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ハシマ8 ファースト・コンタクトって緊張するんだよ! な件

 「片山君、やはり防弾衣は止めておくかい?」

 大井艇長殿からの質問に、僕は「ハイ。」と返答する。「落水した時の事を考えたら、やはり救命胴衣の方を選ぶべきかなぁと。」

 陸軍の92式防弾衣は鉄板製だ。火縄銃の鉛玉は跳ね返すかもしれないけれど、着用したまま海に落ちたら海底にまで一直線に沈んでしまうのは間違い無い。

 それならば、出来るだけ戦闘になるのは避ける心算なのだから、テッパンを身に纏っているよりも救命胴衣を着込んでいる方がマシだろう。


 3㎞ほど離れた高島から漕ぎ寄せてくる(たぶん佐賀藩の)艀舟はしけぶね級和船5隻には、大小の刀をいた武士と鉄砲足軽らしい人影が双眼鏡のレンズ越しに確認出来るけど、先頭の舟には笠を掛けた槍が掲げてある。

 軍使のしるしだ。

 アチラさんもコッチの出方を窺っているわけで、いきなり鉄砲を撃ちかけてくる事は無いだろう。

 なにせ装甲艇の背後には、この時代の人間が見た事も無い巨船(夕潮と海津丸)が、SF映画に出て来るエイリアンの母船級UFOみたいに『ででん』と投錨しているのだ。

 僕が緊張している以上に、異国船警固番のお役人サマもビビッているのは、まず間違いのないところ。

 彼らが軍使の目印を先頭に立てているのと同様に、僕も笠を結わえ付けた棒を手にして、装甲艇の舷側に出た。転落しないよう注意しながら、艇の先端へと移動する。

 今着用しているのは一張羅いっちょうらの学生服で、その上にオレンジ色の救命胴衣をつけ、頭には黄色のペンキで塗り上げたヘルメットを被っているから、アチラのお武家おぶけさんの目には、かなり珍妙な装束に見えていることだろう。


 装甲艇の左斜め後ろには、日の丸の旗と杏葉紋の旗を揚げた高速艇乙型が援護位置に着いている。早良中尉殿は、この乙型で待機中だ。

 右舷側には高速艇甲型が並んでいて、軽機関銃を肩から吊るした小林艇長殿が僕に「しっかりやれ!」とでも勇気づけるよう、空いた方の手を振っていた。





 TF-H1は、払暁ふつぎょうに到着するよう時間調整して端島近傍に投錨した。

 付近の水深は、僕らの世界や御蔵島のあった世界と大して変わりがないようだから、御蔵島司令部にあった水路図がそのまま利用できた。


 到着と同時に海津丸からは特大発が発進し、まず最初に貯炭場から選抜された石炭技術者とブルドーザーを揚陸する。

 端島の石炭鉱脈の露頭を確認するのと、バックホウやダンプトラックが行動出来るよう、島の表面を整地するためだ。

 端島の鉱脈は海底深くまで続いているけれども、坑道を深くするには資材も人手も足りないので、出来るだけ露天掘りで石炭を掘り起こす予定。

 端島炭田が本格開発される前までは、野母崎のもざきの漁師が漁業のついでに、露頭の石炭を拾ったり野草を摘んだりしていた程度の利用しかされていなかったとのことなので、御蔵島で消費するくらいの量であれば、海外にまで輸出していた時代のように海底炭田にまで掘り進めなくとも充分だろう。


 夕潮も搭載艇を”へん水”して、佐賀藩からの『来訪者』に備える。

 海津丸の巨体は、役人が詰めている有人島の高島からも丸見えだから、直ぐに使者なり迎撃の軍勢なりが出張でばって来るだろうと想像はつく。

 まあアチラさんは、端島に使者(or軍)を派遣するのと同時に、長崎にも早船を出さないといけないだろうから大変だ。

 しかも無線も無ければモーターボートも無いときている。手漕ぎの舟では長崎まで飛ばしに飛ばしても明日中に戻って来れるのかどうか。最寄りの陸地まで舟を急がせて、後は早馬の駅伝という手法を採るのかも知れないけれど、「軍艦島が見える丘から長崎市内」ってドライブコースは自動車でもソコソコの時間が掛かるわけで。


 「師匠! 狼煙が上がっておりまするぞ!」

 夕潮の中央ロビーに走り込んできたのは、ちと物見に出まする、と船橋に出掛けていた雪ちゃん。興奮のせいで頬が紅潮している。

 高島で動きが有ったのを察知して報告に来てくれたんだ。肩には38式小銃を吊るしている。

 もともと種子島の使い手である雪ちゃんの狙撃の腕は見事なものなのだけれど、もうちょっと落ち着いていてもらいたい。海賊が攻めてくるのではないんだからね。(むしろコッチの方が土足で座敷に上がり込んでいるみたいなものなんだし……。)

 そうでないと、ただでさえ緊張している僕の心臓が、口から飛び出しそうなんだよ。


 「ああ、気付いてもらえましたか。」

 早良中尉殿が飄然ひょうぜんとした口調で、眼鏡のつるを押し上げる。「じゃ、歓迎のシルシに花火でも上げましょうか。水島くん、打上筒で2発ほどポンポンっと景気良くお願いします。高島側だけでなく、野母崎の方にもギャラリーの皆さんがお集まりのようだからね。」

