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ハシマ6 1659年に鄭成功が大敗した「南京の戦い」の経緯をメモに残しておいた件

 ――眠い~。


 座敷童の古賀さんから「片山サンは、どうせ長崎に着くまでは船で寝ているだけなんでしょうから、ニュースネタは明日の朝までにまとめておいて下さいね。裏取りは、コッチでやりますから。」なんて命じられてしまったために、昨夜は徹夜だったからだ。

 麦芽アミラーゼによる麦芽糖の製造みたいな、偶然拾ってきた小ネタも、文章にしようとすれば結構時間を喰う。(シェフの嗜好品充実に関する目論見みたいな努力も、その情熱コミで伝えたいからね。だって美味しい酒饅頭を作るのにだって、皮の製法一つ取り出してみても、あれだけの工夫が注がれているんだよ?)


 また鄭芝龍に関するオフレコ事案みたいなものも――僕の身に何か不測の事件・事故が起きて――御蔵島まで帰って来れない事態も頭に置いて、彼女には『マル秘』扱いのメモを残すことにした。

 『何かあって記事にする時には、中佐殿と中谷医師から許可を得ること』と冒頭に明記して。

 無事に帰ってくる心算だし、危険は大陸で戦闘参加するよりも低いだろうとは思うのだけど、「絶対」ってのは有り得ないと考えたからだ。


 同じくずっと頭に引っ掛かっていた、1659年7月22日からの『南京の戦い』で、鄭成功が大敗した経緯についてもメモをこしらえる。

 今の南明軍が南京(応天府)に到達するまでには、この世界でもまだ時間が必要だろうし、メモに起こしたネタは世界史の参考書の短いコラム欄だから、詳しくは僕にも分かんないんだけれど。

 この1659年の南京攻略戦で、鄭成功が動員した兵力は10万以上。


 南明朝は、最初の鄭芝龍が主導して行った北伐(1646年)では、悪天候や疫病により舟山群島付近で挫折し、隆武帝(唐王)が福州で捕らえられた(後に北京で処刑)上に、黄道周や鄭成功との意見の対立から鄭芝龍は清に降伏するという結末を迎えていた。

 グローバルな視点でモノを見るリアリストの鄭芝龍にしてみれば、南明朝という組織でのこれ以上の抵抗は、民を疲弊させるだけだし明朝の再興は不可能という読みだったのだろう。

 しかし国姓爺こと鄭成功は、父と絶縁して抗清戦争を継続、桂王を皇帝に担いで温州で兵を集めた。明朝に忠義を尽くす鄭成功にしてみれば、父の採った選択は反逆行為にしか見えなかったのだろう。


 再び北伐を開始した鄭成功軍は水軍主体。彼は艦隊を率いて揚子江(長江)を遡上すると、南京を包囲する。

 この時、南京防衛の総兵(軍団長)だったのが梁化鳳りょうかほうという人物で、梁化鳳は南京城の『神策門』を開いて騎兵による突撃を敢行、包囲していた鄭成功軍を奇襲する。

 奇襲は成功し、鄭成功軍は上陸していた包囲兵力が壊滅した上に幹部級の人材を多数失い、この戦い以降は清に対して積極的な攻勢を掛けることが不可能になった。


 梁化鳳の突撃が成功したのは、神策門が表面をせんと呼ばれる灰色レンガで、壁と区別が付かないようカモフラージュをほどこした門だったからで、鄭成功軍はそこから敵が突出してくるとは思わずに油断していたのがその理由だ。

 このように、壁のようなカモフラージュを行ってそれと分からなくしておき、包囲された時に攻城軍相手に攻撃隊を繰り出すための特殊な門を『突門とつもん』という。

 漫画版の『風の谷のナウシカ』を読んだ事がある人だったら、土鬼どるく軍相手の籠城戦で、クシャナが城壁を爆破して突撃路を作り、土鬼軍の攻城砲を急襲するくだりを覚えていると思うけど、南京城には予めその突撃用の『突門』が用意されていたという訳だ。


 今回の戦役では、梁化鳳が南京防衛の責任者に就任するかどうか未だ分からないし、戦争の経緯もこの先どう転んで行くのか何とも言えないから、鄭成功や鄭芝龍に南京の突門に関する厳重注意をしておくのが必要かどうか、今まで僕には判断出来なかった。

 何しろ梁化鳳が突出攻撃に使ったのは、『神策門』ではなく『儀鳳門』だったという説もあるような事もあるわけで。

 それに(あるいはそれ以上に)極端な懸念を上げるとすれば、この先、御蔵島が南明朝と対立して清と手を結ぶという可能性だって無いとは言い切れない。――揚子江以南で南明朝が安定政権を打ち立て、南明朝幹部が御蔵軍を「目の上のこぶ」だとうとみ始めた場合なんかだ。

