激突! 寧波城攻防戦1
――しかし、この排気ガスはどうにかならないものかな。
特大発の中で、水島上等兵は顔を顰めていた。
彼は兵5名を率いて、戦車直協歩兵として95式軽戦車と一緒の艇に乗っているのだ。
大発と違って、特大発には95式軽戦車を載せていても充分に空きスペースがあるとは言え、着上陸後に備えてエンジンを噴かしている戦車が出す排気ガスは、鼻や喉に強い刺激を与えてくる。
天津丸が城と対岸の両方に砲撃を行った事から、水島はこの上陸作戦が、奇襲ではなく強襲になった事には気付いていたが、そう難しい戦いにはならないだろうと考えていた。
部下にも落ち着いた様子が感じられる。
元セメント工場勤務だった兵は、蓬莱兵と煙草を回し飲みしているし、貨物船の甲板員だったアメリカ人は、親指を立ててニヤリと笑ってみせてきた。BAR担当は愛銃のチェックに余念がない。
特大発の船底が水底を捉えた感触が伝わると、ガラガラとアンカーが投げ込まれる音がして、正面の歩板が下がり始めた。
水島たちは軽戦車を楯としながら、一丸となって大地の上に飛び出した。
城は煙に包まれているが、天津丸の砲撃の成果にしては、その煙が濃過ぎる。
――煙幕!
「気を付けろ! 煙幕だ!」
水島は部下に向かって怒鳴ると、手にした機関短銃を煙に向けて発射した。
各戦車の車長も、同じ疑念を持ったらしい。
95式軽戦車は横一列に停止すると、砲塔を回して砲塔機銃を煙に向けた。
「殺!」「殺!」「殺!」
煙幕を突いて、清国騎兵と歩兵隊とが吶喊を上げて突進してくる。
が、姿を見せた騎兵も歩兵も槍を手にしてはいない。
持っているのは丸い鉄玉のような物――震天雷だ。
清国軍は上陸部隊に対し、震天雷を投げつけてから腰の剣を抜き、白兵戦に持ち込む心算だと見える。
けれども戦車の機関銃(砲塔機銃と前方機銃)は6両合わせて12丁。
それに直協歩兵の小火器が一斉に火を噴き、敵突撃隊の意図を挫いた。
大きな的である清国騎兵は、震天雷投擲の間合いにまで接近する前に、機銃弾を喰らって次々と落馬した。
続く歩兵の決死隊も、倒れた馬や騎兵を踏み越ながら前進するも、ばたばたと弾に当たって倒れてしまう。
加えて、投擲する事が叶わなかった震天雷が、清国突撃隊の中で連続して火を噴いた。
震天雷が97式手榴弾より遥かに劣る威力しか持たないにしても、足元で爆発する震天雷は敵突撃隊に止めとなる被害をもたらしたようだ。
炎の中で清国軍の突進は、完全に止まってしまった。
この時、戦車に続いて上陸した御蔵軍陸戦隊が戦闘参加した。
95式軽戦車越しに擲弾筒で91式手榴弾を撃ち込むと、96式軽機関銃が煙幕内を掃射する。
95式軽戦車は砲塔を戻して37㎜砲を前に向けると、じりじりと再度前進を開始した。
水島上等兵はト式機関短銃の弾倉を交換すると、部下をまとめて戦車に追従する。
『寧波市街区から、敵舟およそ50が接近中』の報を受けた装甲艇隊は、横一列のピケットラインにフォーメーションを組み換えた。
市街への砲撃は出来なくなったが、元々敵の増援を阻むのが真の目的だから、問題は無い。
甬江を下って来る敵と距離を保ちながら漸減戦を行うのには、敵に装甲艇の尻を向けている方が操船はやり易いのだが、尻を向けるとマストが邪魔になって機銃塔が使い難くなる。
戦闘開始以降は、微速後進で後ずさりしながら銃砲撃で相手する予定だ。
姿を現した敵は、兵を満載した雑多な川舟で、櫓や櫂を漕ぎながら進んで来る。
積載オーバーで沈みそうになりながらも、スピードはかなり速い。乗り組んでいる兵も槍や剣を置き、櫂を手にしているに違いない。
あまり引き寄せてからの戦闘だと、数に勝る敵舟から接舷攻撃を受ける可能性があるから、装甲艇は距離500で早くも銃砲撃を開始した。
機銃塔が弾丸を吐き出すと、清国増援部隊の先頭艇は着弾の水煙に包まれた。
続いて前部砲塔が57㎜榴弾を発射する。
榴弾は水面に落下すると、一呼吸置いてから濁った水柱を立ち昇らせた。
密集して進んで来た敵舟は、一発の榴弾で数艇が覆った。
最初の斉射で10艇ほどを失いながらも、敵増援船団は川岸に舟を着けて逃げることはなく、広くバラけながら向かって来る。
装甲艇隊と刺し違えるか、阻止線を突破して寧波城防衛隊と是が非にでも合流する決意のようだ。
機銃塔は着々と川舟の搭乗兵を潰しているが、装甲艇の前部砲塔は、1艇1艇を着実に狙いながらの狙撃に切り替えざるを得ない。
しかしそうなると、57㎜榴弾砲の初速が遅いのがネックになる。
彼我の動きが複雑なために、必中を期すのが難しいのだ。
艇長は――前部砲塔に搭載しているのが20㎜機関砲か、あるいは50口径M2であったならば――と歯噛みする思いであった。
「手すきの者は、機関短銃かM1カービンを持って、近接戦闘に備えろ!」
爆装機が敵増援騎兵部隊上空に到達したのは、彼らが寧波城まであと3㎞ほどの地点にまで迫っていた時だった。
騎兵の兵種が突破力と防御力を重視した重装騎兵だと報告されていたために、ここまで接近しているとは考えるのが難しく、敵影を確認した機長は胸を撫で下ろす思いだった。
――最後の突撃余力だけを残して、相当急いで来てやがった!
馬は走力に優れた動物だが、無理をさせれば動けなくなる。
重装兵を背に乗せて走れば、歩かせて移動出来る距離よりも、当然ながら稼働距離は短い。
視たところ乗り換えの馬は用意されていないようだから、清国軍はギリギリのラインにまで、馬に負荷を掛けたのだろう。
突撃までで乗り潰してしまう心算なのだ。
――行かせるか!
機長は機を緩降下させて爆撃体制に入る。
敵重装騎兵は隙間無く密集態勢を採り、それぞれが頭上に大楯をかざした。
互いの楯の縁が重なり、2,000の騎兵が1頭の大亀へと変化する。
これまで『凧』が繰り返してきた砂利弾攻撃へ対抗するために、清国軍が編み出した秘策だ。
しかし――
『生憎だなあ。模擬弾じゃねえんだよ!』
各機8発ずつ、計24発の軽爆弾が、大亀の甲羅で炸裂した。




