上陸作戦開始
ハミルトン少佐が率いる装甲大隊は、加山少佐が留守番を押し付けられた翌朝に、早くも上陸作戦を敢行した。
「なあハミルトン。自分が留守居を断ったら、どうする心算だったんだ?」
加山少佐は、出撃準備を終えた天津丸が停泊中の浮桟橋までハミルトン少佐を見送りに出ると、愚痴をこぼした。「相談が有るなんて言いながら、既に準備万端じゃないか。」
「君が断る事は無い、と確信していたからね。」
ハミルトン少佐は笑顔を崩さず返答する。「頼まれたらイヤとは言えない性格だからさ。それに、僕が前進司令部で地味に事務仕事をこなしている間、キミは大陸で大仕事を遣って退けてきたじゃないか。少しの間、舟山島で骨休めでもして英気を養っておくといい。」
「前進司令部での事務仕事が、骨休めになる? ハミルトン、君は微塵もそんなこと思ってないだろ。細心の注意を払って、手堅く『外地』を纏めてきたクセに!」
「ま、人それぞれだよ、人それぞれ。司令部に詰めているのも必要だけど、無線手を連れて島内の視察も徐々に進めておいた方が良い。司令官の顔を島民皆に見せておくためにも。安心して日々の仕事に励んでもらうためにはね。」
ハミルトン少佐はあくまで陽気だ。――少し躁状態にあるのかも知れない。転移初日に貨車山砲部隊を編成・指揮した時のジョーンズ少佐のように。
「了解した。……そう言えば、舟山に配置してあった連隊砲(75㎜山砲)を、貨車山砲に仕立てて連れて行くんだって?」
装甲大隊には95式軽戦車(ハ号)6両と排土板付き97式中戦車4両が含まれている。
かなり強力な戦力だが、加えて4門の75㎜貨車山砲が参加するのだ。
「Gun Truckは、1艘の特大発に2両ずつ載せる事が出来るからね。1台ずつしか載せることの出来ない戦車よりも、砲の頭数を増やせるんだよ。射程も長いし。」
ハミルトン少佐は頷くと「それに砲を降ろせば、トラックは本来の目的である荷物輸送にも使えるだろ。砲弾や糧食を持って行くトラックも、あっちで荷物を降ろしたら石運びに使う心算なんだ。」
天津丸が搭載する特大発の搭載物の内訳は以下の様になっている。
○戦車搭載 10艘(ハ号×6 排土板付きチハ×4)
○貨車山砲搭載 2艘(75㎜山砲×4)
○歩兵搭載 3艘(120名×3)
○輜重貨車搭載 2艘(トラック×4)
○ジープ搭載 4艘(M2機銃武装ジープ+2輪式トレーラー×8)
○作業隊搭載 5艘(120名×5 ジョーンズ隊先行部隊)
なおジョーンズのダム建設部隊残余は、天津丸がハミルトン装甲大隊を揚陸後に、舟山港でブルドーザー・ホイールローダー・バックホウ・ダンプトラック・タンクローリーなどと共に搭乗する。
「それでは行ってくる。援護射撃を頼むよ。」
ハミルトン少佐は敬礼すると軽快にタラップを登って行く。
加山少佐は帽子を振りながら、脇のジープで控えている通信兵に
「作戦開始だ。ロング・トム陣地へ指示を頼む。」
と命令を下した。
「砲撃命令。目標、寧波城。」
無線を受けた通信兵が、2門の155㎜カノン砲操作班に命令を伝える。
ロング・トム陣地は既に準備を終えているから、砲撃は直後に開始された。
前に射撃を行った時に諸元は確定しているので、その通りに撃てばよい。
各砲3発ずつ、計6発の射撃だから物足りない感も残るが、カノン砲陣地としては久しぶりの出番だから、砲兵は皆ハリキッていた。
舟山島に巨砲の砲声が轟いた。
ジョーンズ少佐はキャンプ地で、昨日到着したばかりの新顔1000名ほどと、前からいる1100名ほどの建設部隊古参隊員らを交えた計2100名程度で、朝飯を食っていた。
