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ハシマ3 仮装巡洋艦「朝潮」・「夕潮」をルソン行きに用いなかったのは何故? の件

 「呂宋るそん?!」大声の主は岸峰さんだ。

 打ち合わせが終わって、一息ついたところらしい。「お父さん、怒っちゃったの?」


 「雪ちゃんのお父上様って、援明義勇軍の一方の大将さんなんだろ?」

 茂子姐さんも心配そうだ。「鄭成功さんと仲違なかたがいでも起きたのかね。」


 「福松将軍は、温州から青田ちんてぃえんを経て麗水りーしょいを下し、永康よんかんを目指している内陸ルートですから、舟山島の小倉殿と喧嘩けんかするには距離が離れ過ぎてますよ。」

 古賀さんが鄭成功との不仲説を否定する。「喧嘩が起きるとすれば、温州か福州の水軍の人となんじゃないでしょうか?」


 「まあ皆さん落ち着いて。」場を静めたのはキャロラインさん。

 学級委員の石田さんが舟山島に行ったきりだから、段々と彼女が級長っぽい役割を担いつつある。

 「仲違いして出て行ったと決まったわけではないんですから。現に雪ちゃんのお兄さんは、こっちに残っておられるのでしょう?」


 キャロラインさんの言う通り。だとすると……

「藤左さんは、ルソンの日本人街に増援の兵を募りに向かわれたんだね?」


 僕の指摘に雪ちゃんは、我が意を得たりとばかりに満面の笑みで頷いた。

左様さようにございます。但し、兵だけではござりませぬぞ。」


 「うん。そうだろうね。」僕も頷く。「義勇軍を送り出した家族の人や貿易経験者、御蔵島か舟山島に来たいという人全部に声をかけてみてくれる計画なのだろうね。……どのくらいの人数が応募に応えてくれるのかは分からないけど。一応、舟山群島は戦禍せんかの外になったし、子供も安心して暮らせそうな上に人手は不足してるのだから。」

 発案者は高坂中佐殿だろうか。後で訊きに行ってみよう。

 多分まだニュースには出来ない「何か」が有って、こっちまで話が降りて来ていないのだろうけど。


 「どの船に乗って行かれたの?」

 岸峰さんが質問する。「大津丸と海津丸は、台州から戻って来てから搭載艇も一緒に整備中でしょ? ドック入りしてた秋津丸は、天津丸と入れ違いに舟山島だし。……ああ、大津丸と海津丸が帰って来てるから、時津丸は動かせるのか。」


 僕は貯炭場へ向かった時に、時津丸らしい舟艇母船が港に居たのを思い出して

「いや、時津丸は御蔵港だよ。今、乾ドックに入っているのが天津丸で、入れ違いに舟山へ出港したのが秋津丸だろ? で、大津丸と海津丸が長崎遠征を控えて浮きドックで整備中だ。変事に備えて御蔵港でスタンばっているのは時津丸だとしか考えられない。」

と指摘した。

 「武装化改装が終わった『朝潮』と『夕潮』なんじゃないかなぁ。」


 『朝潮』『夕潮』と言う船は、新港と宇品を結んでいた1,300t級フェリーの『あさしお丸』と『ゆうしお丸』の事だ。

 排水量だけを比較すると、一等駆逐艦の『天津風あまつかぜ』級(1,227t)や護衛駆逐艦として量産された『松』級(1,530t)に近い。

 但し主武装は、音戸や早瀬と同じく船首の105㎜砲で、しかも船尾には砲を載せていないから戦闘艦としては貧弱に見える。

 船尾に75㎜砲を搭載しなかったのは水上偵察機を露天係留したためで、偵察機と偵察機を運用するためのクレーンを載せたら75㎜砲を置く場所が無くなってしまったのだ。(水上偵察機は露天係留分以外に、船内車両スペースに予備機2機を保有。)

 その代わりに(と言ってはなんだが)両舷には20㎜機関砲と、海津丸の杭州砲撃時に猛威を振るった150.5㎜迫撃砲が各1門ずつの計2門ずつが配置されている。

 またデッキのデリックが強化されて、カッターだけでなく装甲艇や特大発をも運用できるように改装されたから、左右両舷で計6艘の装甲艇・高速艇甲型・高速艇乙型・特大発・大発・内火艇のいずれかを選択して搭載出来る。

 遠くから観察した場合にちゃんと大砲っぽく見えるのは、船首にある90式野砲1門だけなのだが、機関砲と150㎜迫撃砲に航空戦力(水上偵察機)と水上戦力(装甲艇)を加味すれば、この時代であればエゲツナイ充実ぶりなのだ。

 しかも乗り組む操作兵を増やすだけで、96式軽機関銃・92式重機関銃・50口径M2重機関銃・89式重擲弾筒・97式曲射歩兵砲(81㎜迫撃砲)なんかが青天井で増設出来るわけで、とんだ「羊の皮を被った狼」艦だと言える。ほぼ仮装巡洋艦みたいなもんだ。

 実際に第一次世界大戦で大暴れしたドイツの仮装巡洋艦「ゼーアドラー」は1,571tの排水量で、武装は105㎜砲2門と重機関銃2丁だ。(しかも機帆船だ! 燃料が無くなっても風力で航海出来るとか……)

