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ライフ35 辞任放送をしましたよ……な件(しかも脱衣麻雀ソフトがある事がバレてるし!)

 「では、お昼の放送の最後に、御蔵新聞暫定編集長の片山修一氏から御報告があります。」


 台州開城の続報、杭州・上海砲撃、寧波市街航空偵察報告などのニュースが読み上げられた後で、僕はアナウンサーからマイクを受け取った。

 放送室に入ってスタンバイを開始した時から、てのひらには既に汗が湧いていたし、今では額からも盛んに滴り落ちている。たぶん近くに居る人は相当に汗臭く感じているに違いない。


 今から僕のやらなければならない「仕事」は、かなりカッコ悪い謝罪会見だし、緊張しない方がオカシイのは分かっているんだけれど、それでも何とか冷静さを保ったモノにしたいという、最低限の恰好だけは付けたい自分がいる。

 無駄に取り繕ろうとする方が、余程馬鹿っぽく見えるのにというのは理解出来ているのだけれど。


 「え~、放送をお聞き下さっている皆さん」

 ぐががが。しょぱなの『え~』の部分から、声が裏返っちゃったよ! しかもヘッドホンスピーカーから流れだしたのは、なんともキーが高すぎて甲高い、情けない声!

 けれどもヤラカシテしまったと自覚した事は、僕に一種の諦めと落ち着きとを取り戻させるのに寄与する事となった。だって、これ以上カッコ悪く成り様がないじゃないか。


 「今朝の放送原稿では、トンデモナイ失敗をやってしまいました。6時の放送では台州城の無血開城が、あたかも確定したかのように原稿を書いててしまいましたが、原稿作成時点では、無血開城は見込みであり、まだ実現はしていなかったのです。どうも済みませんでした。この場を借りてお詫び申し上げます。」

 ちょっとは落ち着いた声が出せた(と、思う。)ま、喋り方が自信無さげなのは、自分がクソなのだからシャアない……。とっとと続けろ!


 「実際に城に白旗が上がったのは、5時53分。放送の直前です。独断で原稿を仕上げた5時の時点では、単に見込みに過ぎないのであり、その後、降伏を考え直した敵守備隊が、再び抗戦に転ずる可能性が皆無では無かったという事になります。それをあたかも確定報のように原稿を書いたのは、情報の確認を怠り、勝手な思い込みで記事を仕上げたわたくしの未熟と怠慢です。」

 絞り出すようなヘナヘナ声だけど、謝罪の気持ちは聴取者の皆さんに、ちゃんと伝わっているだろうか?


 「事態は6時の放送でお知らせさせて頂いたように、台州城の無血開城が実現したわけではありますが、これは辛くも結果的にそう成っただけであり、私の失敗を水に流して無かった事にして良いのとは異なります。つきましては、私、片山修一は編集責任者を引責辞任し、今後は一執筆者として、御蔵新聞・ニュース放送と関わっていく決意であります。後任の編集長には――引責辞任する私が口にしてよいのかどうか、ご批判もお有のこととは存じますが――当座のところ、次席であった岸峰純子氏に就任をお願いしております。正確な報道が責務であるメディアが、あやふやな情報を放送してしまった事にはお詫びの仕様もない、と深く反省しております。以上です。たいへん申し訳ありませんでした。」

 しどろもどろではあるけれど、なんとか話し終える事が出来た。

 文章や内容については――「稚拙」という評価が適当だろう。顔から火が出そうだよ……。


 キャロラインさんが英訳してくれるのをボンヤリ耳にしていたら、岸峰さんがポンポンっと背中を叩いてくれた。

 よくやった、といたわってくれているのか、しょうがないよ、と同情してくれての行為なのかは分からない。だって彼女に、イキナリ難しい立場での「編集責任」というバトンを無茶ブリで押し付けてしまったのだけは分かっている。

 只の学級新聞とか学園新聞みたいな物とは違うんだ。

 御蔵新聞は、人の生き死にを扱う情報誌なんだから。


 「片山さん?」

 マイクのスイッチが切られると同時に声をかけてきたのは古賀さんだ。どんな顔をしているのか、と振り向いたら、眠そうな猫みたいな表情をしている。

 「シャワー浴びてこられたらどうですか。どうせ午後の演習で、もう一回、汗みずくになっちゃうのかも知れませんが、シャツも替えておいたほうが良い気がします。……ま、老婆心ろうばしんながら。」







 古賀さんの忠告に従ってシャワーを浴び、シャツも着替えて電算室に戻る。

 テーブルには誰かが気を利かせてくれたらしくオニギリが載っている。食堂には行きにくかったので有り難い。

 食欲が有るかと問われたら、う~ん……な気分なんだけど、確かにおなかは空いている。


 「これ、食べちゃって良いの?」と訊ねたら「食堂から特別待遇で出前してくれたんだよ。」と岸峰さんが教えてくれた。「私は、キミにとっては今は行き難い場所であっても、食堂で食べた方が良いと思ったんだけどね。まあ、私も御相伴ごしょうばんあずかって、ここで食べたんだけどさ。」


