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寧波攻略戦2

 鄭芝龍は舟山空港から寧波飛行場に帰着する前に

「一度、寧波の街の上を飛んでもらえないだろうか。」

と轟中尉に依頼した。

 高坂中佐から見せてもらった『写真』なる画像を疑う訳ではなかったが、自らの目でもじかに街中の建造物配置の距離感や、それ以上に市中の『活気かっき』を確認しておきたかったからである。


 中国の戦では古来、敵の発する『気』の立ち昇り方が戦局を左右すると考えられてきた。

 「望気ぼうき」などと言うと非科学的なように感じられるかもしれないが、乾季であれば歩騎の大軍勢が移動すれば土埃つちぼこりが上空を曇らせるように舞い上がるし、攻撃準備で夜間に篝火かがりび松明たいまつを盛んに燃やしている場合には、遠い敵陣であっても赤気しゃっきが夜空に映って感じられる。

 望気という術には、それなりに合理的な理由が存在する場合もあるのだ。


 「了解しました、閣下。」

 轟中尉は寧波港上空を通過すると、そのまま市街方面へと飛行を続けた。

 予定では舟山空港から寧波飛行場にダイレクトに帰投する飛行計画だったから、一応「鄭将軍の要請により、市街を偵察。」と機長席の無線電話で、寧波飛行場には意図を伝えておく。


 『寧波飛行場、了解。』

 中尉の通信に対して、寧波の管制官役下士官から、直ぐに返答が戻ってくる。

 98式直協機の無線電話システムは、米国製品に換装してあるから非常にクリアな音声である。


 「空を舞いながら、地上とちょくに話が出来るというのは素晴らしい。……これでは呉三桂めの動きも、丸で筒抜けでありますな!」

 ヘッドホンで轟と管制官の遣り取りを傍受していた鄭芝龍が感心する。「我々の船にも載せたいものだが、カラクリの仕組みも載せるのに必要な条件も全く分からない。残念な事だ。」


 「電気を起こして電波というモノを遣り取りしているのです。300年ほど先の技術になりますから、一足飛びには、なかなか。」

 轟中尉はそう答えると「閣下、見えて参りました。」と前方に注意を促した。


 寧波港から市街へと至る街道の、市中へ通ずる橋の手前2㎞ほどの場所に、塹壕線と土嚢で構築された野戦陣が睨みを効かせている。

 塹壕から頭だけを出しているのは95式軽戦車で、土嚢壁の後ろに控えているのは41式75㎜山砲(連隊砲)だ。

 ハミルトン少佐は港の城塞攻略後、機甲戦力をこの位置まで前進させて、寧波の呉三桂に圧力を加えているのだ。

 勿論、兵数的には攻城側の戦力の方が圧倒的に少数だから、突入しての市街戦は行えない。

 山砲の平射で、城門ほどの厚みが無い市街の門扉もんぴや煉瓦塀を破砕して、戦車や装甲車を乱入させれば市街の一部を占領するのは難しくないだろうが、市中全域を押さえるのには『クイーンズ・オブ・バトル』と称される歩兵の『数の圧力』が必要だった。

 これが凡将相手の戦いであるならば、敵に厭戦気分を充満させて、突入即降伏の状況を作り出すのも可能であったかも知れないが、呉三桂という『核』が守城側を強固に統率している以上、下手に攻城戦に入れば思わぬ返り血を浴びる可能性が高かった。

 それで御蔵軍寧波遠征部隊は、ライオンが草食獣の群れに狙いを付けるように、少し離れた位置から獲物の動向を観察していたのだ。

 但し御蔵勢の塹壕線の背後には、鄭芝龍軍の大軍勢が港からの道を経て続々と到着し、戦機は急速に熟しつつあった。

 これが市街西側の情勢である。


 市街北側は、装甲艇や機銃装備の武装大発の遊弋ゆうよくにより、甬江運河の制水権の確保が完了している。

 こちら側にも大発や小発のピストン輸送で、南明軍が兵力を充実させつつあった。

 防御側の小うるさい小火器は、57㎜砲や擲弾筒が見つけ次第制圧してしまうので、攻撃陣の構築は順調に進んでいる。


 市街東側は、上虞しゃんゆーに向かう街道で、清国勢にとっての退路であるから定石通りに空けてある。

 守城側が窮鼠きゅうそ猫を噛む反撃を画策することが無いように、との安全弁である。

 ただ呉三桂が撤退を選ぶ可能性は――彼が健在で在る限り――少ないであろう。

 何故ならば、呉将軍は清国摂政ドルゴンからの信頼が厚いとは言っても元明国軍の降将であり、万全の立場であるとは言い難い。南京にいる皇族のドド将軍から死守を命じられていれば、命令に反する行動を採った場合、重い処罰を受ける可能性は低くない。

 それ故、退路が空けてあったとしても、呉三桂にとっての『寧波』は袋小路ふくろこうじの行き止まりなのである。


 市街南側には、西口に到着した鄭芝龍軍の一部が、早くも進出しつつあった。

 主に騎兵だが、御蔵軍のオートバイ歩兵と武装ジープ隊が先導している。

 後ろには長く槍兵の隊列が、駆け足で続いていた。

 仮に呉三桂が手持ちの騎兵500で突出攻撃を行わせるならば、この長く伸びた歩兵の隊列を横撃するのが効果的であるだろうが、市中にその気配は無い。

 ――呉三桂めは、この隊列を「虎の子」の騎兵を誘い出すための餌だと考えておるのであろう。

 鄭芝龍は、敵将の判断をそう解釈した。

 ――歩兵の100や200をませても、飛び出した騎兵を『凧』で始末すればよい。そう、我が考えているであろうと思っているのだ。

 「慎重なことだな。」

と思わず口に出してしまった鄭芝龍に、轟中尉が「あまり不用意に市街地の壁に近付いてしまうと、大型鳥銃で狙撃されてしまう可能性がありますから、距離を取っているのでしょう。勝ち戦の前に、無用の犠牲は出したくありませんし。」と返答する。

