パラ2 日本兵に誰何を受けた件
「タレカ?」
若者が、もう一度問いかけてくる。
映画や小説の情報が正しいなら、これは「誰何」というものだ。
夏向きの果物やプリペイドカードの一種ではない。警備兵が歩哨任務に就いている時に行う行為で、不審人物に対する問いかけだ。
三回呼んでも返事をしなかったら、撃ってもよい事になっている。
もう二回呼ばれているから、僕たちがかなり不味い立場にあることは、想像がつく。
だけど、余りにも現実感が無い出来事だから、僕は「エッ?」と言ったきり、言葉に詰まってしまった。
しかし若者は、三回目の呼びかけを行うのを躊躇った様子で
「困ったな。やはり日本語が通じない。」
と戸惑っている。
若者の言葉を聞いて、岸峰さんは、僕からひょいと離れると
「ここは、日本なんですか?」
と、銃を向けられているにも関わらず、大胆にも若者に問いかけた。
――これは、やばい!
なんだか彼女は現状認識が出来ていないようだ、
ところが、現実味が無かったのは先方も同様だったようで、若者は、あからさまに嬉しそうな様子になり
「君たちも、日本人か!」
とライフルの照準を外した。
警備兵がこんな事で良いのか? という疑問が、自分の立場を忘れて一瞬頭をよぎるけれど、岸峰さんが正統派の美少女であることが一役買っているのに違いない。
もしも僕が同じ行動をとっていたら、撃たれていたのかもしれないのに。
「大戸平高校の岸峰純子と言います。なにがなんだか全然分からないんですけれど、これドッキリ……じゃないですよね……。」
理科実験準備室だけを残して、高校を丸々一つ消してしまうドッキリなんかが、有るわけがない。
しかも、ビックリしているのが、お笑い芸人でもアイドルでもない、ただの高校生二人だけ、なんて言うシチュエーションとか意味不明過ぎる。
「あなたの言っている、ドッキリの意味は分からないけれど、ここが日本なのかどうかは、自分にも分かりません。この状況が発生する前には、港の先には四国が有ったのですから。」
港の前に四国が有った? じゃあ、この港は瀬戸内海沿岸のどこかに有った?
僕は「同じく、大戸平高校の片山修一と言います。」と自己紹介してから
「大戸平高校は、佐賀県にある高校です。元々四国は見えません。」
と付け足した。
「ここは佐賀なのか!」
彼は早合点したみたいだけれど、多分、間違いなく違う。
「僕たちは、今の今まで高校に居たのですが、ここは僕の知っている地元とは違い過ぎます。学校近くの海と言ったら有明海の干潟で、水平線が見えるような海ではないのです。」
「……そうか、まるで海野十三の空想科学小説か、おとぎ話に巻き込まれたかのようだね。まるっきり状況が掴めない。」
今にも頭を抱えてしまいそうになる若者に
「何だか、これって異世界転移?」
と岸峰さんが止めを刺した。
「イセカイ……テンイ?」
聞き慣れぬ言葉に戸惑う若者に、彼女は異世界転移の何たるかを説明する。
「縁もゆかりも無い時空間に、無理やり放り込まれてしまう事です。」
彼女の説明は、どこかオカシイ気もするけれど、若者の心には響いたようで
「それだ!」
と激しく同意した。
「水島! 何か有ったのか?」
押し殺した声で、慎重に接近してきた人物は、短機関銃を構えている。
日本軍が「一〇〇式機関短銃」という銃を開発していたのは知っているけれど、一〇〇式はバナナ弾倉が左横に付いているのが特徴だ。
彼が抱えているのはドラム弾倉だし、どう見てもアメリカ製のトンプソン短機関銃に見える。
それも軍用というよりは、ギャング映画で出て来るようなタイプだ。
「伍長殿。邦人二名を保護しました。」
若者が、短機関銃の人物に、敬礼をして返答する。
そうか、歩哨任務に就いていたこの若者は、水島さんなんだ。あんまり戦闘向きには見えない人だけど、特技が竪琴だったりするのだろうか。
対して短機関銃の人は、下士官で水島さんの上司(上官というのが正しいのかな?)らしい。
伍長殿と水島さんを比較すると、伍長殿の方が軍人らしい感じがするけれど、それでもガチ軍人という雰囲気ではなく、穏やかそうな人だ。
僕は伍長殿に
「高校の理科準備室から外に出たら、こんな所へ出てしまいました。助けて下さい。」
と、とりあえず救助要請してみた。
自分たちと同じくらい戸惑っている水島さんよりは、伍長殿の方が状況が掴めているかも知れないし。
「どこから、ここへ?」
伍長殿の質問に、岸峰さんが「佐賀の大戸平高校です。」と答える。
しかし、岸峰さんの答えは、伍長殿の期待した内容とは違っていたようで
「いや、そうじゃなく、どこを通って、この場にたどり着きましたか?」
と、彼は言い方を変えて、もう一度質問をやり直した。
「崖にある扉からです。」
僕は背後を指さして、伍長殿に伝えた。
改めて、僕たちが出て来た扉を視てみると、苔むしていて一瞬そこに扉が有るのが分からない。
まるでカモフラージュされているかの様だ。
「入ってみよう。付いて来てくれるかな?」
伍長殿の提案に、僕は頷いた。
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登場人物
片山修一 大戸平高校2年 生物部 詰襟学生服の少年
岸峰純子 大戸平高校2年 生物部 セーラー服にポニーテールの正統派美少女
水島二等兵 ライフルを装備した歩哨
尾形伍長 サブマシンガン装備の下士官