合流3
寧波港に到着した時、鄭隆の親衛隊長である典は、驚きのあまり落馬しそうになった。
――城が消えているではないか! いや、御蔵勢の使う魔法のような「技術」というヤツの凄さは、散々目にしてきてはいるが、なんと堅固無双の城塞を掘りこぼちてしまう程とは!
寧波城が築かれていた跡地を、我が物顔で動き回っている鉄牛・鉄馬の群れを見て、典の率いている騎兵も騒然としている。
一方で、小倉隊の兵は御蔵勢の船から「技術力の差」を如実に読み取っていたから
――斯様な事まで、自由自在であるのか。凄いことではあるな。
と、目の前の光景を恐れるより、むしろ痛快に感じ入っていた。
船乗りというのは――当然様々な迷信を持っていたりはするのだが――正しい操船が正しい航海に結びつくのを知っているリアリストである。
間違いを起こせば「板子一枚下は地獄」の世界で暮らしているのだから、陸の人間よりも「技術」や「知識」に対する信奉性が高い。
防御用の要塞が無くなった代わりに、巨大な桟橋が海に向かって伸びているのを見て、海に生きる者として「我が意を得たり」と共感する者の方が多かった。
典が趙や藤左ヱ門など、主だった者と共に案内されたのは『工事現場』近くの前進司令部と呼ばれている大天幕で、入り口では「はみるとん」「じょーんず」という二人の南蛮人将官が出迎えた。
この二人の南蛮人は、台州城を落とした加山将軍と等しい位であるという。
二人の将軍は鎧も着けずに、加山将軍と同じく飾り気の無い衣を纏っているだけだし、天幕の中も通信機と呼ばれるカラクリこそ無造作に置かれているが、全く以て飾り気が排除されており、豪奢さは皆無。
――御蔵の将らは、美というものを理解し得ないのかも知れぬ。
としか典には思えなかった。
「はみるとん」と「じょーんず」は、右手を差し出して「しぇいくはんど」の礼で敵意の無いことを示すと、細やかな儀礼を排して早速本題に入った。
虚礼を廃して率直に本題に入るのが御蔵勢の流儀であるのは、加山将軍との交渉で典も理解しているから、さほど「無礼である」と気に障りはしない。
『ジェネラル鄭からの御要望通り、2隻の貨物船を寧海と象山に向かわせています。船は逓信省標準船B型貨物船で、ジェネラルが一時座乗された翠光丸よりは小型ですが、充分な輸送容量を持っています。』
と明国人通辞が「はみるとん」の言葉を翻訳する。
典たちが持ち込むつもりの取引内容は、検問所の長である水島がいち早く前進司令部に知らせていたらしい。
無線なる技を御蔵勢が駆使しているのは典も承知していたが、既に船の手当を終えているだけでなく、出航までしているというその機敏さに、舌を巻く思いだった。
『報酬もジェネラルの案の通りで結構です。また、舟山島まで運び終えているジェネラルの補給品も、この港まで運んで来ましょう。音戸という船が、ここと舟山との間を行き来していますから、それに乗せます。』
「じょーんず」は、そう頷くと『ただし、荷物の積み下ろしに人手が必要です。ミスタ小倉の御子息の隊が、舟山で現代化訓練を受けておられる最中ですが、積み下ろし業務に当たっていただきたい。』と要望を述べた。
「承知仕った。」と藤左ヱ門が応えると、「じょーんず」は
『一度、あちらに向かわれてはどうでしょう。舟山には月之進氏の他に、御息女の花嬢もおられます。野戦病院で立派に仕事をされている、と伺っています。』と提案した。
迷っている藤左ヱ門に「行ったほうが良い。」と助言したのは趙である。
「奉化に報告に戻るのは、典さんだけで充分だ。――こちらの提案を丸々受けてもらえたんだからね。俺は何人か連れて、寧波の街に潜り込んでみる心算だ。」
典は趙の言い分に少し驚いたが、考えてみれば「全て呑んでもらえました。」と報告しに戻るのに、何も全員首を揃えている必要はない。
帰りの道中で、奉化を落とした車騎将軍の軍と出会う可能性だってあるのだ。
寧波城が更地になってしまったと知ったら、奉化の守将も籠城を諦めるのは想像に難く無い。
御蔵の『凧』は、城をキレイサッパリ消してしまった事を、直ぐにでも文章にして奉化城に撒いたであろうから、既に開城してしまっている事も考えられるのだ。
典も「そのとおり。」としか言いようが無かった。
『しかし寧波城、如何にして消してしまわれた?』
典が不思議に思っている事を質すと、「じょーんず」は『火薬で吹き飛ばしましたな。』と事も無げに返答する。『仕上げは重機、それにシャベルと箒ですがね。』
『それほどの火薬、如何にして工面された?』
硝石と炭と硫黄で作る黒色火薬しか知らない典には、城を潰してしまうほどの硝石を集める術が不思議でならなかったのだ。
「いえーす!」と南蛮人の武官は顔をほころばせると
『珪藻土に染み込ませたニトログリセリンという薬品や、トリニトロトルエンという粘土みたいな塊を爆薬に使うのです。化学合成出来るから、硝石は必要ありません。また、爆破には発破と呼ぶ技が有りまして、建物や岩山などの勘所を砕くよう爆薬を配するのですな。そう、ちょうど石工が石の目を叩いて、思うように石を割るように。上手く発破が決まれば、城だろうが岩山だろうが、大した量の火薬を使わなくとも、自重で崩れるのですよ。発破技師やベテラン工兵の持つ技術なんですが、正に芸術ですな!』
と興奮気味に力説する。『いや貴殿にもお見せしたかった!』
典には(やはり南蛮人とは、美という物に対する感性が違っておるのだな……)としか思えなかった。




