、面積が1.2平方キロメートルで、最高地点は島のほぼ中央にある権現山ごんげんやまの標高114m。


 総面積が、御蔵島やほぼ同じ大きさの小豆島しょうどしまの1/100に満たない小さな島だ。

 ただし最高地点の海抜は、御蔵島が1,000mちょっとで小豆島が816mだから、高さ的には1/10の権現山を擁する高島は、御蔵島や小豆島に比べてシルエット的には縦に尖った島であるとも言える。

 それでも高島は、320m×120mしかない無人島の端島に比べれば、20倍ほどの面積を持つ立派な有人島だ。ちなみに端島の最高地点の標高は48m弱。


 佐賀藩の飛び地である高島に、初めて『遠見番所とおみばんしょ』という異国船警備の役場が設置されたのが1642年と、今から3年前くらいの事だから、まだ異国船警備体制の歴史は浅いと言える。

 長崎港からは直線で15㎞ほど離れていて、石炭の発見と採掘とが(歴史通りならば)開始されるのは40年ほど後の1695年の予定。

 発見するのは――どういった経緯いきさつでそうなるのかは知らないのだけど――平戸ひらどの住人で五平太ごへいたという人物らしい。

 僕らは、その五平太氏の歴史上の業績を、横からクスネてしまう事になるわけなのだけど、あと40年も待ってはいられないから、そこは勘弁してもらいたいところだ。五平太さん、ゴメン。


 僕が参考書の一行分でしか見ず知らずの、それに多分まだ生まれてさえいない五平太さんに、なんとなく謝っている間に、端島上空から急行した94式水偵は、早くも着水姿勢を採った。

 スミス准尉が戦車で上陸するのを、急ぎ江里口さんに伝えなくてはならない役目を負っているのだから、妙な感傷に浸ってはいられない。


 高島の周囲を、ド派手な航跡を引いて驀進していた高速艇甲型の雄姿に圧倒されていたとおぼしき人々が、今度は空から接近する94式水偵の機影を指差して大騒ぎになってるのが見て取れる。

 大きなフロートをいた複葉の水上機は、単葉の陸上機に比べて目立つし、しかも94式水偵は3座機だから、同じ複葉機である94式偵察機の倍ほどの長さが有る。


 一部の人たちは水偵を見て、蜘蛛の仔を散らすように権現山に向かって逃げ出したんだけど、50人ほどは海岸近くの浜に踏み止まった。

 士分にある侍が意地を見せたのか、あるいは脚がすくんで動けなくなったのかは分からない。

 けれども中には抜刀している者も見えるから、飛来する怪鳥(?)に怯えている人ばかりでない事は確かだ。


 笠原少尉殿は――離水時とは異なり――スピード重視で乱暴に水偵を着水させ、フロートからは豪快な水しぶきが上がった。機体が水面で何度か跳ねる。

 急な制動で、僕の頭がガクンと前にのめる。座席の安全ベルトが無かったら、額を打ち付けていただろう。歯を喰いしばっていてヨカッタ。舌を出していたら、確実に噛んでいる。


 そのまま少尉殿が、惰性で進む水偵の針路を島の木製桟橋に向けると、3人ほどの侍が刀を構えて突進してきた。

 僕は座席の下に押し込んでいた笠(軍使の目印だ)を取り出そうともがいたが、身体を固定している安全ベルトが邪魔で下を向けない。

 次善の策として、胸ポケットに入れていた杏葉の旗を取り出し、両手で大きく広げると

「軍使だ! 江里口殿は何処いずこられる!」

と絶叫した。


 本当ならば台州城でやったように、まず空からチラシを撒いて訪問の意図を説明してから、しかのちに悠々と少し離れた場所に着水してから接岸し、優雅に上陸という手順を踏みたかったのだけれど、スミスの姐御あねご――准尉殿なんて敬称を付けてらんない!――がメチャクチャなプレッシャーを掛けてくるものだから、一触即発のセカンド・コンタクトになってしまったのだ。


 「静まれぃ! 白刃はくじんにて軍使を出迎えるが、鍋島の作法か! 江里口殿は何処いずくにやる!」

 素早くベルトを外した軍曹殿が桟橋に飛び降りるなり、ト式機関短銃を腰だめにして威圧する。

 軍曹殿から噴き出す猛気が、大刀を手にした武士をもひるませる。

 これが一流の武人が持つという「気をもって押す」という異能か。


 少尉殿も拳銃を抜き、操縦席に仁王立ちになって

「軍使だ、軍使。騒ぐな。」と怒鳴る。「鍋島の紋が見えんのか!」


 公平に考えてみれば、初めて見る飛行機に刀一本で斬りかかって来ようとしたお侍の胆力たんりょくも相当の物なんだが、現代兵器の持つ圧倒的火力差を背景にした軍曹殿と少尉殿の自信が、睨み合いの勝敗を分けた。