古参隊員の内600名は、舟山港に先発しているから、ジョーンズの部隊は合計で2700名ほどと、3個大隊弱にまで膨れ上がったわけだ。
今朝のメニューは、山羊肉入り濃い味付けの粥と、パクチョイ(チンゲン菜)という野菜と鯨肉の炒め物、それにマッシュポテトである。
大所帯の建設隊では一括して全員分を作るのは難しいから、全体を40人ほどずつのグループに分け、そのグループを1個「食事班」とし、食事班ごとに材料を支給して料理を行わせている。
けれども同じ材料を使っても、食事班ごとに仕上がりの出来不出来に差が有るから、ジョーンズ少佐は「頭数も増えた事だし、そろそろ御蔵島食堂のように、専業の調理班を編成しないといかんかな。」と考えていた。
今日は新入りが多いから、1個食事班が80人編成になって、古参が新入りの面倒を見てくれている。
しかし明朝にはジョーンズ自身が古参1000名を率いて、寧波まで渡洋出動するので、不在の間は100名ほどの古参が1000名の新入りの面倒を見なくてはならない。
ジョーンズ少佐は今日一日限りで、テント割りから仕事の割り振りまで、出来るだけの手を打っておかねばならなかった。
――まあ、グジグジ考えても始まらん。監督や職長・班長に、任せる処は任せるしか無いな。
その時、155㎜砲の強烈な発射音が耳を打った。
砲声に怯えた新入りが、慌てて逃げ場を探す。
けれども、すぐさま古参隊員が「無問題!」と落ち着き払ってパニックを制した。
彼らには寧波上陸に先立って、寧波城を砲撃する事が伝達してあったのだ。
――先輩方、見事なもんじゃないか!
少佐には部下の成長ぶりが頼もしかった。
「弾着確認。方位距離ともに良し。」
観測員の打鍵音を耳にしながら、偵察機の機長は寧波城の敵騎兵が大混乱に陥っているのを目にしていた。
逃げまどっているのは騎兵ばかりではなく、歩兵部隊も籠っていたようだ。
――思ったより大勢が隠れていやがったな。
「数が多いですね。騎兵2個中隊、歩兵1個大隊はいますよ?」
観測員の言葉に、機長は「舟山司令部と天津丸に連絡を入れろ。見ろ甬江に乗り捨ててある舟が増えている。」と注意を促した。
「このところ舟山航空隊は、寧海作戦に航空機を回していたからな。こっちを突いているヒマが無かったから、隙を見て兵力を送り込んでいたんだろう。」
「しかし変ですよねぇ。」通信機を操作しながら観測員が疑問を述べる。「あそこに兵を送り込んだって、今日みたいにカノン砲を喰らうだけなのは、敵サンだって分かっているでしょうに?」
「象山や奉化が落ちそうだからさ。」
機長が、さも簡単な事だという感じで解説する。
「寧波が落ちちゃえば、奉化の敵は退路を断たれて士気なんて無くなっちまう。直ぐにでも降伏するだろ?
それで南京としては『寧波城は健在なり。』ってトコを自軍に見せなきゃならないから、寧波市街を防衛拠点としている部隊長に無理強いする。……寧波城に籠らされる将兵の気分は無視してな。こっちとしては市街戦はやりたくないから、進出しても寧波城までで、市街には手を出さないって心算だけど、こっちの都合なんか彼方サンには分かりっこ無い。」
「市街で大人しくしていてくれれば、こっちとしても静かに石材を持って返るだけなんですけどねぇ。」
150㎜砲弾を撃ち込んでおいて『静かに』はナイだろう、と機長は思ったが
「ま、お互いに『やりたくない事をやらねばならない』のが最前線ってモンだよ。」
と話を締めくくった。