 僕がオニギリに手を伸ばすと

「ボス、放送ワルくなかったデス。伝わるモノ、あった思います。」

とオハラさんが湯呑に湯冷ましを注いでくれる。

 「ありがとう。でも僕はもうボスじゃないから。」


 「なにバカな事言ってるんです?」突っかかって来たのはキャロラインさん。

「ボスは電算室のボスまで辞めたわけではないでしょうが! シャキッとして下さい。」

 そして多少優しいトーンで「ボスはボス。Miss岸峰は、これからのデスク。間違っちゃいけません。」と付け加える。


 「そうですね。シャキッとしなきゃいけないんでした。」

 僕はキャロラインさん、オハラさん、そして岸峰さんに頭を下げた。「テンパっちゃって、大事な事を忘れてました。」

 「What's mean,TENPARU?」

 オハラさんには『テンパる』の意味が通じなかったみたい……。

 「元はチャイニーズ・ゲームの麻雀まーじゃん用語である、聴牌てんぱいから来た言葉みたいなんだけどね。『浮足立つ』とか『パニックになる』とかいう意味で使わてれるんだ。」

 用語解説を入れてくれたのは岸峰さん。「片山クンが、こっそりパソコンにマージャン・ゲームをインストールしてるみたいだから、見せてもらったらイイよ?」


 いやいやいや! 脱衣麻雀のソフトなんか、インストールしてるのがバレたらマズいでしょう!

 オハラさんもキャロラインさんも、スゲー真面目な人なのに。ボスの立場ってものが……。


 「なーにを焦っているのかなぁ? パソコンには元から囲碁・将棋、トランプゲームは入っているでしょう? 簡単な麻雀も同じくね。キャロラインさんやオハラさんは、ルールを知らないから、カードゲーム以外は触っていないみたいだけど。アレとは別のソフトが存在するのかなぁ?」

 岸峰さんのニヤニヤ笑いが、憎々しゅう感じられまする……。


 「えーと……ボス。ノー・プロブレムです。」キャロラインさんが慈母の眼差しで教えてくれる。

「ボスが不在の時に、DVDの中に『それ』が存在するのは既に確認しています。エアクラフト・シミュレーターを探していて、一緒に見付けました。」


 神よ! 『知らぬは我が身のみ』ってか?


 「キャプテン江藤なんかは、スゴくお喜びで『ウチの電算機にもコピーさせろ!』って、大変だったんですから。まあ、謎の未来人であるボスも、普通の健全な青少年だって事が分かったので、ここに出入りする者は、かえってホッとしたというのが実情です。……女性陣からマイナス評価を受けるって、気に病んじゃいけませんよ。」

 ……そうか。キャロラインさんの慈母の眼差しは、そういう事か。恥多き人生を、現在進行形で歩んでおります、だ。






 雪ちゃんからは「今日は姉の世話でお休みを頂きとう存じます。」と朝の内に病院から電話を貰っていたし、古賀さんは鹵獲品情報なんかをまとめるために通信室・会議室に詰めているしで、僕と岸峰さんは電算室をキャロラインさんとオハラさんに託して演習場へ向かった。


 助っ人には、今朝のラジオ放送アナウンサーと、お昼の放送のアナウンサーを務めた婦人部隊の2人が入ってくれている。

 大津丸が戻ってきたら、アジビラ作戦から台州作戦に渡っての、ビラ作成などで情報戦に参加した婦人部隊の方々が戻ってくるから、もう少し作業人員数に余裕が出てくる。


 立花小隊が集合した時には、仲間から

「辞めるこたぁ無いでしょうに。」

「いや、良くやってたと思うよ。毎度、楽しみにしてたんだから。」

「純ちゃん、後を継いで大変だろうけど、応援してるからね。室長さんも、気を落とさずガンバんなよ。」

などと、激励と慰めとを受け取った。


 中には「未来人だからね。予定稿段階で、既に城が落ちる事は知ってたんだよね。そりゃ、確定稿で出すのも無理は無い。」と僕を擁護する人もいる。硬質塩ビ製造中の生田技師だ。

 「いや、それはちょっと違うんですよ。」と彼の認識を正そうとした処で

「ハイ! 私語止め。演習終了までは、娑婆しゃばッ気は御法度ごはっとだぞ。集中しろ! 気を抜いていると事故を起こす!」

と少尉殿から叱責が飛ぶ。


 集合から演習開始までに、雑談のために一呼吸置いてくれたのは、少尉殿の気遣いだったのに違いない。


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