 僕がベルトを外して笠を拾い上げ、桟橋に危なっかしく飛び降りた時には、お侍たちは刀を鞘に戻し、少尉殿も拳銃をホルスターにしまっていた。


 「先ほど、江里口様と交渉を行ったカ・タ・ヤ・マと申します。」

 僕は笠をヒラヒラと打ち振りながら、3人のお侍に用件を話す。「お約束通り、御挨拶に参りました。通辞役筆頭の江里口様に、お取り次ぎ願いたく、宜しくお願い致します。」


 「むむ。通辞役筆頭から、そなたの事は伺い申したが……。」

 3人の中で一番年長のお侍が「しかし、急な話よの。」としぶる。「こちらでは、いまだ何も議論が尽くされておらぬし、つい今しがた長崎に使いしたばかりじゃ。」

 「急な訪問になってしまった事は謝ります。」僕は深く頭を下げてお侍の顔を立ててから「しかしながら、急を要する事態が発生してしまいまして。」と猫撫で声で沖を指差す。「あれを御覧ごらんあれ。」


 水偵に気を取られていたお侍たちも、端島の方から特大発や装甲艇が続々と接近して来ているのに気が付いた。「ややっ! あれは。」

 「ええっと、そう。使節団ですよ。友好使節団。お近づきのシルシに、酒肴しゅこうなど用意いたしまして。」

 僕は友好使節で押し通すが、特大発の船上にはチハの砲塔がニョキッと顔を突き出しているし、装甲艇は――まあ見るからに――重武装船だ。どう考えても強襲揚陸第一波だよね……。友好ムード「だけ」を演出するには少々無理がある。


 「しかし貴殿きでん。あの軍船の群れは、如何に見ようとも戦備いくさぞなえであろうが。」

 お侍の言い分はモットモだと思う。規模は小さいけど、装甲艇+特大発という寧波強襲をやった時と同じ構成なんだもの。丸腰でないのは装甲艇が何たるかを知らないでも明白。

 僕は「はあ、そう言われてみれば、そんな風に見えない事も無いですねぇ。」とトボケて見せて「でも、当方の持ち舟って、皆あんな船ばかりなんですよ。丈夫で使い勝手が良い船だと、何にでも使えますでしょう?」とハグラかす。「水汲みから魚取りまで、何にでも。帆もらないし、漕ぎ手も不要の船なんです。便利でしてね。」


 「帆も水夫かこも不要、と申すか?!」とお侍はギョッとした顔をするが、僕が

「ねぇ? 漕がなくって良いんだから、楽でしょう。『竿は三年、櫓は三月みつき』って聞きましたが、その簡単な方の櫓を使うのにだって、まだ慣れませんもの。やっとナントカ、オール――えっと、かいって言うんでしたっけ?――は扱えるようになりましたが、それでも舟がグルグル回っちゃう。」

と話の焦点をボカすと

「漕がずとも自在に動くのであれば、確かに便利ではありましょうな。」

不承不承ふしょうぶしょう頷いた。「如何なるカラクリで左様さよう真似まねが出来るのかは、想像も出来申さぬが。」


 お侍と僕とが桟橋でマヌケな押し問答をしている所へ、よろけるような足取りで近づいて来たのが、会いたかった江里口さんだ。後ろには、小デップリした偉そうな顔の武士が付いて来ている。

 「よもや、と思うておったが、片山殿じゃな。まさか空から舞い降りて来るとは。」

 「不躾ぶしつけな訪問になりまして、申し訳ありません。急ぎの用件が出来てしまったものですから。」

 僕はヘコへコ頭を下げて、アポ無し訪問を詫びる。(ホントは「直ぐに迎えに上がる」と明言しているから、アポ無しって訳でもないんだけど。)


 「いや……それはともかく」と江里口さんは水偵をしげしげ見回し「この船は、くうに浮かぶのじゃな。」と大きく息を吐いた。「半将軍 細川政元は、飯綱いづなの法により、飛行の術を会得えとくしていたと聞くが。」

 細川政元という人物は室町幕府で管領を務めた実力者で、その権勢の大きさから「半分将軍みたいな人」という意味で”半将軍”のアダ名がある。修験道しゅげんどうって、女色を寄せ付けず童貞で生涯を終えたため、空を飛べるようになったと噂され『童貞は飛行魔法が使えるようになる』という都市伝説の原因を作っちゃった変人だ。