 50口径M2重機関銃の射程距離と制圧力を熟知している轟には、開けた平地で火力を持たない敵の突撃を受けても、敵先鋒をM2で叩いてさえしまえば、後は明国騎兵の反撃で殲滅してしまえるのでそれほど脅威ではない、という考えが頭にあるから、『慎重』という鄭将軍の発言に対する誤解釈が生じたのだ。

 「なるほど。それはそうですな。」

 鄭芝龍はこの熟練の『凧』の操り手に、彼と自分との『慎重』という言葉を使った意味の差を解説する必要性よりも、既にこの戦が「勝ち戦であると断ずる」その解釈の差が生じた「武力もしくは兵器の差」に対する自信と信頼とを興味深く感じた。

 そして、ふと、独り言を口にするのに――よく見知っている言語であるとはいえ――自国語ではなく日本語を使ってしまった不思議さに、思わず驚愕したのだった。


 寧波飛行場に着陸してから、轟は鄭芝龍に

「将軍閣下、清国守備隊の闘気を如何読み取られましたか?」と質問した。

 鄭芝龍は飛行服から明国将軍の鎧姿に着替えながら

「ふむ。……呉三桂めは、少しばかり手綱たづなを締め過ぎておるようですのぅ。彼奴きゃつの老練さから考えて、無謀な手を打っては来ないとは思っておりましたが、固く守って長く持ちこたえる事だけを目指しておるように感じました。山海関で長く清の南下を防ぎ切っておった戦の再現を狙っておるようですかな。」

と答えた。

 そして残念そうに首を振りながら「今度こたびの戦は、今までの知識や経験が全く通用しない相手と戦うのだ、という根本の部分が分かっていない。」と付け加えた。


 前進司令部に入った鄭芝龍は、明朝に攻撃機による爆撃で敵中枢を叩くという、高坂中佐との約定をハミルトンとジョーンズの両少佐と確認したが、両少佐には無線連絡によって既に知らされていた内容なので、何の異議も出なかった。

 ただハミルトン少佐からは「爆撃完了後、敵中枢を殲滅した直後のタイミングで、敵の混乱に乗じて市街制圧を行う行動の可否について、将軍閣下は如何なる考えをお持ちなのでしょうか?」という質問が出た。

 ハミルトンは

――ルテナン・カーネル(中佐)や早良は、攻守両方の被害を少なくするために、再度降伏勧告を行うか守備部隊の上虞撤退を促して、なるだけ無血に近い形で市街を解放させる腹心算はらづもりだろう。

と読んでいたからだ。

 清国軍守備隊が指揮中枢を失った場合、直後に強行突入を行えば、仮に抵抗が有っても組織的なものには成り得ず、散発的なものになるだろうという事は容易に想像が付くが、その代わりに部隊によっては最後の一兵まで頑強に抵抗を継続するという事態も起こり得る。だから、敵が抵抗する意思を喪失するよう働きかけを行うための「」が必要なのだ。

 ただし、それは言ってみれば御蔵軍としての読みや都合であり、明朝回復のために戦っている鄭芝龍軍の考えや流儀とは異なっている可能性が無いとは言えない。一刻も早く南京を落としたい南明軍の将としては、寧波に関わっている時間を短縮するため強襲を選択しても理解出来る範疇である。

 高坂中佐は、そのあたりを鄭将軍との間で「すり合わせ」ているのは間違い無いが、この車騎将軍閣下がその案を履行する心算かどうかは、現場指揮官の立場として確認しておきたい処だったのだ。


 「寧波が降伏するのを、あるいは寧波から清国が退くのを待つべきでしょう。」

 それが鄭芝龍のハミルトンに対する答えだった。

 「崩壊した敵軍の混乱に巻き込まれるのは、馬鹿馬鹿しい事だと言えます。我々は、相手が白旗を上げるのを待っていればよい。……そう長く待つことはないでしょうからね。それに、出来れば清国軍の一部分には――別に一部分とは限らず、全軍でも構わないのですが――上虞に逃げて寧波で起こった出来事を伝えて欲しいと考えているのです。」

 鄭芝龍は一度言葉を切ると、ハミルトンとジョーンズの目をジッと覗き込んで

「呉将軍がどの様な最期を迎えたのかを伝える事は、今後刃を交えるであろう清国軍の将帥全員に、どんなに厚い壁に守られていても、また身の回りにどれだけ大勢の逞兵ていへいを集めていても『安全ではないのだ』『いつ頭上から死が降り注いでくるのか見当も付かないのだ』という重要な教訓を教え込むことが出来ます。」

と告げた。「それは今後の戦に、大きな役割を果たすでしょう。」


 ジョーンズ少佐は鄭芝龍の見解に頷くと

「それでは、明朝までは通常の攻城戦の段取り通りに、攻城櫓の建設や突入路用の盛り土運びを行って、相手に今まで通りの戦争を行う準備をしているよう、見せ付けましょう。無駄といえば無駄な作業なのだが、欺瞞ぎまん工作としては手抜きが出来ない工程です。」

と伝えた。


 「そうですな。」と同意を示した鄭芝龍が、周囲の配下に「伝令を出せ。」と言うのをハミルトンが

「閣下、お待ちください。」

とどめる。

 怪訝けげんそうな車騎将軍に、ハミルトンは「閣下は、ここで指示を出していただくだけで良いのです。」と説明する。

 「各方面には、通信隊を随伴させております。ここで命令を下してくだされば、即座に指示内容が伝達される事でしょう。」


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