 早良中尉殿が言っているのは、九州本土側の最寄りの高地に、近隣の村民らしい人影が集まり始めているのを指している。付近住民としては、そりゃあビックリするよね。

 水島兵長殿が命令を復唱して退室すると、尾形軍曹殿が

「片山君、やはり使者には自分が立とう。いざ、という事が有るかも知れないから。」

と真面目な顔で僕の目を覗き込んできた。


 尾形さんらしい優しくて有り難いお申し出なんだけれど、僕は内心の不安を見透かされないよう、出来るだけ暢気のんきな口ぶりで

「軍曹殿だと、どうしても歴戦のツワモノ感がぬぐえませんから――ありがたいお話なのですけれども――ここは僕みたく与太郎風よたろうふうのトッポい若者が表に出た方が、先方としても交渉し易いのではないかと思うのです。」

と譲らなかった。


 「そうだよ、尾形君。最初の交渉役は、未来の佐賀からやって来た片山君じゃないと、務まらないミッションだからねぇ。」

 早良中尉殿も僕の主張を支持する。「佐賀に詳しい者同士が話し合いをしているのに、何だか話が噛み合わない――それがハシマ作戦第一段階のきもなんだからさぁ。それに片山君が純朴そうな見た目以上に口八丁くちはっちょうなのは、尾形君も良く知っているトコロだろ?」

 中尉殿の発言は、僕をそれなりに評価してくれての言及げんきゅうなのだろうけど、地味に詐欺師の才アリと言われているようでもある。


 「脳ミソと心臓以外の怪我だったら、どうとでも縫い合わせてあげるから、大船に乗った気持ちで交渉して来たまえ。」と変な太鼓判を押してくれたのが、伊能いのう先生。

 御蔵病院の院長先生が絶大な信を置いている、腕っ扱きの外科部長さんだ。

 僕が顔を出す研究棟ではあまりお見かけしないのだけれども、中谷さんから「完全に死んでいない限り、何とかしてくれるのが伊能先生のスゴイ処だね。」と噂を伺った事はある。「シェリー夫人が書いた小説に出て来るフランケンシュタイン博士みたいな天才外科医だよ。」

 ――フランケンシュタイン博士は、死体を蘇生させてモンスターを創ったはずなんだけど……。

 今回のハシマ作戦では、高坂中佐殿に乞われて遠征隊軍医長役に就かれているんだ。非常に心強い『お守り』である。(いや別に、僕が改造手術を受けて超人に変身したい、とか言うんじゃないんだよ。)


 「用意出来たよ。私も一緒に行くからね!」と、一等船室から岸峰さんが姿を現した。

 なんと白レオタード着用という、思い切った……と言うか『振り切った』ような服装で!

 あのレオタは、彼女がリュックに詰めていたのを知ってはいたけれど、まさかここで持ち出してくるとは……。

 「こので立ちならば、異国船警固番の役人も簡単に手出しが出来ないでしょ?」

 そりゃ驚くよ。うん。


 「天女が現れた、って度肝どぎもを抜かれるのは間違いないね。……それに、見とれてしまうほど、キミが美人なのも再認識した。」

 僕が真正面から絶賛したものだから、彼女は真っ赤になって「かぁ……そんなに褒められると、照れるゼ。」と急にモジモジし始めた。

 雪ちゃんも「おお……。思わず嫉妬を覚えてしまうほど、美しゅうございまする。」と誉めそやす。

 雪ちゃん、ホメ過ぎ。


 「だけれども、キミと一緒に行くのには反対だ。」僕は岸峰さんの同行を却下。「だって、佐賀藩側がトチ狂って飛び道具を使っちゃうかも分からないだろ。人間って狼狽うろたえると冷静な判断が出来なくなるんだからね。驚いてもらうのはハシマ作戦を遂行する上で重要なファクターだけど、適度なラインで止まるようにしないとダメなんだよ。」

 僕の反論に彼女は「ええ? でも、だって……。」と不服そう。

 岸峰さんとは、それなりに深い付き合いだから、彼女が僕だけに危険な橋を渡らせたくないという気持ちは理解している。でもね、僕にだって彼女を危ない目には遭わせられないという決意があるわけだし。

 「理解して欲しいのは、僕とキミとが同時に伊能先生の御厄介ごやっかいになる事態は、避けなきゃならないって事なんだよ。ハシマ作戦をとどこおり無く遂行するためにはさ。仮に僕が退場したら、今度はキミが次の表舞台に立つんだ。主演女優として。」

 岸峰さんは消え入るような小声で「それは……解ってはいるんだよ。」と、納得は示してくれた。

 そこで僕は最後の念押しとして「それと、ちょっとだけ考えて欲しいのだけど」と説得を続ける。

「白レオって水に濡れると透けちゃうじゃないか。落水しないまでも、波しぶきが掛かったら、どんどん透けていくと思うんだよね。佐賀藩の役人とは友好関係を結びたいって考えてはいるけれど、初手からキミのセミヌードを拝ませるほどのサービスをする必要はないって思うんだ。」


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