 「異端の術を使う怪しいやつばら。そこになおれ。」

目力めぢからを込めて、小デップリした侍が胸を張る。「遠見番所にて、取り調べる。」

 「どちら様でしょう?」と僕が江里口さんに訊ねると、「遠見番頭とおみばんがしら武富たけとみ様じゃ。失礼の無いように。」と小声で教えてくれる。

 江里口さんの上司というか、ここのボスみたいな人らしい。


 僕は江里口さんに頷いて見せてから「電算室頭の片山と申します。」と武富さんに最敬礼して

「軍使でござる。急ぎの用にて参上さんじょうつかまつりました。無礼の件は、ひらに御容赦を。」

と、時代劇の場面を思い出しながら、ぎこちなく挨拶をする。

 ――岸峰さんが一緒じゃなくて、ヨカッタ! 彼女がここに居たら、絶対にフイている。


 「外法げほうを用いておきながら、その方、軍使であると申すか!」

 理解出来ないものを見たせいだろう。武富さんは、こっちを押さえつける様に大声を出す。

 僕は「ハテ?」と首を捻って見せてから「外道げどうの法など、使った記憶はございませんが?」としらバックレる。「もしや、遠見番頭様の申される外法とは『空を飛ぶ事』でございますか?」

 「あたりまえじゃ!」と武富さんは顔を真っ赤にする。「空を飛ぶなど、外法を用いたのに相違そうい無かろう。」


 「お言葉を返すようで、はなはだ恐縮ではございますが」と僕は驚いた顔をして見せて「武富様は、鳥も外法を用いて空を飛んでいる、とお考えになっておられるのですかぁ?」と反論する。「いやはや、驚きました。」

 「何を申しておるのだ。」武富さんはオチョクラれて激怒するかと予想していたんだけど、意外にも”呆れた”という表情を返して寄こした。「鳥とは、飛ぶように生まれついておるから、空を飛べるのよ。」


 ――おや? さっき見せた怒りの表情は、フェイクか。

 ナルホド。白刃突撃して来たお侍とは、格が違うんだな。ライターやビニールから技術力の差を実感して、飛行機のカラクリの秘密を探ろうと、ワザと居丈高いたけだかに出て来ているとみた方がよい。

 つまり『飛ぶように生まれついている鳥が飛ぶのは不思議でない』のだから『飛ぶように出来ているカラクリには飛べる理由がある』だろう。その理由(すなわち原理)を説明せよ、と誘っているんだ。


 「風に煽られて、地面の落ち葉が舞い上がることがございましょう。」

 僕が穏やかに問い掛けると、武富さんは「確かに、そのような事は、まま有るな。」と柔らかなトーンで乗ってきた。

 ふむ。読み通りみたいだ。

 「その船の、先に着いている風車かざぐるまは、強い風を起こすカラクリでございます。」

 僕の説明に武富さんは「ほう……。風を起こすカラクリと。」とプロペラを熟視じゅくしする。

 そして「風車の起こす旋風つむじを、横に突き出た4枚の羽根で受けるのじゃな。……そして、風に舞う枯葉のように、空に舞い上がる……のか?」と、僕の言いたかった事を一発で理解した。

 厳密に言うとプロペラは推進器であり、単にプロペラの風を受けて機体が揚力を得るのとは違うんだが、ここではそんな細かかな説明は必要無い。武富さんや江里口さんに『飛行機は飛ぶように作られているから飛ぶのだ』と分かってもらえたら、それで良いのだ。

 だから僕は「ご明察、恐れ入りました。」とだけ答える。


 武富さんは「なに、片山殿の”たとえ”がよいのよ。」と不敵に笑うと、顎をしゃくって「お仲間が、着かれたようじゃな。」と海上に注意喚起した。「それにしても、物々しい構えじゃて。」

 後ろにチラと目を遣ると、舟艇群は指呼しこの間に迫っていた。

 僕は慌てて「それで皆々さまに、お伝えしたい事がありまして。」と早口で話し始める。「船が着いても、驚かないで下さい。危険はありません。」

 僕の慌てぶりを目にした武富さんは「空飛ぶ船を見たばかりぞ。これ以上に驚く事などあろうか!」と愉快そうに呵々大笑かかたいしょう。「先ほどは、肝が潰れるほど驚きましたが、な。」


 「え~……。乗ってる人物がヤヤコシイ人なのです。ほら、江里口さんも御覧になった。」

 「ああ……。白子の姫か。」と江里口さんが驚いたという顔をする。「美しき姫であったが、自ら高島に来られるか。」

 「はあ。美人なのは確かですし、聡明でもあられるのですけど。」

 僕はゴニョゴニョと口を濁す「少々、ジャジャ馬でして。」


 「少々じゃないよなぁ。」と笠原少尉殿が噴き出す。これまで黙って成り行きを見守ってくれていたのだけど、ここにきて我慢が出来なくなってしまったようだ。

 「着上陸点から、人を避けましょう。」尾形軍曹殿が機関短銃を肩に吊り、雑嚢ざつのうから誘導用の小旗を取り出す。「特大発の前から人をけないと。」

 桟橋で武富さんたちと話し込んでいる内に、遠ざかっていた島民たちも次第に浜に戻ってきていたんだ。

 特大発は波打ち際まで突っ込んで来れるし、揚陸には鉄板製の歩板を艇の前に倒すから、人がたかっていたら事故になる。

 走り出した軍曹殿の後を、僕も持っていた笠を投げ捨てて追っかけた。


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