表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

181/417

福松将軍の進撃(明石隊騎馬鉄砲兵の活躍)

 りんは、日本人騎兵約200騎からなる先行偵察部隊の一群に随行して、麗水りーしょいから永康よんかんへ向かう街道を北へ辿っていた。

 林は相棒の呂が北門島潜入時に負傷して、共に鄭隆ていりゅう(雛竜先生)の部下に捕らえられたのだが、鄭隆が温州におもむいて監国(魯王)や福松将軍と交渉を持った折に解放されて、福松将軍の元に戻る事が出来たのだ。


 林は相棒だった呂のことを「治療のために北門島で療養中であるが、もはや軍務に復帰するのは無理であろう。」と将軍に報告している。

 (実際には、呂は御蔵病院で入院後に作業療法を兼ねたリハビリ中。病院や看護婦寮で軽作業が出来るほどにまで回復している。台州城西門で足を骨折して趙に捕らえられた捕虜――とうという姓の斥候だった――の世話をしているのも彼だ。)


 林が福松将軍と合流して驚いたのが、福松将軍と行動を共にしている日本人騎兵は北門島で見た『サムライ』の様な格好はしておらず、南蛮風の胸鎧と大兜を身に付けマントを羽織っている事だった。

 武器は倭銃(日本式火縄銃)と倭刀(日本刀)。


 彼らは敵と対するや、まず火縄を銃に装着してから接敵し、馬上から銃弾を発射しつつ抜刀突撃を行う。

 この戦い方は、元々は彼らの祖先が『大坂の陣』という戦いで対戦した『ダテ・マサムネ』という将が得意としていた戦法との事だ。


 アカシ・カモンと呼ばれている侍大将は、伴天連ばてれん教徒らしく隊に厳格な軍規を課している上に、戦闘にあたっては神に祈りを捧げてから突撃に移る。

 部下の騎兵も「アーメン!」「ハレルヤ!」などと叫びながら突進するのだ。

 明石掃部あかしかもんの『掃部かもん』とは名ではなく役職で、祖先の明石全登あかしたけのりが呂宋で没した後も代々の当主が継承しているという。

 部下の騎兵には『大坂の陣』より時代が後の、『天草・島原の乱』で敗北したキリシタン方のすえを名乗る者が多く、有馬氏・小西氏・大村氏・志岐氏に仕えていた武士の系譜を継いでいると称していた。

 彼らの装備は、勿論自前で用意した者が多数だが、中にはイスパニアの教会から用立ててもらった者も含まれていて、銃が日本式火縄銃でなくヨーロッパ式のマスケットであったりする。


 戦闘では馬上の兵がマントをひるがえしながら突進すると、迎え討つ側にしてみればどうしても姿が大きく目に映るから、清国兵は相手の姿の大きさに幻惑されて有効射程に入る前に鳥銃を放ってしまう。

 すると再装填する間は無いから、清国軍鳥銃隊は一気に接近して来た日本騎兵の抜刀突撃で蹂躙じゅうりんされてしまうのだ。

 小部隊同士の遭遇戦なら、これでほぼ決着が付いてしまう。


 弓兵が日本騎兵に向かって矢を射ても、馬や胸鎧・兜が邪魔になって一撃で決定打を与えるのが難しい上に、日本兵は巧みに倭刀を振るって飛んで来る矢を払い落してしまう。

 また倭刀の間合いは、短兵器としては明国式の片手剣に比して異様に長く、短槍に匹敵する。

 その上に切れ味が鋭く、清国兵が長槍で対抗しようとしても槍の穂先を切り落とされてしまう有り様だった。

 この倭刀の鋭さは、鍛造方法の巧みさのみによる処ではなく、刃を研ぐ砥石といしの質が大きいらしい。明国産のそれよりも、硬い金属を砥ぐのに適しているのだ。

 明石隊の兵は日本産の砥石を宝物のように扱っていた。

 福松将軍が「日本との交易で、是非とも沢山の砥石を手に入れたいものだ。」と嘆じたのもむべなるかな。


 1,000人を超えるような大敵との会戦では、日本騎兵は騎馬銃兵戦法で敵前衛を突き崩すと、サッと左右に割れる。

 そして間を置かずに後続の福州軍槍兵が、清国軍本隊に襲い掛かる。

 福州軍槍隊が敵を押している間に、日本騎兵は両側あるいは背面に回って清国軍の弱点を攻め立てるのだ。

 この戦法で、福松将軍は福州から温州に至る討伐戦に於いて連戦戦勝であった。


 砦攻めや城塞攻めでは、福松将軍は騎兵を堅固な壁に向かって突撃させるような愚は犯さず、砦周囲の哨戒や下馬しての援護射撃にあたらせた。

 攻撃の主兵科は、降伏勧告の矢文を射込む弓兵と剣を手にした歩兵である。

 これで補充の難しい貴重な騎馬銃兵の損耗が抑えられた上に、敵守備隊からしてみれば砦への増援が厳しい状況であるのが判るため、守備兵も抗戦を諦めて降伏に傾くのだった。

 大運河で順天府(北京)と繋がっている応天府(南京)や杭州・寧波とは違い、福州~温州間の諸城市は、清に傾いて巡撫使じゅんぶしを受け入れていたとしても、南明勢力の海に孤立した島のようなものだから、大将軍(唐王)や福松将軍が明国旗を掲げて迫れば、長くは抵抗出来ないのだ。


