甬江上陸戦闘
甬江河口に到達した装甲艇4艘は、単縦列になって河を遡上する。
先頭艇は前部砲塔と機銃塔を正面、後部砲塔を左舷側に向けている。
二番艇、三番艇は、前部砲塔と機銃塔を左舷側に向けて寧波城方向からの攻撃を警戒し、後部砲塔のみを右舷側に向ける。清国軍の伏兵が対岸側に潜んでいないとは限らないからだ。
後尾の四番艇は前部砲塔を左舷側、銃塔を右舷側に向け、後部砲塔は後ろ向きだ。後方からの攻撃の可能性は低いが、清国軍守備隊が装甲艇隊を一旦やりすごしてから、後方から攻撃を仕掛けてこないとも限らない。
城の横を通過する時には、装甲艇隊の中には張りつめた様な緊張感が流れ、特に機銃塔は細かく搭載機銃を左右に振って不意の敵襲に備えた。
川岸に遺棄してある舟の中に身を隠した敵狙撃手が、いつ発砲して来るか分からないからだ。
火縄銃の鉛玉では、装甲板に当たっても潰れるばかりで貫通出来ないとはいえ、アンラッキーに覗視孔(スリット)に命中すれば、潰れ溶けた鉛片が飛び込んでくることは有り得る。
また清国軍の装備には、実質弾しか放てず命中率が低い上に、小回りが利かず取り回しが難しい砲しか無いとしても、マグレにでも命中弾を喰えば被害は免れない。装甲を抜けなかったとしても、艇のリベットが折れ飛んで艇の内部で荒れ狂うことだって無いとは言えないのだ。
二番艇は遺棄された川舟群方向、三番艇は城塞方向に向けて、前部砲塔から1発ずつ計2発の57㎜榴弾を発射した。
ハミルトン少佐からは「舟は石材や煉瓦の輸送に使うから、極力破壊せぬよう。」という指示が出ていたが、「但し、必要とされる攻撃には、これを制限するものではない。」という但書付きだ。
装甲艇からは城塞や川舟に敵影が見えないとは言え、敵伏兵の可能性を探るためには必要な措置だった。
榴弾は目で追えるようなユックリとした放物線で目標に飛び込み、土砂と爆炎を噴き上げた。
だが、城塞方面と川舟のどちらからも反撃は無かった。
機銃手は引き金から指を離すと、ホッと一息深呼吸する。
装甲艇隊は城塞を後にし、更に甬江の上流へと向かって行った。
「装甲艇は、無事城塞脇を通過。敵からの攻撃皆無。」
通信兵がハミルトン少佐に、装甲艇隊からの通信内容を報告する。
――ふむ。榴弾を撃ち込んでも反応無しか。
しかし少佐は欺かれなかった。偵察機からの敵撤退の報告は入っていない。
重砲の威力は強大だが、敵が全滅していると言う事は有り得ない。
寧波城に籠った清国兵は、よほどの覚悟を固めているようだ。
あるいは地上戦にまで持ち込めば、自分たちの武器でも戦えると信じているのか。
――それより「味方」が恐ろしいのかも分からんな。後退即処刑の命令でも受けているのかも知れん。だとすると、騎兵は督戦目的の満州兵か。
南京あたりから新たに到着した騎兵ならば、『壁』防衛戦での惨状を目にしていない事も有り得る。
ハミルトン少佐は各隊の指揮官を集めると
「敵兵が負傷していようとも、決して警戒を怠るな。死兵と化して抵抗を試みる可能性がある。」
と注意を与えた。
そして前進司令部には、軽爆弾で爆装した偵察機3機を、何時でも発進出来るよう要請をかける。
清国軍が陸路で騎兵隊を繰り出して来る場合に備えての処置である。
天津丸が甬江河口で特大発のへん水を終え、26艘が一斉に寧波城に向かって発進した時だった。
寧波城の甬江を隔てて対岸側(向かって右岸側)から、黒煙が立ち昇った。
狼煙だ。
清国軍が偵察兵を潜ませていたらしい。
天津丸の75㎜野砲がすぐさま反応して、狼煙を偵察兵共々吹き飛ばすも、狼煙は次々に伝達されて行く。
狼煙を見て、敵の徹底抗戦の意思が固いことを確認した天津丸の搭載砲は、既に破壊の色が濃い寧波城に目標を定めた。
特大発の頭上を越えて、野砲弾が城塞に撃ち込まれる。
特大発が着岸し、歩板を下したタイミングで、天津丸の搭載野砲は砲撃を中止した。
特大発から95式軽戦車が歩板を踏んで走り出す。
97式中戦車と歩兵部隊も後に続いた。
続々と上陸する装甲大隊に向かって、黒煙と土煙の中から清国兵の生き残りが突撃した。
『敵、反撃』の報告を受けて、舟山飛行場の94式偵察機3機は、軽爆弾8個ずつを腹に抱えて次々と飛び立った。
先導するのは、今朝方にロング・トムの戦果を報告した機長である。
彼は頭の中で、敵司令官の事を罵り続けていた。
――馬鹿野郎! 屑野郎! 無駄だと解っている戦闘を何故続ける?! テメェ一人が腹を切りゃ済むハナシじゃねえか! それとも、まだ力の差が判っていないノータリンかあ!
「先行機から報告!」
後席の観測員が声を上げる。「敵騎兵2,000、市街を進発! なお甬江運河からも水上部隊が進撃開始!」
「クソっ! 城に籠った兵隊は餌か! 奴ら城兵を餌に上陸部隊を罠に掛けた心算だな!」
――見せてやろうじゃネエか。罠より強い獲物ってヤツをよ!




