ハシマ1 御蔵島貯炭場を見学した件
「掘り上げた石炭には、ズリやボタといった石や土塊が混入するので、それを選り分ける作業が必要なんですよ。」
貯炭場の場長さんは、広大な石炭ヤードを案内しながら大声で説明を続けくれている。
ヤードには円錐状に積み上げられた石炭の山が幾つも聳え立ち、トロッコを牽引する簡便鉄道用小型蒸気機関車やダンプトラックが忙しく行き来している。
撮り鉄なら狂喜乱舞の被写体なのだろうけど、あいにく鉄ちゃんでない僕には、可愛い車両だなぁくらいの感想しか出て来ない。
他にも車庫にはディーゼル式機動車や電気式動力車もあるらしいのだが、現在動かしているのは石炭蒸気車のみらしい。
「御蔵島の貯炭場には、選炭施設はありませんから別個に設ける必要がありますね。水の豊富な場所が理想的だから、そうですな、珪砂島なんかはどうでしょう。」
珪砂島というのは、浜に珪砂の堆積層が見つかった舟山群島の島だ。
珪砂があるから「珪砂島」と何のヒネリも無くアダ名されている。
ガラス製造用の珪砂をそこで採掘しているから、台船転用の浮桟橋もあるし、珪砂の「塩抜き」用淡水洗浄池も出来ている。
けれども住居用建物としては、短期滞在用の飯場しか無いので、選炭場を珪砂島に置くとなると居住者用の長屋かアパートを作らなければならない。
「ここの空きスペースに、その選炭場を作るのは難しいんでしょうか?」
充分に余裕を持っているように思えるヤードを目にして、僕は疑問をぶつけてみる。「貯炭場に併設されていた方が、輸送の手間が省けるように思うのですが。」
「問題になるのは水だね。」
忙しい中、貯炭場見学に同行してくれている生田さんが答えてくれる。生田さんは石油化学だけでなく、石炭化学も守備範囲だから、貯炭場にも顔が利くのだ。
「御蔵島も水は豊富だけど、民生用だけでなく工業用にも大量使用しているからねェ。大規模の選炭を始めるのなら、立地は分けておく必要がある。――輸送コストがかかるのがネックだとしても、次善の策という処かなぁ。」
「本土の方で破砕や選別まで終えて、舟山群島には品質や粒度の揃った石炭だけを持って来れるようになれば、選炭場は用済みになるんでしょうが、それまでは自前でやるしかないでしょう。」
場長さんの言う『本土』は日本本土を指しているのは明白だ。
まだ石炭利用に関しては黎明期と言って差し支えないレベルの時代だから、露頭掘りが僅かに行われているに過ぎない。
「燃える水」や「燃える石」は、すでに平安時代や鎌倉時代にはあちこちから報告が上がっていたのにも関わらず、薪炭と並ぶ燃料として普及しなかったのは不思議な気がする。
「舟山島から順次復員している志願兵も含めて、炭鉱で働いた経験のある者に募集を掛けていますが、未経験者でも来てくれる人が居たら大歓迎なんですがね。採炭や選炭には人手が必要です。――おっと、片山さんは新聞勤務だから、そんな事情は先刻御存じなんでしたね。」
場長さんが穏やかにプレッシャーをかけてくる。もっとPRしてくれ、という意思表示だろう。
「お察しします。石炭確保は御蔵島の生命線ですから。」
僕も場長さんの主張に理解を示す態度を示し、但し、事は石炭ばかりに人手を割く訳にもいかない理由も述べておく。
「復員者向けに、居住地区のカマボコ兵舎を、数軒ずつモルタル二階建てアパートに建て替える作業も突貫工事中なので、順次ということになると思います。プライベートスペースが無いと、息が詰まるという意見も多くて……。」
「まあ確かに。」場長さんも渋々といった感じで、僕の反論に同意を示してくれる。
「六畳一間か四畳半一間でも、自分の部屋って欲しいものですからねぇ。二十四時間稼働の工場には、独自の寮を持っている所もありますが、私も現在は兵舎住まいの身なんでね。衣・食・住は切実な問題だっていうのは理解してますよ。」