 明石隊騎馬銃兵の威力を知った大将軍は、福州騎兵を騎馬銃兵化する試みを行ったが、これは失敗に終わっている。

 まず馬上で鳥銃の発射準備を行うのが難しい。

 銃口から火薬と鉛玉を入れてカルカで突き固め、その後に火皿に火薬を入れてから火を点けた火縄をセットする。

 これだけの事を行うのには両手を使わざるを得ないので、馬を巧みにぎょする腕前が必要なのだ。単に馬に乗れる兵を銃手とするのとは訳が違う。

 次に揺れる馬上で照準を着けて発砲するのが難しい。

 騎馬銃兵の発砲は一般銃手の射撃とは違って、必ずしも命中を期さなくても良いのだが、くらの上で両手を使う必要はある。未熟な騎兵は発砲の反動を上手く受け流す事が出来ずに落馬してしまうのだ。

 しかも撃った弾が何処へ飛ぶかが分からない。味方を誤射してしまう危険性すら有った。

 更に発砲を終えた銃を素早く鞍に結わえた革袋に戻し、剣を抜かなければならない。

 不器用者がモタモタしていると、素手のままで敵陣に突入するハメになる。銃を手にしたままであれば、それを棍棒代わりに用いるのは可能だが、敵刃を受けて貴重な銃が文字通りの只の棍棒に化してしまえば高価たかいものに付く。

 馬上筒ばじょうつつと呼ばれる片手撃ちの短いマスケットが有れば、福州騎兵の騎馬銃兵化も少しは楽だったかも知れないが、戦闘を継続しながら馬上筒を集めるのは無理な話であり、計画は頓挫とんざしたのだ。


 けれども福松将軍が温州に到達すると、事情が変わってきた。

 監国が御蔵勢の援兵を受けて、海陸から台州に攻め入る機運が高まったので、監国が温州防衛のために集積していた突火槍とっかそうを無償で福松将軍に譲り渡したのだ。

 突火槍は竹筒に火薬と散弾を詰めるだけの使い捨て近接火器である。射程(威力範囲)は長槍と変わらない。

 福松将軍は突火槍に火薬だけを詰めて、音響兵器として用いる事を思い付いたのだ。

 馬上の兵は突火槍と火縄だけを持ち、照準無視で大音響を響かせながら突進する。

 撃ち終えた突火槍は只の竹筒だから、直ぐに投げ捨てて腰の剣を抜く。

 マント代わりにまんを作るための綿布を纏わせれば、にわか「福州騎馬銃兵」の完成である。

 福松将軍は明石隊騎馬銃兵と福州騎馬銃兵を混用する事で、騎馬銃兵兵力を一気に増加させたのだった。


 更に温州城では御蔵勢からの嬉しい贈り物が有った。

 福松将軍は御蔵勢の持つ新式連発銃に惚れ込んだのだが、御蔵勢は手入れの難しさと弾の補給の困難さを理由に譲渡を断ってきた。

 実際に手入れの手順を見せられて、福松将軍だけでなく監国や福州軍銃隊の将も、その煩雑さに運用を諦めている。

 しかし御蔵勢は、その代わりに火縄銃1,000丁の提供を申し入れてきた上に、手投げ弾100発の譲渡を福松将軍に約束した。

 事実、手投げ弾100発譲渡の約束は翌日には果たされ、福松将軍は「97式手榴弾」の威力に目を見張った。

 まず97式手榴弾は、火縄のような火種を必要としない。ピンと呼ばれる針金を抜いて、撃発信管と呼ぶ突起を石や木などの難いものに打ち当てると、4つから5つ数える後に爆発する。

 このため擲弾兵てきだんへいは火種を気にする必要が無い。

 次に、その軽さと威力である。

 97式手榴弾は、明国の爆裂弾である震天雷しんてんらいの1/10から1/20ほどの重さ(455g)しかない。

 これは持ち運びに便利なだけでなく、投擲する上でも震天雷と比べて圧倒的に優位であり、97式手榴弾を用いる擲弾兵は城壁の上や向こう側に潜む敵兵を叩く事が出来るのだ。

 (震天雷=「てつはう」は4㎏~10㎏の重さが有り、投石器のような発射器が無いと、城壁の上から投げ落とす事は出来ても、投げ上げるのは困難だろう。陸上競技で使う砲丸投げの砲丸を想像していただきたい。)

 しかも爆発威力は震天雷の数倍(TNT換算で65g)である。

 これで陸路を青田てんちぇん~麗水~永康へと進軍する予定の福松将軍は、城塞攻めが楽になったと確信した。

 城門を守る清国兵を97式手榴弾で制圧したら、梯子はしごを掛けて歩兵を雪崩れ込ませれば良いのだ。

 敵が城門に兵を集めて堅く守っていればいるほど、一発の97式手榴弾での被害が増大する。


 麗水に進出した福州軍は、騎馬銃兵と擲弾兵の威力をもって、鬼神のように永康への道を突き進んでいたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