 まあ17世紀くらいのガレオン船は、たったの500tクラスだから、朝潮・夕潮クラスの船は信じられない超大型船に分類されるわけで、近くに寄っただけでビビられるのは間違い無いとしても、ではあるが。


 ちなみに498tの音戸や早瀬は、古い『春雨』級(375t)駆逐艦よりは大きいが、二等駆逐艦『桜』級(600t)よりはやや小さい船だという事になる。


 また177tの潮と汐は、揚子江(長江)で戦闘参加した『伏見』級(150t)の河川砲艦くらいの大きさだ。

 河川砲艦程度の大きさと外洋航行性能では、荒れる東シナ海を通航するには危険だから、浮きドックに入れたまま大型艦が曳航したり、パーツにバラして貨物船で運んで上海あたりで組み立てたりして使用している。

 揚子江遡行作戦で活躍した河川砲艦には、338tの『勢多せた』という潮級よりも大きな(むしろ音戸級に近い)砲艦もあるので、河川砲艦の外洋航行性能はトン数よりも構造によるバランスの問題が大きいのだろう。


 だが雪ちゃんの答えは

「御蔵の汽船をお借りしたのではありませぬ。自前の船で戻りました。」

と云うものだった。「高坂中佐殿や加山少佐殿は、御蔵の汽船を使う方が安全じゃと、口を酸っぱくして言うて下すったそうなのですが。」

 飛行機を使えば舟山空港までは直ぐだから、中佐殿が藤左ヱ門さんと舟山島で会談したのは不思議でもなんでもないんだけれど……。


 「江藤大尉殿も、舟艇母船か朝潮で呂宋に向かうのであれば自分が水上機に乗り組もう、と言うて下すったそうで。有り難いこと限り無しでありまする。」

 「そっかー。それでもお父さんは、自前の帆船を選んだのかー。」

 岸峰さんはゆっくりと立ち上がると、雪ちゃんの横に立ち

「今は余計な波風を立てたくなかったんだね。」

と雪ちゃんの肩に手をやった。「汽船でルソンに行ったら、イスパニアに目を付けられちゃうかも知れないからって。」


 「そりゃ、どういう事だい? スペインは、明と戦争してるわけじゃあないんだろ? 現に義勇軍が明側に立つのには目をツブッてるわけだしさ。」

 姐さんの疑問に答えたのは古賀さんで

「大航海時代は私掠船しりゃくせんの時代でもありますからね。舟山島にお宝がうなっていると分かれば、略奪部隊を送ってこないとも限りません。ピサロがインカ帝国を滅ぼしたのは1533年のことですし、フイリッピンを征服したのが1565年です。無敵艦隊がイギリス海軍に敗れてからは勢いが衰えたとはいえ、富と名声を得たいという冒険家船長が皆無だとは思えないです。」

と自分の顎を撫でた。「冒険家だけでなく、布教の熱意に燃える宣教師とかも。」


 「んー、なるほど。御蔵島にはクリスチャンどころか従軍牧師も居るけど、アメリカさんの牧師と宗教裁判時代の宣教師さんとじゃあ、話が合わないだろうねェ。」

 姐さんが、納得したと首を振る。「やれやれ……。話が合わないどころか、宗教戦争でも起こしかねないよ。厄介なモンだね、宗教ってのは。」

 茂子姐さんは無政府主義者のハズだったけど、やはりマルクス主義の「宗教は阿片」という思想は堅持してるんだろうか。


 僕は取りあえず「新田さん、ここでそういう話はチョット。」と軽く注意喚起した。

 「あらゴメンよ。……そうだね。いろいろな主義の人が一緒になってるんだからね。」

 姐さんはシマッタというように小さく舌を出すと、皆に頭を下げた。


 「Bossは何教なんですか?」悪戯っぽく質問してきたのはキャロラインさんだ。「観察するに、よく分からないんですけど。拝火教徒だって言われても驚きませんよ?」


 「僕デスカ? そうだねぇ。正月元旦には神社に行くし、お盆にはお寺に行くね。クリスマスにはメリー・クリスマスって言うし、ハロウィンにはハッピー・ハロウィンって騒ぐんですよ。」

 「で、バレンタインデーにはチョコを貰えなくてガッカリする、と。」

 ニヤニヤ笑いで付け加えたのは岸峰さん。「次回は貰えると良いねぇ!」


 「なんですか、そのバレンタインデーというのは?」

 古賀さんから真顔での質問。

 「ああ、私たちの居た世界では、毎年2月14日の聖バレンタインの記念日に、女の子から好きな男の子にチョコレートをプレゼントするって風習が『出来た』のよ。」岸峰さんが含み笑いで解説する。「チョコメーカーの陰謀だ! ってハナシだけどね。だからその日は、世の男性諸氏は早朝から日付が替わるまで、一日中ドッキドキなんだよね。」


 「えー! 室長は『貰えない方の男子』なんですかあ?」

 ――ウルサイよ。座敷童め。


 「それは変でございますな!」と雪ちゃん。

 ――そう評価してくれるのは雪ちゃんだけだよ……。


 「だって師匠は、神仏には頼らぬ主義であられたはず。チョコレートが美味なりとはいえ、その日に貰えずとも落胆なさる事はございますまい!」


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