 鄭芝龍は台湾のオランダ東インド会社とは交易する道を選んだが、鄭成功は東インド会社の拠点であったゼーランディア城を攻め落としている(1661~62年)くらいだからね。

 だからボカした言い方をちゃって誤解を恐れず言い切ってしまうと、鄭成功は『~であらねばならぬ』系の独善的理想主義者で、『地獄への道は善意というタイルで舗装されている』という行動を起こすタイプなんだと思えて仕方が無いんだ。


 このへんの微妙な考察を交えた想像は、高坂中佐殿に意見具申するよりも、早良中尉殿あたりに相談してみるのが適当な行動だと解ってはいるんだけど、早良中尉殿は台州戦線からこのかた、寧波・舟山方面で活発に活動しているみたいでディスカッションする機会が無かった。

 それで意見具申メモとして書き上げた物は、先のオフレコメモと同じく古賀さん宛ての手紙として残しておく事にした。――『内容を吟味ぎんみした上で、必要と考えられるならば片山の意見として中佐殿に提出して欲しい。』と添え書きをして。

 考えてみると、こんなメモを残す相手として座敷童を選んだというのは(他に適切な人物が居ないというのもあるけど)彼女の能力――あるいは人物――を今は相当信頼しているのだなぁ、とつくづく思う。


 これらのモノを仕上げるのには、結局明け方近くまで掛かって、岸峰さんには僕が電算室の卓上スタンドを点けたままだから眠れなかったみたいで悪かったけど、彼女は特に文句も言わずに僕の書いたメモを読みながら

「何だか遺言みたいだね。戻って来るまでには解決してなさそうな事だから、無理して仕上げなくとも良かったようなカンジだけど?」

と微笑んだ。「まあ雪ちゃんは今夜は看護婦寮に寝ているし、誰に迷惑をかけるでもないから良いんだけどね。」

 そして彼女は「熱いお茶でも淹れよっか。」と急須を手にすると、給湯室へと降りて行った。


 けれども『船に乗ったら長崎までは寝てればいい』という座敷童の見立ては大きなマチガイで、僕と岸峰さんと雪ちゃんの三人は、船室こそ一等の個室(2人部屋に3人寝るんだ)を宛がってもらったんだけど、戦闘配置時の受け持ちは96式軽機関銃小隊予備分隊ってことで、機関銃を抱えて『夕潮』の船内を右に左に駆け回る訓練をする段取りになっていた。

 分隊指揮官が岸峰さんで、銃手が僕。雪ちゃんは弾薬手だ。岸峰さんはM1カービンも装備する。


 軽機関銃小隊は、僕らの予備分隊を含む4個分隊から成っていて、小隊指揮官は兵長に昇格した水島さん。

 僕らの予備分隊以外の正規分隊には、あと二人M1ライフル装備の警戒手が所属しているから5人で1個分隊の編成。

 だから水島兵長殿は18人の兵を指揮することになる。

 いや~、水島兵長殿は初めて『扉』の外で出会った時の水島さんとは別人のようで、古参兵の風格が漂ってくる。舟山戦・寧波戦で修羅場をくぐった経験の賜物だ。


 兵長という階級は、軍人を『将』『兵』に分ける時の『兵』の最高位。伍長からが下士官で『将』となる。だけど予備伍長というか、ほぼ下士官としての役割を担う。

 だけども元からの軍人が少ない御蔵軍においては、今では格から言えば曹長が軍曹にあたるだろう。

 (だって最上位が高坂中佐殿の中佐なんだからね。中佐殿の指揮下の兵力を考えれば

中佐→大将か中将

少佐→少将

大尉→大佐

中尉→中佐

少尉→少佐

准尉→大尉

曹長→中尉

軍曹→少尉

伍長→准尉

兵長→曹長・軍曹

上等兵→兵長

一等兵・二等兵が、いわゆる兵の区分

というのが、格として妥当な気がするんだ。)


 けれども僕たちと話をする時の水島さんは、初見の時そのままに「あれから一月も経っていないんだよねぇ。なんだか懐かしい気もするけど。」なんてニコニコしている。「岸峰さんなんか、将校の威厳が出て来たみたいだねぇ。」

 けれども「戦闘配置訓練は、あくまでも非常時に、どこをどう通ればどこに着くのかを確認するのを主目的として参加して欲しい。船内の構造を把握するためだと思ってね。片山くんたちの任務は、端島はしま到着後の交渉ゴトなんだから、それを忘れて無茶をした挙句あげくに怪我なんかしないように!」と穏やかに釘を刺すのは忘れなかった。


 結局、僕も岸峰さんも一等船室で寝るどころか、早朝の出港から昼の休息に入るまで、機関銃(弾は抜いてあるけど)を抱えて、階段やらデッキやらを走り回ることとなって

「だからキミは見通しが甘いって言われるんだよ! 早く寝ておけば良かったジャン!」

と、食堂で岸峰さんから御叱おしかりを受けるハメになってしまったのだった。


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